第12話 怪盗の回答

「その後、宍戸と結城の二人の大泥棒は足を洗い、真面目に勉学に勤しむようになった。宍戸は変わらず学年一位を保持し、結城も宍戸の指導のおかげか白鳥と学年2位を争うまでに成長した。一度授業を受ければ、その内容は全て覚えるという、そんなカップルについた異名は……知識泥棒だった」

「突然ナレーター始めんなよ」


 まるで映画が終わるかのように語る下山に対し、宍戸は鋭く突っ込みを入れる。


 七月下旬の某日。


 放課後に宍戸、結城、下山の三人は駅前のカフェにやってきていた。名目は『期末テストお疲れ様の会』である。


「てか、そもそもカップルじゃないしね」


 結城も宍戸に重ねて下山のモノローグに訂正を入れる。


「それな。なんなら足洗ってないし。洗うわけないし」

「ねー」


 と二人は目を合わせて、冷たいドリンクを喉に流し込んだ。


 息ピッタリな二人を見た下山はこれらの発言を照れ隠しと受け取ったようで、

「そういうのもういいって」と戯けて見せた。

「いや、お前こそもういいって。ここ三人しかいないんだし。学校はじゃないんだから演じなくてもいいよ」

「え? ちょっと何言ってるのか、わからないんだけど」


 下山の笑いの歯切れが悪くなっているのを感じた宍戸と結城は違和感に気が付き、お互いそれを確認するように質問し合う。


「え、結城、下山に伝えたんじゃないの?」

「いや……私はてっきり宍戸が種明かししてるものだと……」

「ということは言ってない?」

「言ってない」

「俺も言ってない」

「つまり、下山は春の一件以降、真実を知らないまま……?」


 二人は冷や汗をかきながら、ゆっくりと視線を下山の方へ向ける。


 当事者である彼はキョトンとした顔で宍戸と結城の顔を交互に見る。


「え?」


 二人は机にぶつける勢いで頭を下げる。


「本当にすまない」

「心から謝るわ」

「え? え!」


 下山は完全に混乱している様子だった。


 宍戸はさてどこから話すべきかと考えてみる。すると、結城がまずは春の一件で騙していたことを伝えるべきだと助言をした。それに納得した宍戸はそのことを伝えた、


「えーっと、まず、春の一件な。「模範解答盗みはやめます。結城も模範怪盗やめます。足洗います。真面目に生きます」ってやつな。あれ全部演技」

「……は?」


 驚きのあまり、下山は手に持っていたカップを離す。床に落下しそうになったカップを結城が捕らえると静かに机の上に戻した。


「なんなら、高一の冬から全部演技……」

「え、ちょっと待って。なんでそんな前から? え、本当にわからない。どういうこと?」

「全ては俺が模範解答盗みがバレたのが始まりなんだよ」


 と、下山に事の全容を伝えるべく、宍戸自身も当時のことを振り返り始めた。


   × × ×


 模範解答盗みが志摩にバレた日の翌朝。


 宍戸は誰よりも朝早く登校し、結城の靴箱に一枚のメッセージカードを入れた。


『女泥棒・結城沙月。放課後。体育館裏で待つ』


 体育館裏で待つことだけ書いても良かったが、告白と間違えられ無視されても困るし、女泥棒と知っているという半ば脅迫じみたことも書かなければきっと彼女は来てくれないだろうと思ったのだ。


