第72話 あたらしいオトモダチ
「スキルというのは、一般的に2種類あるのだ。基礎スキルと、技術スキルだ。基礎スキルは生まれながらにして持っているもので、これが生えることはない。だが、技術スキルは、訓練さえ行えば誰でも生える可能性があるのだ」
「へぇ~!」
エステルが言う『生える』とは、つまり才能(スキル)の『芽が出る』という意味合いだ。
それが現地用語(スラング)で、『生える』と言われているらしい。
さておき、透は『良いことを聞いたぞ!』と、内心ガッツポーズを取った。
『訓練さえ行えば誰でも生える可能性がある』
つまり、スキルポイントを振らずとも、スキルが取得出来る可能性があるということだ。
意識的に生やすことが出来れば、スキルポイントが節約出来る。
「ちなみに、スキルってどれくらいで生えるものなの?」
「〝才能〟の有無にもよるが、大体平均して1年と言われているな」
――前言撤回。
新しいスキルは、レベリングして取得した方が早い。
透は新しいスキルを意図的に〝生やす〟方法を、早々に諦めるのだった。
「ちなみにスキルレベルの上昇も、結構時間がかかるのだぞ。一般的にレベル1から2が1年。2から3が2年。3から4が3年かかると言われている」
まるで剣道みたいだ、というのが透の率直な感想だった。
剣道は初段から二段を取得するのに、1年以上修業しなければいけないという決まりがある。
スキルはなかなか、一朝一夕にレベルが上がるものではないようだ。
「まあ、それでも素早くスキルを生やしたり、スキルレベルを上げたりする方法がないわけでもないのだがな」
「おおー! それってどうやるの?」
「戦闘系スキルだと、自分のはるか格上を相手に戦うスパルタだ」
「げっ」
エステルの方法を聞いて、透は固まった。
「それだけ?」
「ん。エステルの言う方法だけ。強い相手と戦えば上がりやすい。でも、大抵死ぬ。辞めた方がいい」
リリィが透の夢や希望を、綺麗に串刺しにするのだった。
(まあ、そりゃそうだよねぇ)
世の中、何事もリスクに対してリターンがある。
うまいだけの話など、どこにもないのだ。
エステルとの特訓を終えたあと、透はフィンリスの城壁を出て、ため池にやってきた。
家を持ったらやってみたかったこと、その三を実践する。
「さてさて、いるかなぁ……?」
ため池をじっと眺めていると、池の畔に自然のものとは違う波紋を発見した。
「おっ、いたいた!」
早速透はその波紋の近くまで近寄る。
池の畔には、まんじゅうのような形の透明な生物が一匹、ふよふよ浮かんでいた。
――スライムだ。
「ぬふふふふ……」
透はそのスライムを掬うように持ち上げる。
透がやりたかったことその三とは――ペットの確保である。
透は小動物が大好きだ。
日本でも、小型犬を飼育していた経験がある。
小動物は癒やしだ。
生活に潤いを与えてくれる。
故に、透は一軒家が手に入ったら小動物を飼育したいと考えていた。
「シルバーウルフも良いかなーと思ったけど、さすがに町の中に入れたら危ないしなあ」
フィンリスは現在、シルバーウルフに襲撃されたばかりだ。
たとえ人間を攻撃しないシルバーウルフを見つけても、住民は不安に感じるはずだ。
なので、スライムだ。
スライムは人間と共存する数少ない魔物である。
そんなスライムならば、家で飼育しても問題は起こらない。
手にしたスライムを、透は肩掛け鞄に入れる。
「~~♪」
透はウキウキした足取りで鼻歌を歌いつつ、素早くフィンリスの自宅に戻っていった。
自室に入った透は、鞄からスライムを取り出した。
「ここが今日から君の家だよ!」
スライムは、ここが自分が暮らしていた場所でないことがわかるのか。どこかおっかなびっくり動いている。
透は〈異空庫〉に入れておいた、余った鳥肉ステーキを取り出した。
それをスライムの進行方向に置く。
スライムが、肉の出現に驚いたように体をぷるぷる震わせた。
「食べていいんだよ」
透が言うと、スライムが恐る恐るステーキに触れた。
ぴくん!
スライムの全身が震えた。次の瞬間だった。
「おおっ!」
スライムが体を広げて、自分の体の倍はあろうかというステーキを丸呑みした。
スライムに呑み込まれたステーキが、体内で徐々に分解されていく。
「おー。これは……面白い」
まるで水溶液に入れた鉄が溶けていくかのように、ステーキがみるみる形を失っていく。
透はステーキが完全に消えるまで、じっくりその様子を眺めていた。
フィンリスにおいて、スライムは浄水と生ゴミの処理を担当している。
生ゴミ処理のためにスライムを飼育している家庭もあると、エステルは言っていた。
本来であれば、生ゴミを分解させるべき生物だ。
しかし透はスライムに、生ゴミを与える気にはならなかった。
いくらスライムが残飯処理に使われているとはいえ、ペットである以上は家族と同じだ。
家族と同じ食べ物を食べさせてあげるべきだと、透は考えている。
ステーキが分解されると、再びスライムにステーキを与えた。
お腹がいっぱいになることがないのか、透が〈異空庫〉に入れていたステーキを、スライムは根こそぎ食べてしまった。
食事を終えたスライムが、ポヨンと飛んで、透の膝の上に乗った。
ステーキを与えたことで、『美味しいものを与えてくれる良い奴』と思ってくれたか。
透はその愛くるしさに目尻を下げつつ、少しひんやりするスライムの頭を撫でる。
「君は今日からピノだ。よろしくね、ピノ」
「(にょん!)」
透の言葉に反応するように、ピノが体を縦に伸ばした。
その様子を眺めていた透は、ピノの僅かな異変に気がついた。
「ん……核の色が変わった?」
ピノを捕らえたとき、核は青っぽい色をしていた。
だが現在は、やや紫っぽく変化している。
「肉を食べたから? 食べ物によって色が変わるのかなあ」
ピノは池に生息していた。池の水を吸収していたから水色で、肉を食べたせいで紫になったと。そう考えると、辻褄が合うような気はする。
だが、何故肉で紫になったのか。
「肉……ああ、水色と赤色を混ぜたら紫になるか」
肉に混ざっていた血の色が、水色と合わさって紫に変化したと。透は納得する。
「ということは、今後いろんな食べ物を食べさせたら、どんどん色が変化して黒になるのかな?」
黒い核を持つスライム。
ちょっと強そうだ。
そして中二っぽい。
透はピノの将来の姿を思い浮かべながら、スキルボードを出現させた。
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