第67話 料理はみんなを元気にする

 家に戻った透は、すぐさま厨房へと向かった。

 厨房全体を一度給水で洗浄し、〈異空庫〉に放り込んである厨房器具を取り出した。


「よぉし……やるぞっ!!」


 気合の声を上げた透は、早速スキルボードを取り出した。


 今回は、この家に来て初めてだけでなく、エアルガルドに訪れてから初めての料理である。

 1ヶ月ほど我慢に我慢を重ねた透は、様子見などするつもりは一切なかった。


 ――タタタタタンッ!

 透は指が霞むほど素早く画面をタップした。


○ステータス

トール・ミナスキ

レベル:30→31

種族:人 職業:剣士 副職:魔術師

位階:Ⅱ→Ⅲ スキルポイント:71→571


>>スキルポイント571→516

>>〈料理〉取得

>>〈料理Lv1〉→〈料理LvMAX〉


 前回透がスキルボードを確認した時と比べて、いくつか変化している項目があった。


 また、レベルを10まで上げたところで、スキルレベルが頭打ちになった。

 どうやら技術スキルは10が上限のようだ。


 それら一切を、しかし透はスルーした。

 重要な情報だが、現在の透にとって料理以外は意識に擦りもしなかった。


「さてさてぇ……なにを作ろうかなあ……」


〈異空庫〉から取り出した食材を前に、透はクツクツと笑い声を上げるのだった。


          ○


 家の使用権について、エステルとリリィの意見は出尽くした。


 エステルには、トールの提案はそう悪くないように思えた。

 エステルとしても、この家が冒険業の拠点になるなら、リリィが同居することに異論はない。


 むしろ、リリィはBランクの冒険者であり、エステルの大先輩だ。

 同じ家で暮らすことで、冒険のヒントが得られる可能性がある。


 しかし、リリィはシェアハウス案にいまだ首肯していない。

 以前のような殺伐とした雰囲気はなくなったものの、エステルにはまだ妥結が遠いように感じられた。


(一体リリィ殿は、なにに引っかかっているのだろう?)


 エステルが考えていた、その時だった。

 リビングに良い匂いが漂ってきた。

 続けてカートを引いたトールがリビングに現われた。


「二人とも、そろそろご飯にしない?」

「んっ、あ、ああ。もうそんな時間か」


 トールが運び込んだカートの上には、人数分のステーキとスープが用意されていた。

 トールがそれをテーブルの上に丁寧に並べる。


 目の前のステーキとスープからは、エステルがこれまで嗅いだことがないほど、素晴らしい香りが漂ってくる。


 それは嗅ぐだけでお腹がすいてくる、素晴らしい匂いだった。


「もしかして、これ全部トールが買ってきたのか?」

「うん。あっ、でも買ったのは食材と厨房器具だけね。この料理は僕が作ったんだよ」

「そ、そうなのか」


 料理が載っている皿や、ナイフやフォークなど、食事を行うために必要なものが一式揃っていた。


「いろいろ買い集めるのに、かなりの金額になったのではないか? あとで半分請求してくれ」

「いやいいよ。食器も厨房器具も僕が欲しくて買っただけだから」

「いや、しかしな……」

「いいからいいから。それより、温かいうちに食べよう」


 支払いをしようとしたエステルだったが、トールの勢いに圧しきられた。

 出費がないのは非常にありがたいが、これでは一方的すぎて申し訳なくなる。


(いつか、しっかり返さねばな……)


 そう、エステルは心に決める。


「それじゃあ、頂きます!」


 トールのかけ声に合せて、エステルはまずステーキにナイフを当てた。

 すると、


「んな!? なんだこれは、すごく柔らかいぞ!?」


 ただナイフを当てただけなのに、肉があっさり切り分けられてしまった。

 それは、ナイフの切れ味が良かったわけではない。

 そのことをエステルは、ステーキを口に入れた瞬間に実感した。


「~~~~~~ッ!?」


 肉が、恐ろしく柔らかかった。

 噛まなくても、肉の線維が舌の上で勝手に解けていくではないか!


 これほど柔らかい肉を食べた経験がエステルにはない。

 柔らかさだけではない。

 味も格別である。


 これまでエステルは、様々な食事を口にした経験がある。

 その中でも、このステーキはダントツであった。

 それこそ王都の一流シェフが作った料理さえも、比較対象にならぬほどに……。


「……今まで私は食べてきたステーキは、ただの靴底だったのだな」


 そのような感想が、エステルの口からぽつりと漏れた。

 エステルの正面でトールの料理を口にしたリリィは、無言でステーキを食べ進めている。


 彼女は、決して美味しくないと感じていないわけではない。

 その証拠に、エステルがリリィを眺めると、


「――キッ!」


 まるで『これはわたしのものだ。誰にも渡さん!!』とでも言うかのように、リリィが鋭い目つきでエステルを睨むのだった。


「なあ、トール。この肉は、一体なんの肉なのだ?」


 2切れ目を口にしたあと、エステルがそう切り出した。

 もしかするとトールが、超高級肉を仕入れたのではないかと考えたためだ。


 もしそうなら、トールが一人で購入資金を持つのはさすがに黙っていられない。


「これは市場に売ってた鳥肉だよ」

「鳥? ……これが鳥っ!?」


 エステルは驚きのあまり、僅かに腰を浮かせた。

 言われてみると、たしかに鳥肉っぽい風味がある。

 しかし、これまで食べてきた鳥肉とは明らかに違う。


「かなり高級な鳥肉だったのではないか?」

「ううん。1羽銅貨20枚で売ってた普通の鳥肉だよ」

「それが……何故この味になるのだ?」

「食材を大切に扱ったからじゃないかな」


 エステルは首を傾げる。

 トールの言葉はにわかに信じられなかった。

 食材を大切に扱っただけで、これほどの味になるものなのか? と。


 一度ナイフを置き、エステルはスープに口を付けた。

 それもまた、驚愕の味だった。


「……な、なんだこれは」

「塩スープだよ」

「そんな、馬鹿な! 塩だけでこのような味になるわけがない!!」

「ああ、よくわかったね。これは余った鳥の骨とか、野菜のへたを入れて、煮込んで出汁を取ったスープなんだよ」


 トールの料理は、いずれも絶品だった。

 国王に出される食事が、なにかの間違いでこの家に運び込まれたのだと言われても、エステルは驚かないだろう。

 間違いなく、この国で一位二位を争う料理だった。


 エステルは夢中になってステーキとスープを平らげた。

 気がつけば、目の前にあったはずの料理が、すべて胃袋の中に消えていた。


「はあ……」


 うっとりしたため息が、エステルの口からひとりでに漏れた。


(もしかして、私は明日死ぬのではないか……?)


 そう勘ぐってしまうほど、料理はエステルに至福を与えてくれたのだった。


 エステルと同じように、夢中で料理を頬張ったリリィも、とろんとした目を宙に向けていた。


「……トール」

「はい」


 リリィがおもむろに口を開いた。


「この家にいたら、トールが料理を作る?」

「もちろん。料理については、僕に任せてください!」

「ん、なら良い。シェア案を認める」

「あ……ありがとうございます」


 こうしてエステルらは、一軒家をリリィとシェアすることに決定した。

 リリィがこうしてシェアを認めたのは、トールが彼女の胃袋を掴んだからであることは、エステルには手に取るようにわかるのだった。


(私も、すっかり虜にされてしまったからな……)

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