 放課になってすぐ、宍戸は体育館裏へ向かった。


 到着してから三十分ほど経つと、ついに結城が姿を現してくれた。


「よく来てくれたな、結城」

「あなたがこの変な手紙を寄越した人?」


 彼女は宍戸が用意した手紙を鞄から出し、掲げて見せる。


「その通り。名前は……」

「知ってるわ。宍戸裕次郎。学年一位の優等生」

「知ってたのか。光栄だな」

「で、そんな優等生のあなたが女泥棒の私に何の用?」


 宍戸はてっきり女泥棒のことをなぜ知っているのか訊かれると思っていたので、あまりに冷静な結城に驚いた。しかし宍戸もそのくらいの誤算で慌てることはしない。


「志摩先生からお前を潰すように頼まれた」

「何それ。宣戦布告のつもり?」

「まさか」


 右手を結城に向かって差し出す。


「同盟を組もうっていう話だ」

「同盟? 意味がわからないんだけど」


 と、彼女は簡単に宍戸の手を受け取ってくれない。


「俺も泥棒だ。模範解答盗みをしていたんだが、バレちまってな。お前を更生させなきゃ、適切な対処を行うなんて言われてる。お互い後がないんだよ」

「何か案があるの?」

「お前は更生されたフリをしろ。そしてお互い足を洗ったことにする。そうすれば警戒の目は薄れる。結城の怪盗スタイルは継続しにくくなるだろうが、お前はお前のままであり続けることができる。困れば俺の頭を貸してやることだってできる。ウィンウィンだろ?」

「まあ、デメリットは確かになさそうね。いいわ。ノッてあげる。それに宍戸君、なかなかかっこいいし」

「ありがたい言葉だ」


 それから連絡先を交換し、この壮大な計画が始まった。


 結城は宍戸をターゲットにしたフリをしながら自身の活動も続け、宍戸も結城からターゲットになるための材料作りという体で模範解答を手に入れ続けた。


 お互い苦戦をしているように見せかけ、三年生になった春に大きく決着をつけようという計画だった。


 しかし、春休み。


『汐崎っていう面倒臭そうな女性の教師が来る』


 というLINEが結城から送られてきた。


 彼女曰く、良くも悪くも教師という仕事に誇りを持っており、結城を持ってしても丸め込めないかもしれない、とのことだった。おそらく裏切られるかもしれない、という話までしていた。


 結果として裏切られる形にはなったが、二人はそれを前提に動いていたので見事ビジネスカップルとなり、志摩ら教師の監視の目からも逃れることに成功した。


   × × ×


「マジかよ……。じゃあ、アラブの石油王のくだりも嘘なのかよ」


 下山は唇をへの字にしながらストローを加える。宍戸は嘆く所そこなのかよ、と心の中でツッコミを入れた。


「当たり前じゃん。アラブの石油王なんてギャグ漫画じゃあるまいし」

「ん、待てよ。それならあの資金はどこから出てきたんだ?」


 ふと宍戸は疑問に思う。アラブの石油王ではないとわかれば、余計に大金だ。怪しさが増してしまう。まさか今度は暴力団とでも言うつもりだろうか、と考えた。


「あれね、実は志摩先生のポケットマネーなの。出して返したようなものね」


 結城は簡単に答えるが、宍戸はもちろん、下山でさえも異変に気が付き固まった。


 遅れて結城もその恐ろしさに気が付いて唖然としていた。


「「「志摩先生って何者?」」」


 三人は見事に口を揃え、目を合わせる。


 長い沈黙が流れた。


「忘れよう。触れちゃいけない領域な気がする」

「そ、そうだな。それがいい」

「そうね。私もこれから志摩先生から盗るのはやめておくわ」


 各々が宍戸の意見に賛同し、一度お金の話題から離れた。


 全員が飲み終わると、店を出る。


 夏の強い日差しが宍戸らに降り注ぐ。


 受験まで残りわずか。たとえ怪盗でも高校生なのだ。目一杯青春を堪能してやると宍戸は夏空に誓った。その宣言をするように宍戸は前を歩く結城を呼び止めた。


「この気持ちは嘘じゃないから。いつか結城を盗んでみせる」


 結城は一瞬驚いたかのような顔をすると、すぐに太陽に負けないくらい眩しく微笑んだ。


「やってみなよ」


 そう言った結城はすぐに前に向き直り、真っ直ぐ駆け出した。


 下山も宍戸もその背中を追う。


 春から夏へ。


 これからも彼と彼女は怪盗を続けるのだ。

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