第2話 連鎖する不運
宍戸が自分の教室に戻ると、他の生徒も続々と揃い初めていた。年度始めの活気が溢れる教室も、テストが近いこともあり問題を出し合う声や課題についての話が飛び交っていた。
そんなクラスメイトたちの様子なんて気にする心の余裕もなく、宍戸は真っ直ぐ自分の席へ向かう。
「あの汐崎って先生、一体何者なんだ? 俺に何をするつもりなんだよ。わけわかんねえ」
荷物を取り出しもせず机に突っ伏す。
職員室での出来事を思い出すだけで嫌になった。
いつもと違う宍戸の様子に気がついた、隣の席の男子が宍戸の背中を叩く。
「おい何悩んでんだ?」
やけに強く叩かれたので、宍戸は犯人を知ろうと顔を上げる。
「なんだ下山かよ」
下山秋。一年生の頃から宍戸と同じクラスの親友だ。かつては制服もきちんと着こなし、成績も宍戸と張り合うほどの模範生徒出会ったが、いつしかその面影はなくなっていた。今や、学ランのボタンは全て開き、下の赤いティーシャツが覗いている。髪も茶髪に染められており、成績は下から数えた方が早いほどだ。
「なんだってなんだよー。で、学年一位の秀才でも何か悩むことあるのか?」
「ああ、とんでもなく悩んでるよ。テストのことでちょっと、な」
「は、うざ」
下山の表情が一瞬で真顔に戻る。きっと嫌味に聞こえたのだろう。
「いやこれがわりとマジで悩んでるんだよね。ちょっと困ったことになってさ」
「んなこと言いつつ、俺たちよりかは良い点取ることは確かなんだ。そこは安心しとけ」
「下山も前はあんなに勉強できていたのにな。一体何があったのや
ら」
「人間ってのは、ちょっとしたことで変わるもんよ」
天井の方を見ながら、キメ顔で下山は呟いた。
「何カッコつけてんだよ」
「カッコつけてねえよ。勉強できるアピールしないやつはかっこい
んだよ」
「意味わかんね。あー、マジでどうしよう……」
宍戸が再び顔を伏せると、またもや背後に気配を感じた。しかし、下山は隣の席に座ったまま。つまり、後ろの席の主だろう。宍戸は既に周囲に誰がいるかを座席表で確認しているので、今回は確認するまでもないと思っていた。
「よっ、宍戸。何暗くなってんの」
「やっぱり結城かよ」
明るい栗色の髪に整った顔立ち。小柄ながらもスタイルの良さは制服を着ていてもわかる。着崩しはしているものの、それに気が付きにくいのは見た目の良さ故に着こなしているからだろう。指輪をいくつもはめていたり、耳にピアスが空けられていたりという点から学業に関しては誰もが想像通り。宍戸とは去年、委員会が一緒になり知り合った彼女は結城沙月という。
「どうでもいいけど、面白い話! 入った!」
「おー! 何々?」
ミーハーな下山がすぐに結城の話に食いつく。
「この学校にね、泥棒がいるらしいよ!」
「え!」
唐突な大声と共に立ち上がった宍戸に一瞬クラス内が静かになるが、やがて騒がしさが戻ってくる。宍戸は内心かなり焦ったが、皆おふざけと思ってくれたようで安堵した。
「いや、そこまで驚く?」
「泥棒だろ? そりゃ驚くだろ」
さすがに当事者の結城と下山は流してくれない。しっかりと宍戸の大声を拾っていった。
「おい結城、それ誰から聞いたんだよ」
『バレてしまったかもしれない』ということで宍戸の頭はいっぱいだった。どのクラスメイトにバレるのも嫌だったが、結城だけには特に自分の真実を知られたくはなかった。
冷や汗が流れるほどの必死な顔に結城は戸惑う。
「早く話せって!」
「前言撤回。宍戸は異常」
落ち着けよ、と下山は続け、宍戸を一度座らせる。
「誰からって……私も人伝に聞いただけだし」
「おい嘘つくなよ。包み隠さず全て話せ!」
