第125話 対悪魔戦

劣等人の魔剣使い 小説4巻

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「ボクが正面からあいつを抑えます。グラーフくんは動き回り、隙を見て悪魔の態勢を崩してください」

「承知!」


 手短に打ち合わせ、散開。

 アロンが悪魔の眼前で構える。

 悪魔が、回り込むグラーフに目を向けた。


「あなたの相手はボクですよ」


 全身に《バインド》。

 悪魔の体が、固定された。

 ギロッ!


『邪魔をするな』


 そう言うかのように、悪魔がアロンを睨みつけた。

 強い殺気に、ゾクゾクっと背筋が震えた。


 刹那。

 悪魔が触手を振り下ろした。


 ギリギリのタイミングで受け流し。

 骨が軋み、鈍い痛みが全身を襲う。

 それに耐え抜き、アロンは攻撃を受け流し切った。


「我が願いに応えよ筋肉! ――《筋肉拳激(マッスルパンチ)》!!」


 瞬く閃光。

 遅れて衝撃波が体を揺らす。

 グラーフの拳が、悪魔を吹き飛ばした。


 ――ズゥゥゥン!!


 悪魔の巨体が地面を揺らす。


「あ……ははは……」


 元Cランク冒険者が悪魔に土をつけた。信じがたい光景を前に、アロンの口から乾いた笑いが漏れた。

 グラーフが使ったのは、魔力を筋力に変換する無属性魔術だ。


《筋力強化(マイトフォース)》と似ているが、出力が桁違いだ。

 この魔術をアロンは知らない。おそらくは彼のオリジナル魔術だ。


(しかし、まさかこれほどとは)


 先程グラーフの評価を見直したばかりだが、それでもまだアロンの評価は低すぎたらしい。


「この戦いが終わったら、吟遊詩人(バード)にでも転職しましょうかねえ。元Cランクの冒険者が悪魔を殴り飛ばす光景を謳ったら、一山当てられそうですし、ギルドマスターの職よりも気楽で――」


「マスター、来ますよっ!」

「――っ!」


 アロンは即座にその場を離脱。

 次の瞬間、悪魔が体をよじった。

 ただそれだけで、周辺一帯の家屋が根こそぎ倒壊した。

 もし反応がわずかでも遅れていれば、アロンは家屋と同じ命運を辿ったに違いない。


「ははは、マリィくんもびっくりの鋭い突っ込みだ」


 感じた怖気を冗談で拭い取る。

 起き上がった悪魔に、ダメージは見て取れない。グラーフの驚くべき攻撃も、さして痛手を与えられなかったようだ。


(これを、どう倒せと?)


 悪魔の硬さに挫けそうになる。

 しかし気持ちを切り替え、剣を構える。


(ボクらの攻撃が通じなくても、リリィさんの魔術さえ完成すれば……)


 この戦いを終わらせられる。

 希望を胸に、アロンは悪魔に立ち向かう。


《バインド》、回避、受け流し。

 フェイント、離脱――、


「――《筋肉拳激(マッスルパンチ)》!!」


 悪魔の背後からグラーフが全力攻撃。

 完全なる不意打ちだ。

 しかし前回とは違い、悪魔は踏みとどまった。


「――ッ!」


 グラーフが即座に離脱。

 次の瞬間、グラーフがいた場所に触手が落ちた。


 ――ズゥゥン!!


 激しい地面の揺れに、心臓が震え上がった。

 あれを食らっていれば、いかにグラーフとてミンチ状になっていたに違いない。


(まだか)


 追撃をさせぬよう、アロンが前に出る。


(まだ魔術は完成しないのか!?)


 悪魔を翻弄しながら、アロンは焦りを抱く。

 体力の限界が近づいてきている。それはグラーフも同じだ。


 彼はすでに四十を超えている。どれだけ鍛錬を重ねよても、若い頃のようには動けない。悪魔の攻撃を浴びるのも時間の問題だ。


 アロンが焦っていた、その時だった。


「――避けて」


 後方から、リリィの声が届いた。

 次の瞬間、


「《バインド》!」


 アロンはありったけの魔力を込めて、悪魔をその場に縫い付けた。

 魔術が発動すると同時に離脱。できる限り悪魔から距離を取った。



          ○



 アロンとグラーフの離脱を確認して、リリィは杖を天高く突き上げた。


「我願う――。

 悠久の刻を超え、闇を照らし、闇を暴き、闇を貫く者よ。

 邪に染まり悪を尽くし、闇に堕ちたる愚かなる者共に、

 偉大なる光の力以(も)て、天より怒りの鉄槌を落とさんことを!」


 ――《ホーリーレイン》


 発動した瞬間、世界に光が満ち溢れた。

 真っ白な光景の中で、強大な魔力がいくつも天から降り注ぐ。

 それを、リリィはさらに操る。


「――《一点収束(コンバージェンス)》」


 天から落下する無数の光を、一点に集約。範囲型の殲滅魔術だったホーリーレインが、より強力な単体特化の撃滅魔術に変化した。


 ――ズゥゥゥゥン!!


 狙い違わず、魔術が悪魔の中心部に直撃。尋常ならざる力が悪魔を押しつぶす。

 ぐらり。リリィの視界が傾く。膨大な魔力を放出したせいで、早くも魔力欠乏の症状が現れたのだ。


(……やった?)


 杖によりかかりながら、リリィは悪魔を観察する。

 魔術が落ちた周囲の建物は粉々だ。周辺だけでもこれほどの被害を出した魔術の直撃を食らったのだ。いくら悪魔とはいえ、ただでは済むまい。


 土煙がゆっくりと晴れていく。


「えっ……」


 リリィの予想とは裏腹に、傷一つついていない悪魔の姿が現れた。


(無傷? そんな、馬鹿な)

(魔術が効かない!?)


 リリィは呼吸を忘れ、ただ呆然と立ち尽くす。

 絶望が心を支配する。


 ――だめだ。


 これ以上の魔術は放てない。もう、諦めよう。諦めかけたその時、リリィの眼がほんの僅かな変化を捉えた。

 悪魔の体毛からうっすら煙が上がっている。


「悪魔の結界が剥がれました! リリィさん、もう一発いけますか!?」

「――ッ!」


 アロンの言葉にリリィは我を取り戻した。

 自分の魔術を受けきったのは、相手の抵抗力が恐ろしく高かったからではない。悪魔の周りに、特殊な結界が展開していたからだったのだ。


 諦めかけた心が、再び動き出す。とはいえ、リリィにはもうほとんど魔力が残されていない。たとえ放てても、中級レベルの魔術一発程度だ。

 だが、それでも、何も出来ないわけじゃない。


(倒せる)

(わたしが諦めなきゃ)

(この悪魔を、滅ぼせる!)


 リリィは奥歯を食いしばり、魔力を高めていく、その時だった。

 パチパチパチ。手を叩くが聞こえた。


「いやー、みなさん、素晴らしい連携でしたー」

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