第71話 エアルガルドにある宝具
透はリリィの教えに従い、再び魔術の弾を発動する。
今度は様子見ではなく、全力でだ。
瞬間、
「「……っ!」」
エステルとリリィが、透から1歩離れた。
「どう? うまく出来てると思うんだけど」
「「…………」」
透が二人に感想を尋ねると、今度は目をそらした。
透は二人の異変に首を傾げる。
どうも様子がおかしい。
「えっと、なにかあった?」
透が一歩近づくと、
「「――ッ!!」」
ささっと、今度は三歩後ろに下がった。
「トール。あの……な、そのぅ……」
「うん?」
「――気持ち悪い」
リリィの言葉の暴力(ストレートパンチ)で、透は崩れ落ちたのだった。
透が二人にドン引きされた原因は、調子にのって沢山魔術を発動させたせいだ。
体中いたるところに色とりどりの魔術の弾が、電飾よろしく張り付いていたのだ。
クリスマスツリー人間になった透はというと、エステルとリリィの冷たい眼差しに心を砕かれ、庭の隅でしゅんとしていた。
電飾――もとい魔術の弾はすでに3つまで自主的に減らしている。
それでも女性陣の表情は、いまだに引きつったままである。
先ほどのドン引きしたものとは違い、いまは思い出し笑いを堪えているという風だが……。
「……くすん」
透はいじけながら、【魔剣】を顕現させ、まだらに刈られた草をちまちま刈り揃える。
「トール。一つ聞きたい」
透がいじけていると、リリィが近づいてきた。
しかしその足取りはどこか慎重だった。
(まだ引かれてるのかな……)
透のメンタルに、再びヒビが入る。
「その武器は、宝具?」
「ほうぐ……」
リリィの口から耳慣れない言葉が飛び出し、透はこてんと首を傾げた。
「宝具ってなんですか?」
「宝具は剣と魔術の複合武器。悪魔を倒すために神が作ったと言われている」
「へぇ~」
一瞬、透はこの【魔剣】が宝具なのでは? と考えた。
しかしスキルボード上の名前はあくまで【魔剣】だ。【宝具】とは表示されていない。
「たぶん、宝具ではないと思います」
「どこで手に入れた?」
「ええと……」
透は素直に言うべきか僅かに逡巡した。
しかし【魔剣】の入手方法を言えば、スキルボードの情報も開示しなければいけなくなる。
透は現在でも、スキルボードについて全容を把握していない。
説明が色々と面倒なので、開示は避けることにした。
「この世界に来たら、自然と所持してました」
「……そう。なら、宝具じゃない。宝具は、悪魔を倒して手に入れる」
「へえ、そうなんですね。――ん?」
宝具は悪魔を倒す武器だ。
しかし、宝具は悪魔を倒さないと手に入れられない。
――鬼か。
「ちなみに、悪魔の討伐ランクはS。レベルは推定70から」
「なにそれこわい」
現在の透はレベル31だ。
エアルガルドではレベル差10以上離れると、勝ち目が無くなると言われている。
透はスキルブーストが可能なので、レベル差15程度の魔物ならば倒せる。
(実際に、レベル差15以上離れたロックワーム・クイーンロックワームを倒してきた)
しかし、レベル差約40は論外だ。
勝ち目などあるはずがない。
そのような相手を倒すには宝具が必要で、しかし宝具を手に入れるには悪魔を倒す必要があると。
まるで、クリアさせる気のないゲームである。
「……ん? そういえば、悪魔を倒せば宝具が手に入るって知ってるってことは、前に倒したことがあるってことですか?」
「そう」
「ええと、宝具なしで倒せるものなんですか?」
「ん。英雄が倒した」
「エアルガルド英雄譚だな!」
これまで外から窺っていたエステルが、勢いよく会話に加わった。
目を蘭々と輝かせる彼女は、かなり前のめりになっている。
「英雄譚って有名なの?」
「ああ。エアルガルドの大陸を人類が統一した英雄達の話は、ユステル王国で最も有名だぞ!」
曰く、かつてエアルガルドは悪魔が跳梁跋扈する世界だった。
その世界で、人類の中から神に選ばれた英雄が現われた。
英雄達は力を合わせて悪魔を倒し、宝具を手に入れた。
そこから人類の快進撃が始まる。
「――という物語なのだ。この英雄譚に憧れて冒険者になる者もいるくらいなのだぞ」
「へえ~。エステルもそうなの?」
「いや、私は……違うな」
エステルが、少し寂しげな表情を浮かべた。
しかしそれもすぐに笑顔の下に隠された。
「まあそんなわけで、英雄達が悪魔を倒して得た宝具は、現代に受け継がれているのだ。もし悪魔が現われても、その宝具で撃退するのだぞ」
「なるほど」
「ユステル王国でも70年か80年近く前に悪魔が降臨したのだが、宝具で討伐されたのだ。その時に得た新たな宝具は、悪魔討伐時に武勇に秀でた騎士に贈られたという話しだな」
「いいね」
エステルの話を聞きいて、透は宝具に興味が惹かれた。
(一体どのような武装なんだろう? 見てみたい! 手に入れたい!)
宝具に嫉妬したか、【魔剣】から嫌な気配がにじみ出てきた。
「ちなみにだが、宝具はすべて特殊な力を帯びていて、解放すると戦況を覆すほどの力が得られるらしい。威力は絶大だが、デメリットも存在するぞ。たとえば前回の戦いでユステル王国が入手した宝具は、使用すると命が削れるのだ」
「ひえっ!?」
恐ろしくハイリスク・ハイリターンなアイテムだ。
もし透が手にしても、使おうなどとは決して思わない。
(憧れはあるけど、さすがにデメリットがデカイのは嫌だなあ……)
透の宝具への憧れが、一気に萎んだ。
すると、【魔剣】が発していた嫌な気配も消散するのだった。
「もうひとつ。トールのスキル構成が気になる」
「それは私も気になっているのだ!」
リリィの問いに、エステルが乗っかった。
劣等人のスキル構成の、何に興味があるのか。
透は困惑した。
「ええと……」
「あっ、そうだ。トールはまだ神殿でスキル測定をしていないのだったな」
「う、うん。そうだね」
そういえばそうだった。
透は内心安堵の息を漏らす。
エステルが言わなければ、うっかりスキル構成を口にしてしまいそうだった。
透はまだ、スキル構成を知らないことになっている。
なのにスキル構成を口にしては、おかしなことになってしまうところだった。
「……そう、残念」
「きっとトールは、沢山スキルが〝生え〟ているぞ」
「生える……?」
「あー、まずそこからだな」
エステルが苦笑を浮かべ、額に手を当てた。
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