宍戸は下山の手を振り払い、結城のシャツの襟を掴む。元々ボタンが一番上まで留められていないので、引っ張ると胸元が見えてしまいそうだった。
「やだ! 何してるのよ! 宍戸のえっち!」
結城から平手打ちを受け、宍戸は我に返る。たとえ自分の身に危険が迫っているといえど、想い人に酷いことをしたと反省した。
「悪い。謝る」
宍戸は心からの謝罪を述べ、結城のシャツから手を離した。
「おーい、お前らうるさいぞ」
未だにジャージのままの志麻が教室に入ってくる。もはや始業式までに着替えるつもりもないのだろう。
志摩がこの時間に教室に来た、というのは実質担任を発表したようなものなので、クラスが先程以上に盛り上がる。
「担任志摩ちゃんじゃん!」
「志摩ちゃん言うなー。志摩先生って言えー」
「げ、志摩ちゃん?」
「誰だ「げ」って言ったやつ」
思い思いの感想を言う生徒と一緒になって、結城も教卓の方へ飛
び出す。
「やったー! 志摩先生だあーっ!」
「げ、結城」
「げって言わないで」
結城は志摩の隣に立つや否や、彼の左腕を取る。現役の女子高生に密着された男性教師は喜びを隠そうとするのではなく、本気で嫌がっていた。
「おいおいくっつくな。お前ら女子は自分からくっついて来てる癖して、セクハラで訴えてくるから嫌いだ。俺まだこの仕事やめたくないんだよ」
目の前の光景に少し嫉妬した宍戸は志摩に向かって野次を飛ばす。
「朝は職を失っても倒したいって言ってじゃないですかー」
「それとこれは別だ」
「どう別なんだよ」
結城はそんな宍戸と志摩のやりとりなど気にも留めず、より志摩
に密着し、人差し指を彼の唇に当てた。
「大丈夫ですよ、志摩先生。私は訴えるなんてことしませんから」
「信用できない……」
志摩は右手で彼女の人差し指を離しながら、顔を反対方向へ逸らす。
「信用してください……ね?」
「……はい」
結城は負けじと体を捻り、志摩の顔を覗き込む。
朝から一体何を見せられているんだ。
朝から悪い気分になってばかりの宍戸は、こっそりと下山に話しかけた。
「結城、あんなに志摩先生にくっつく奴だったっけ」
「あー、確かに。最近やけに距離近いかも。好きなんじゃね?」
「は? 結城が志摩先生のことを?」
ドラマではあるまいし、ありえないとは頭で考えるが、宍戸の心はざわついた。
「ありえねえ話じゃねえよ。知らないのか? 志摩先生はあのキャ
ラが受けて結構女子に人気だぞ」
「そう、だったのか……」
言われてみれば、よく女子生徒に声をかけられている様子は見かける。結城もその一人だったということだろうか。彼女が志摩に近づいているのは今まで見たことないが……。
「あれ、もしかしてがっかりしてる?」
「し、してないし」
完全に動揺が言葉に表れていた。下山はまだ何か言いたげだったが、志摩が無理矢理結城を引き剥がし、クラス内に呼びかけた。
「はいもう結城も座れ。さっさとホームルーム始めるぞ」
「はーい」
渋々と結城も宍戸の後ろへ帰ってくる。
志摩は生徒名簿を教卓に起き、バインダーから連絡事項を書いたプリントを取り出した。
「えーと、残念ながら担任は俺、志摩だ。知ってると思うが数学を担当している。優しくするつもりはないが、特に厳しくするつもりもない。そんな感じで一年間よろしく頼む。で、とりあえず今年度一緒にこのクラスで生活する副担任の先生を紹介する」
前の扉がゆっくりと開かれ、黒タイツの脚が廊下から伸びてきた。
宍戸は目を疑い、これは夢ではないかと自分の意識をも疑った。
見間違えるはずがない。
入ってきた人物は汐崎美里だった。
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