第6話 危機
テストの日が刻一刻と迫っていると言うのに、新学期二日目は職員室に行く暇すらなく放課後を迎えていた。汐崎がどう動くが予想がつかないのも理由の一つだ。
時刻は間も無く五時を迎える。教室には宍戸以外誰もいない。そろそろ汐崎が来るはずだ。
「良かった。ちゃんと待ってくれていたのね」
前の扉から入ってきた汐崎に今までの艶かしさはなかった。ごく普通の女性教師のようになっているが、逆にそれも怪しい。
「ええ……まあ」
汐崎は下山の椅子を引っ張り出し、宍戸に向かい合って腰をかけた。
「大事な話がある。宍戸裕次郎君の今後に関わる重大なこと」
「はい……」
神妙な面持ちの汐崎はやけにリアルだった。宍戸にはこれが彼女の演技なのか、そうでないのか判別ができなくなっていた。
「あなたがどこまで知っているかわからないけれど、現在泥棒の噂が出回っているのは知っているわね?」
ここまでは想定内だった。宍戸は予め用意していた台詞を喋る。
「やっぱりその話ですか。……ええ、知っています。そして、その泥棒の正体はお−−」
「あなたが熟練の泥棒なのは既に教員全員が知ってるわ。問題はあなたじゃないの」
宍戸が言い終える前に被って話し始めたかと思うと、汐崎は衝撃の発言を口にした。
「え、ちょっと待ってください。今、さらっと衝撃的なこと言いませんでした? 泥棒は俺じゃない? 俺以外に泥棒がいるってことですか?」
「だから一度にたくさん質問しないの! というか、驚くとこってそこかしら。普通は正体がバレていたことに驚くものじゃない?」
宍戸は汐崎に続きの話を促す。ここから宍戸のペースに乗せるしかない、という判断だ。
「それはいいですから。で、俺意外に泥棒がいるんですよね」
「わかったわ……。ちゃんと説明するから。あと、私もあなたに会う前から宍戸君が模範解答を盗む達人だと知っていた」
「そうですね、俺が模範解答を盗む達人ってのは事実です」
自分が模範解答盗みをしていたことを認めた。下手に嘘をつくと後でボロが出る。宍戸が今まの人生で身につけたテクニックの一つだ。
「私がそれを知ったのは一週間前。他の先生方がその事実を知ったのも同じ日。もちろん初めはみんな驚いた。今まで二年間、完全犯罪が起きていたのだから。でもそれ以上にとんでもないことがこの学校ではまかり通っていた。私はそれをあなたに伝えたい」
「なるほど……学年一位の名に恥じぬよう理解に努めます」
どう返答すればいいかわからず、ややコミカルな返事になってしまう。既に模範解答盗みの犯人であることを明かしているにも関わらず、学年一位を自称するのは自分でも笑えた。それでも宍戸が今まで守ってきたプライドだ。
ここで負けるわけにはいかなかった。
「よろしい」と、汐崎は少し顔の緊張を緩める。
「私たち教職員が、宍戸君が模範解答盗みの常習犯だと知ったのは、ある生徒がリークしたから。そしてその生徒は私たち全員にこの封筒を渡してきた」
汐崎が宍戸に手渡してきた封筒には『汐崎先生』の文字があった。志摩に返した封筒と同じで、筆跡も似ていた。
「そして中を見て」
宍戸は言われた通り、中身の紙を取り出す。
「これは……」
「十億の手形。私たち教員の生涯年収の倍以上の金額ね。それを渡され、自分の計画に協力するように言われた。……人間って、大金を目の前にすると目が眩んでしまうのよね。こんなことしちゃ駄目って思いながらも私はそれを受け取り、計画に協力してしまった。そしてこの学校では何度も同じ生徒によって、先生の買収が行われていた」
模範解答盗みという宍戸の泥棒活動の裏で、もっと大きな力が動いていた。そして、その一ピースを汐崎は掴んでいたようだった。
「その生徒、計画って一体全体どのようなものなんですか!」
鋭い空気が教室に漂う。
「ちゃんとあなたに伝えるわ。やはり私はこんな計画に乗れないから……」
宍戸が出した声に負けないほどの大きな声を出し、汐崎は椅子から立ち上がる。そのまま宍戸の手を握り、彼の目をしっかりと見つめた。
「彼女にどんな仕打ちを受けようと私は真っ当な先生としてあなたを救いたい!」
これが本当の汐崎だと宍戸はようやくわかる。今までの色気は彼女が無理に出していたものだったのだ。
この人は心優しい人だったんだ、と宍戸は気が付いた。
「汐崎先生……」
彼女の勇気に応えたい、という気持ちを込めて汐崎の名前を呼ぶ。
後ろの扉が開いた。
暖まったように思えた教室の空気が再び凍りつく。
入ってきた女子生徒は栗色の髪に、着崩しつつも着こなした制服。華美なアクセサリーを身に付けていた。
「……結城」
その生徒の名を宍戸は口にした。
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