第124話 頼れる教官

劣等人の魔剣使い 小説4巻

12月上旬に発売予定!

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 基本的に、悪魔を倒すためには宝具が必要だと言われている。しかし、宝具の力を借りずに悪魔を滅ぼすことも可能だ。


 たとえば英雄だ。神代戦争のおりに活躍した英雄たちは皆、宝具なしに悪魔を滅ぼした。

 残念ながらアロンには、英雄のようには戦えない。


(けれど、リリィさんならッ!)


 彼女のステータスを【神眼】で覗き見たことのあるアロンは、僅かな期待を抱いていた。


 リリィはフィンリス唯一のBランク冒険者だ。

 しかし魔術士としての実力は、並のAランク冒険者を優に超えている。もしかつての仲間が存命していれば、いまごろ彼女も含めてAランクに至っていたに違いない。彼女のステータスは、それほどのものなのだ。


 パーティが壊滅した後、フィンリスギルドはその素質を見込んで、幾度となくAランクへの昇級を打診したことがある。

 しかし彼女は(なにかしら理由があったのか)打診を拒絶し続けた。実力がありながらBランクにとどまっているのは、そのためである。


 そんなリリィが最大級の〈光魔術〉を放てば、悪魔を滅ぼす可能性が生じる。

 戦闘の目的が、住民避難の時間稼ぎから、討伐へと明確に切り替わる。


(ボクの役割は、詠唱時間の確保ですか)


 悪魔は決して馬鹿ではない。魔術士が詠唱を始めると、すぐに気づいて邪魔をする。


(本当なら、高レベルの盾士がいればいいんですけど)


 悪魔の攻撃を受けつつ、憎悪を引きつけるスキルを使えば、リリィが魔術を放つ時間くらい余裕で稼げるというものだ。しかし盾士がいない現状、その戦法は望めない。


 無理にでも、アロンは盾職の代わりをするしかない。


「はあ……。ギルマス、辛い。やめたい」


 アロンは泣き言を口にしながら、悪魔に立ち向かっていくのだった。



          ○



 魔術の詠唱を行いながら、リリィはアロンと悪魔の戦いを眺めていた。

 さすがは元Aランクの冒険者。悪魔に対し、一歩も引けをとっていない。


 悪魔が触手を振り上げ、アロンめがけて振り下ろす。それをオリハルコンの剣で受け流す。攻撃が鎬の上をすべって軌道がずれる。


 ――ズゥゥン。


 悪魔の触手が地面を抉った。

 揺れる大地。

 舞い上がる土煙。

 遅れて建物が軋む。


 攻撃の余波が、リリィの肌に伝わってくる。


 一撃でも喰らえば即死は免れないだろう。それを受け流すアロンはさすがだ。

 しかし、人間の体力には限界がある。このまま手を拱いていては、いずれ必ず潰される。


「《拘束バインド》!」


 アロンが妨害魔術を発動。地面から伸びた蔦が、悪魔の触手に巻き付いた。

 悪魔がわずかに停止。しかし、すぐに蔦が引きちぎられた。

 一秒、動きを止められたかどうか。涙が出るほど効果時間が短い。しかしその一秒、アロンを生かし続けていた。


(もう、肩で息をしてる……)


 アロンの額には、びっしり汗が浮かんでいる。

 こうしてはいられない。リリィは魔術の発動に向けて全力を尽くす。




(くっ! まさかここまで体力が落ちているとは)


 悪魔の攻撃をいなしながら、アロンは胸中でそう毒づいた。

 アロンは元Aランク冒険者だが、長年ギルドマスターの業務を続けたせいで、体力が全盛期の半分程度まで落ちてしまっていた。


 いまは辛うじて、錆びついていない技術力のみで凌いでいる状況だが、もう限界が見え始めている。


「《バインド》!」


 どうせすぐに抜け出されてしまうが、今は僅かな間がありがたい。アロンは足を止め、呼吸を整える。すぐに構え、攻撃に備える。


(――来たっ!)


 奥歯を食いしばり、剣を立てる。【神眼】を通した世界の中で、悪魔の触手がゆっくり迫る。そこに、剣をそっと添える。


 ――ミシッ。


 負荷がかかった途端に、全身の骨が軋む。


「ウグッ!!」


 攻撃の圧力が凄まじい。

 バランスを崩さぬよう、必死に衝撃を抑え込む。触手がするりと剣の鎬を滑っていく。


(生きた心地がしない)


 攻撃を受け流すたびに、全身が悲鳴を上げる。まるで体がすり潰されている気分だ。

 受け流して、この威力。悪魔の膂力は人間の比ではない。タイミングが少しでも狂えば――きっとアロンは肉片さえ残らない。


 胸の底から、恐怖が顔を覗かせた。

 ぎくりとして体がわずかにこわばった。

 その瞬間、再び悪魔の攻撃。


「しま――」


 硬直が正確無比な動きを阻害。

 タイミングが僅かに、ズレた。


(これまでか……)


 アロンが死を悟った、その時。


「――ダァァァッラッシャァァァァ!!」


 突如現れた大男が、悪魔の側面を殴りつけた。

 悪魔の巨体が、大きく傾いだ。


「えっ……?」


 アロンは、数瞬前には死にそうだったことも忘れ、呆気に取られた。まさか悪魔が、人間の拳一発で態勢を崩すなど想像もしなかった。

 悪魔を殴りつけたのは、禿頭の男だった。盛り上がった全身の筋肉、拳には真っ赤な鉄拳が装着されている。


 その男は誰あろう、冒険者ギルドの訓練官グラーフだった。


「ぐ、グラーフくん!?」

「マスター、大丈夫ですか?」

「え、ええ。……というかグラーフくんは動けるんですか?」

「ん? こんなバケモンが出てきて、黙ってるわけにはいかないでしょう」


 力こぶを作ってみせたグラーフだったが、アロンが尋ねたのはそういうことではない。

 悪魔を前にして、存在力の格の違いから動けなくならなかったのか? という意味だ。


 ギルド職員になる前、彼はCランクの冒険者だった。悪魔と戦うには、Cランク冒険者はあまりに力不足だ。にも拘らず、彼はその拳で悪魔の態勢を崩した。


 この結果、考えられる可能性は一つ。


(グラーフくんの潜在能力は、Cランクに収まらないほど高かったようですね)


 悪魔を前にして動けるほどの人間がCランク冒険者止まりだったのは、運に恵まれなかったからか。

 もし彼が運に恵まれていれば、Cランクでは終わらなかったに違いない。


 悪魔がゆっくりと立ち上がり、グラーフを睨みつけた。

 はっとして、アロンは口を開く。

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