第11話 青春の輝き
明るくなった結城の様子に宍戸は少し安心した。
「本当に君ってって奴は。で、どうして安心するの?」
「昨日、白鳥に言われたんだ。『どんなに凄腕の怪盗でも女性のハートを盗むのはさぞ骨が折れるだろう』ってな。俺は伊達に泥棒をやってないんだ。そんなこと言われたら、ちゃんと好きな人を射止めたくなる。……でも一つ気がかりなことがあった。結城が本当にとんでもないクズ野郎だったらどうしょうってこと。もしそうだったら、俺のこの恋心も揺らいでいただろうな」
「それって」
何かを察した様子だった。それもそのはず、場の流れではあるが一度彼女に想いを告げている。おかげで改めて言い直すのも何だか気恥ずかしい。
「俺は今も結城が好きだ。正式に付き合ってくれないか」
勇気を振り絞って二度目の告白をしたにもかかわらず、結城は初めて聞いたかのように狼狽えた。その様子を見てると、こちらの恥ずかしさも増してくる。
「は、え、ちょっと、何言ってるの? 私が宍戸をターゲットに選んだのは、顔が好みだったからだし、初恋の彼を宍戸に重ねてたからかもしれないんだよ。私は宍戸と違ってこんな不純な理由なのに、付き合うなんてできない」
この期に及んでまだ自分を落とす結城に宍戸は少し腹が立った。彼女の両肩を掴み、しっかりと自分の方を向かせる。
「何言ってんだよ。顔が好きだなんて言われるのは、世の中の男みんな嬉しいと思うぜ? 全然不純じゃない。それに、俺は本当は模範生徒なんかじゃない。だからお前は俺をターゲットに選んだ時点から、初恋の呪いなんかに縛られてなかったんだよ」
「宍戸……」
「お前が盗むはずだった模範性、俺は持ってない。だからそもそも初恋の人に重ねることなんて不可能なんだ」
「……私でいいの? こんな私で」
せっかく雨が止んできたというのに、結城の目から大粒の涙が次々に零れ落ちる。それを宍戸は親指の先に拭ってあげた。
「結城がいいんだよ。でも一つだけ約束して」
「何?」
「もう泥棒はやめて。俺ももうやめる。他人の目を気にする生活に疲れたんだ。そんなことをしなきゃいけない現状が嫌だったんだ。結城もそうだろ? 今の自分を受け入れられてないんだろ? じゃあもうやめよう」
彼女を救うことができたら自分も足を洗う。前々から決めていたことだった。
新しい、明るい人生を彼女と歩んでいきたい。
そういう決心だ。
「うん……私、もうしない」
結城の決意も固まったようだった。
「じゃあ、改めてもう一度。俺と付き合ってください」
「よろしくお願いします」
三度目の正直だった。
力強く、結城の体を抱きしめる。
「ありがとう。これから、またよろしくね」
ここまで静かに守っていた汐崎が拍手と共に立ち上がる。目には感動のせいか、涙が浮かんでいた。
「こんなラブストーリー、ドラマでも見たことないわ! 本当におめでとう、二人とも」
「……汐崎先生」
宍戸が彼女に礼を言おうとすると、勢いよく教室の扉が開かれる。
「宍戸! 俺も本当に感動してるぞ! 割り込むつもりはなかったが、この感動は直接今伝えずにいられない!」
「志摩先生まで」
彼が号泣しながら入ってきたことで、なぜか担任と副担任が揃ってしまう。
志摩がどこから聞いていたかは知らないが、祝ってもらえるのは素直に嬉しかった。
「計画成功はもちろん素晴らしが、お前が恋を原動力にしていただなんてな。全く気が付かなかったよ。良いものを見せてもらった。ほら、報酬だ。あまりに良かったから先生のポケットマネーを気持ちだけ加えているぞ」
と、志摩は膨らんだ茶封筒を宍戸に差し出してくる。
「……」
「どうしたんだ。早く受け取りなさい」
彼に急かされ、震える手でその封筒を受け取る。しかし、大金を前に震える手は凄まじく、上手く取れずに落としてしまった。
「あ」
急いで封筒を拾い、埃を払う。
厚みを直に感じると、本当に欲しかったのはこれではないと気がついた。
宍戸は中身を確認することもせずに、その封筒を志摩に返した。
「やっぱり、お金はもういいんです」
「どうして? 俺は宍戸がこれだけのお金をもらってもいいくらいの働きをしたと思っているぞ」
不思議そうにする志摩に見せつけるように、宍戸は結城の肩を引き寄せた。
「お金以上に欲しかったものを、もう手に入れたんです」
「お前……」
志摩は口に手を当て、さらに感涙する。
「宍戸君……なんていい子なの!」
「あ、汐崎先生! 宍戸を好きになっちゃダメですよ! もう宍戸は私のものなんですから!」
「そうですね、それはちょっと」
汐崎を注意する結城に宍戸は賛同する。
「ええー」
なぜか残念そうにする汐崎を見ると、色気のあるお姉さんかドジな女性教師か、どちらが本物の姿なのか今となってもわからないなと思った。
しかしもう全てのことが解決したのだ。今気にすべきことではないだろう。
宍戸は封筒を持ったままの志摩に封筒の使い道をお願いした。
「そのお金は、この学校のさらなる発展のために使ってください」
「そうか……じゃあそうさせてもらうよ。ありがとう宍戸、結城。さて、これから君たちはカップルとして、受験生として、泥棒ではないただの学生として高校生活最後の一年が始まる。満喫するんだぞ」
「「はい!」」
志摩と汐崎が教室を出ていく。「あとは二人で」という粋な図らいだろう。
何ヶ月もの計画を練って、ようやくここに来た。ついに目的を達成できた。
その喜びを深く噛み締める。
結城も頬に残っている涙を袖で拭うとにっこりと微笑む。
宍戸と結城は教室の外にも誰もいないことを確認すると、勢いをつけたハイタッチをした。
「「お疲れさま!」」
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