第68話 久しぶりのお稽古
ずっと我慢してきた料理が出来るということで、ずいぶんとハッスルしてしまった。
食事の後片付けを行いながら、透は我が事を振り返り、反省する。
「はあ……。少し自重しないと」
反省しているのは、料理についてではない。
むしろそちらは、一切後悔などしていない。これからも全力で美味しい料理を作っていく気満々だった。
料理ではなく、透が反省しているのは、状況確認についてだ。
料理に夢中になっていたせいで、大切な情報を見事にスルーしてしまっていた。
これがもし戦場であれば、透は取り返しの付かないミスをしていたかもしれないのだ。
「技術スキルは、レベル10でカンストするのか。となると一般人の平均って、スキルレベル5くらいなのかな? うーん。もうちょっと、スキルを伸ばした方が良いのかなあ」
現在透の技術スキル平均はレベル5だ。
レベル5がエアルガルド人の平均値であるなら、劣等人と呼ばれる透はもう少しスキルを伸ばすべきだと考えた。
透がエアルガルドの一般人よりも劣った存在なら、スキルレベルを上げて、安全マージンを確保すべきである。
「幸い、スキルポイントは沢山増えてたし……。っていうか、なんでこんなに増えてるのかな? レベルは1しか上がってないのに」
スキルボードを眺めながら、透は首を傾げた。
少し前に透が倒した魔物は、ワーウルフだ。
レベルが1上昇しているのは、ワーウルフを倒したからだと考えられる。
だが、レベル1あたり、スキルポイントの上昇幅が約500は少々おかしかった。
「前にも突然ポイントが増えたことがあったし。なにかしらの条件があるんだろうけど……うーん。さっぱりわからないなあ」
考えながら、透はキュキュッと皿を拭いて、棚に収納していく。
しばし考えた透だったが、やはりいつも通り、
「まっ、いっか。沢山増えたなら、有り難く貰っておこう」
条件が判らなくても、増えたポイントは使用出来る。
透は疑問をぽいっと投げ捨て、後片付けに精を出すのだった。
リリィが透の案を受け入れてくれた。
これからは宿ではなく、この家での生活が始まる。
やりたくても出来なかった、禁止されていたことを、自由に行える。
早速透はエステルと共に、家の庭を訪れた。
まずはエステルとの剣術鍛錬だ。
庭に出た透らは、その光景を前にして顔を引きつらせた。
「わぁ、すごいね」
「ああ。人が住んでなかっただけあって、さすがに庭は荒れ放題だな」
草木が繁茂しすぎて、庭がジャングルのようになっている。
一面だけを切り取れば、フィンリスの森の中のようであった。
庭の随所で、風もないのに草木がカサカサと揺れた。
姿は見えないが、間違いない。何か潜んでいる。
草木が繁茂しているが、鍛錬を行うのに十分な広さはある。
しかし透はこのまま鍛錬を行う気にはなれなかった。
「とりあえず、ちゃちゃっと片付けようか」
「そうだな」
「あっ、ちょっと待って」
剪定を行おうとしたか。剣を抜いて前に出たエステルを、透は引き留めた。
「まずは風魔術で大雑把に整えるよ」
「そ、そうか。わかった」
エステルが下がったのを確認し、透は《エアカッター》の魔術を展開した。
風魔術で、邪魔な部分のみを切り落とす。
間違っても生け垣や、隣の家まで達することがないよう、慎重に威力を調節した。
「《エアカッター》」
時間をかけて展開した5つの風の刃が、庭で繁茂しきった草木を一瞬で刈上げた。
裸になった木から小鳥が、慌てて空へと逃げていく。
草むらからはカサカサと、黒いナニカが影を目指して去って行った。
刈られた草木は風に舞い上がり、ひらひらゆっくり時間をかけて、ぱさりと地面に落下した。
透が放った《エアカッター》は、庭の草木を綺麗に剪定した。
多少剪定に乱れはあるものの、ここは上流階級の邸宅ではない。
