第101話 リリィの過去1

 トールとエステルの視線を感じながら、リリィは瞑目する。


 目を瞑れば、今もはっきりと思い出せる。パーティメンバーの姿形、声色、笑顔。

 そして――死に様までも。


 エルフの森から出て来たリリィは、一人で各地を転々としていた。

 森を出たのは、師匠に『世界を見て回れ』と言われたからだった。旅するのもまた修行であるとの教えだった。


 ギルドで冒険者登録をし、クエストを受けながら様々な魔物を討伐していた。

 ギルドの依頼は退屈なものばかりだった。なぜならリリィは元から、Bランク以上の実力を備えていたためだ。


 どんなに実力があっても、登録したての冒険者はFランクからのスタートになる。実力がBランク以上の冒険者にとって、FやEランクの魔物討伐は退屈極まりないのも無理はない。


 知見を広げるためと思って登録してみたが、なんの足しにもならなかった。冒険者に見切りをつけて、別の街に移動しようかと考えていた、そんな矢先のことだった。


 リリィはパーティに誘われた。


 チーム『猫の手』。

 それは、困った人を助けるために結成されたパーティだった。


 メンバーは三人。リーダーの剣士トゥコに、サブリーダーの盾士リィグ、そして神官のミナだ。


 リリィは気まぐれに、猫の手に加入することにした。

 冒険者をやめるのはパーティを経験してからでもいいか、と思ったのだ。


 はじめ、リリィは三人に対して壁を作っていた。すでに冒険者をやめると決めていた手前、彼らと仲良くなっても意味がないと考えたためだ。


 そんなリリィにお構いなく、神官のミナがぐいぐい迫ってきた。


『リリィさん、かわいいんだからオシャレしないと駄目だよ!』

『寝るときは着替えないと、布団が汚れちゃうよ!!』

『これ、髪留め。きっとリリィさんに似合うと思うな!』

『もー、リリィさん。ちゃんとニンジン食べないと大きくなれないよ!?』


(……うるさい)


 どんなに無視をしても、しつこく絡んできた。何度も声をかけてきた。

 そんなミナを、リリィははじめ鬱陶しく感じていた。


 だが宿で一人になった時、これまでなんてことなかったはずの静けさに、落ち着かなくなる自分に気がついた。


 パーティメンバーのレベルは、リリィに比べて二回りほど低かった。けれど、リリィは猫の手の三人から様々なことを教わった。


 安全な道の見分け方や、商人にぼったくられない方法。旅に出る時の荷物のまとめ方や、洗濯の仕方など。

 彼らに出会う前のリリィは、魔術のことしか頭になかった。魔術の深淵に到達すること以外は些事であり、自分には必要ないことだと考えていた。


 彼らに出会ったことで、リリィは獣から人になった。それくらい、リリィはまともではなかった。自分はまともではなかったのだな、と気がつけた。


『リリィちゃんは、将来何になりたいの?』

『魔術の深淵に到達する』

『到達したらどうするの?』

『…………』


 魔術の深淵に到達した後、どうするかなど考えてもみなかった。

 リリィはしばし悩み、答えた。


『魔術書店でも開く』


 魔術書店を開業すれば、自分が会得した魔術の秘奥を、他人に受け継がせることが出来る。

 自分だけでは終わらない。極めた力が、何代も続いていく。


 冗談のように口から出た言葉だが、書店で静かな時間を過ごすのも悪くないなとリリィは思った。

 書店にはいつものようにやってくる三人がいて、リリィの世話を焼く。そして当然のように店主の手をひっぱり、無理矢理冒険に連れ出すのだ。


 そんなイメージを、朧気に抱いていた。

 リリィが夢見た未来は、その数年後、突如奪われた。




 それは、ランクアップクエストを遂行中のことだった。

 猫の手のメンバーはBランクまで上がっていて、あと一つ上がれば世界屈指の冒険者だ。


 リリィを除く三人の実力は、決してAランクには至っていない。悪くてCランクの上、良く見てもBランクの下ほどだ。

 個人個人の実力はCランク程度かもしれないが、パーティとしての実行力はAランクに達していた。なぜなら彼に足りていない力を、リリィが補っていたからだ。


 この頃のリリィはすでにAランクを優に超えるだけの実力を備えていた。それまで蓄積されていたスキルに、レベルが追いついてきたのだ。

 だからといって、単独ですべてを解決出来ると思い上がることもなくなっていた。


 少し前のリリィなら、一人で十分だと考えたに違いない。だが詠唱中に身を守ってくれる盾士、遊撃をして憎悪を分散させる剣士、そして法術でサポートしてくれる神官がいて、初めて実力を十全に発揮できる。

 そのように思えるようになったのは――リリィの心が成長したから――猫の手のメンバーのおかげだった。




 ランクアップクエストは、秘薬の原料になる『ペルシーモ』の実の採取だった。

 強い魔物や万年炎に阻まれながらも、リリィたちは必死に歩みを進めた。


 ペルシーモの木まで迫った頃だった。

 突如、目の前に黒いマントを身につけた人間が現れた。


 こんなところに単独でいるなど、あまりに不審だ。リリィが杖を構えた時、ミナが一歩前に出た。


『こんなところで、どうされたんですか?』

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