第66話 全力で煩悩のしもべとなれ!

 物件販売商会の悪巧みは早々に暴かれた。

 素直に罪を自白したことで、会頭である店主は縛り首をギリギリ逃れることが出来た。

 ただし、商会の資産はすべて没収。店主は五年の労役に就くことになった。


 没収された資産は、フィンリスの再建に充てられた。

 すべての家の価格を平時までは戻せなかったものの、平民でも手が届く価格まで落ち着いたのだった。


          ○


 家に戻った透らは、リビングで顔を合せていた。


 今回の一件で、領主とリリィはこの家の購入資金のすべてを回収することが出来た。

 ただし、権利は現在も共に保有している状態である。


 どちらがこの家を使うかどうか。

 それを決めるための話し合いは、やはり平行線を辿っていた。


「この家は、領主様から頂いたものなのだぞ? 領主様の気持ちを無下に出来るはずがないだろう」

「でも、わたしも買った。この家は私のもの」


 エステルとリリィが、お互いに一歩も引かずぶつかり合っている。

 話が纏まらない理由は単純だ。お互いに意見をぶつけるだけで、妥協点を探ることをしないためだ。


(んー。そろそろなんとかならないかなあ。お腹が減ってきたんだけど……)


 時刻はもう昼を回っている。

 朝イチにこの家でリリィと蜂合ってから、まだ半日も経っていない。

 それほど透は商人の悪巧みをスピード解決出来たのだ。


〈断罪〉スキルさまさまである。

 これがあったおかげで、商人がほとんど勝手に自白してしまった。

 そのスキルのあまりの威力に、透本人すら引いたほどである。


(このスキルが新たな火種にならないように、気をつけないと……)


「むむむ……」

「むー……」


 お互いに言いたいことをすべて言い切ったか。

 エステルとリリィが口を閉ざしてにらみ合う。


 そろそろ頃合いかと考え、透が横から初めて口を出した。


「この家の権利ですが、リリィさんが持っていても構いませんよ」

「なっ!? トール、どういうつもりだ!」

「まあ、エステル落ち着いて」


 いきり立ったエステルを宥めて、透は続ける。


「ただし、リリィさん一人だとこの家は広すぎますよね?」

「ん……。たしかに」

「なら、シェアしましょう」

「「……シェア?」」

「はい。この家を共同使用するんです。もちろん、すべてを共同で使用するんじゃなくて、宿屋みたいにルールを定めるんです」


 透は二人に、日本にあったシェアハウスの概念をプレゼンした。

 幸い、この家は一人や二人で暮らすには広すぎる。


 個室をプライベート空間にして、リビングやキッチンを共有空間にすれば、問題なく暮らすことが出来る。


 リリィが支払ったお金は、幸いにして戻ってくる。

 ならば、どちらが所有するかにこだわる必要はない。

 シェアハウスとして、この家を利用すれば良い。


 ここが、透が考える落とし所だ。


 透の話を聞いた二人はというと、難しい顔をして考え込んでいた。

 決して悪い受け止め方をしている雰囲気はなかった。


(あとは本人たちが結論を出すだけだな)


 そう判断し、透は席を立つ。


「トール。どこかに行くのか?」

「うん。そろそろ昼だし、買い出しに行こうかと思って」

「ならば私もいくぞ」

「いや、いいよ。僕が買いたい物もあるから。家でじっくり考えてて」


 手をひらひら振って、透はリビングを出た。


 台所をチェックした透は、早速市場へとスキップで向かった。


(料理! 料理♪)


 透の頭の中には、既に料理の二文字しかない。

 それもそのはず。透はエアルガルドを訪れてからこれまで、出汁のない食事しか口にしていない。

 たとえ美味しくなくとも不味いと言わず、我慢に我慢を重ねてきたのだ。


 一軒家が手に入ったことで、これからは食事に我慢する必要がなくなった。


(……全力だ。全力で料理を作ってやる!)


「くっくっく……」


 己のリビドーのままに、透は市場で食材を買いあさる。

 持てる量など関係ない。透には〈異空庫〉があるのだから。


 透は続いて、厨房器具の置いてある店に向かった。

 家には厨房はあるが、厨房器具はなかった。

 料理を行うためには、ある程度の器具を買わねばならない。


「フライパンに鍋に包丁にまな板……くふふ」


 ずらり並んだ厨房器具を前に、透は目を輝かせる。


 男はいつだって、形から入るものである。

 なにをするにも、最高の道具を使いたくなるものなのだ。


 フィンリスの危機を救った際、透はギルドから多額の報奨金を得ている。

 そのお金にものを言わせ、透は大小様々な一流厨房器具を買いあさる。


「ふはは……!」


 これも、決して一人では持ちきれないほどの量になったが、透には〈異空庫〉がある。

 食材や厨房器具という名の夢をたらふく〈異空庫〉に詰め込んだ透は、足早に家に戻るのだった。

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