普段使いする分には問題ない。
「おー。相変わらず、素晴らしいな」
「ありがとう。それじゃあ、切り落とした草木を纏めようか」
「了解した」
透はエステルと共に、地面に落ちた枝や草を一箇所に纏めた。
草をかき集めていると時々、逃げ遅れた黒いナニカと遭遇したエステルが「ひっ!」と小さく悲鳴を上げた。
(エステルって、虫は苦手なんだなあ)
透はエステルに、苦手なものがあるイメージがなかったため、そんな素振りが新鮮だった。
刈った草木はかなりの量だった。
こんもりとした山が、庭の中央に出来上がった。
「フィンリスって、町の中でゴミを燃やしたら捕まったりする?」
「さすがに、ゴミを燃やしたくらいじゃ逮捕されないぞ」
「そうなんだ」
日本では環境問題から、野焼きが全面的に法律で禁止されている。
透が少年だった頃によく、落ち葉を集めて芋を焼いたものだが、それも現代では不可能になってしまった。
しかしながら、エアルガルドは環境問題が発生する土壌がない。
そのため、野焼きを禁止する法律がないのだ。
透が草木の山を《ファイアボール》で焼いてしまえば、一瞬で処理が済む。
しかし、エステルが頭を振った。
「いまはなるべくゴミは燃やさない方が良いと思うぞ」
「ん、どうして?」
「大火があったばかりだからな」
「ああ、そっか」
フィンリスでは魔物の襲撃の際に、大火が発生した。
大火では、多くの市民が命を落とし、帰る家を失った。
火は既に消し止められ、フィンリスは再建に向けて動き出している。
だからといって、市民の傷が癒えたわけではない。
野焼きを行えば、煙を見た住民が過剰に反応する可能性があった。
また、透が市内で火魔術を使うのも、万が一を考えると危険である。
透はまだ魔術を使い始めて1ヶ月も経っていないのだ。
もし火の粉が舞ってどこかに引火してしまえば、透は責任を取りきれない。
「野焼きはやめようか」
「そうしてくれると助かる」
「んー、じゃあどうしよう。隅に置いとくかなあ」
草木の山は、かなりの量だが、庭の隅に寄せておけば邪魔にはならない。
しかし、それだけでは良くない生物の温床になりそうである。
(なんか、見たことない昆虫もいたしなあ)
黒くて足が沢山あって、素早く逃げて時々飛ぶ。そんな憎い奴が繁殖しようものなら、卒倒ものである。
昆虫の中には、毒を持っているものもいる。
虫の温床になるようなものは、ないに越したことはない。
「ひとまず〈異空庫〉に入れておいて、フィンリスの外に出たら燃やそうかな」
「ああ、それが良いな」
そうと決まれば、あとは〈異空庫〉に収納するのみである。
透は手を当てて、草木の山を〈異空庫〉に収納した。
「さあ、やるぞトール!」
すべてを収納し終えたところで、エステルが透に木剣を差しだした。
入信記念のアグニソードだ。
どうやらエステルは、休憩を挟むつもりはないらしい。
透は苦笑しながら、アグニソードを受け取る。
ただ草を刈っただけの無骨な庭で、透とエステルが対峙した。
透は慣らすように、地面を踏む。
足場が決まり、アグニソードを正眼に構えた。
ほぼ同時に、エステルも構えた。
「それじゃあ、準備は良いかトール」
「いつでも!」
「行くぞ!」
気迫のこもった声に、透の背筋がゾクゾクっと震えた。
いよいよ、この日がやってきた。
もう少し時間がかかるものと考えていたが、想像より早く一軒家が手に入った。
これからは、自由だ。
自由に鍛錬が出来る。
誰に配慮する必要もなく、誰かに怒られる心配もない。
自分が好きなときに、好きなように、好きなことが出来る。
好きなだけ、努力出来る。
だから透はエステルの攻撃を、笑顔で迎え入れるのだった。
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