第59話 人は腕力では動かない

「君たちはフィンリス襲撃に関与したボスとみられるワーウルフを倒した。キミたちのランクを考えると大金星だ。フィンリスの街として、これほどの功績を無視するわけにはいかない。ということで、キミたちは領主邸に呼ばれている。無論不参加はギルドとして認めない」


 そこで、アロンが引き出しから一通の手紙を取り出した。


「これが招待状。招待状がないと領主邸に行っても門前払いになるから注意してね。今回の功績を以て、ギルドとしてもランクアップで答えてあげたいところなんだけど、ランクアップには厳格なルールがあってね。これをギルドマスターの権限で破ることが出来ないんだ。

 その代わりと言っちゃなんだけど、ワーウルフの買取価格に色を付けておいたよ。マリィくん」

「はい。トールさん、こちらを」


 透はマリィから大きめの麻袋を渡された。

 ずしりと重い。これまで経験がない重さだ。

 透は麻袋の中身をそっと確認する。


「……っ!?」


 中は、銀一色だった。

 銀貨が袋いっぱいに詰め込まれていた。

 軽く数百枚はあるだろう銀貨に、透は目を見開いた。


「こ、こんなに!?」

「金貨にしちゃうと5枚ぽっちと見た目が寂しくなるから、銀貨に両替してかさ上げしてみたんだけど、どう? 沢山もらった気がするでしょ」


 金貨5枚は相当な大金だ。透はアロンのように『ぽっち』とは思わない。

 だが、彼が言っていることは理解出来た。


 かつて日本で働いていた頃、給与明細の紙1枚貰っても、実感があまり得られなかった。

 透はずしりと重たい麻袋を抱えて、「やっぱり重みがあるほうが実感が湧くし、ありがたみが増すよなあ」とひしひし感じた。


「こんなに貰ってもいいんですか?」

「いいのいいの。金庫の心配をして貴重な労働力たる冒険者に逃げられるよりも、『ギルドは金払いが良いし、実績をきちんと認めてくれる』って思わせる方が大事だからね」


 それを冒険者に言ってしまって良いのだろうか?

 カラカラ笑うアロンを見て、透は苦笑を浮かべた。


「さて、ボクからの話は以上だよ。本来ならお茶でも飲みながら、噂話やら下世話な話までもう少しゆっくりと雑談を楽しみたいところだけど……」


 言葉を切ったアロンが、マリィを見て肩を竦めた。


『そんなことしてたら、怒られちゃうからね』

 そんな声が聞こえてくるような、茶目っ気のある仕草だった。


「それじゃあトールくん、エステルくん。また会える日を楽しみにしているよ。マリィくん。彼らの冒険者ランクを上げ忘れないでね。Eランクのまま領主邸に行ったら、彼らが恥を掻いちゃうから」

「承知いたしました。トールさん、エステルさん。こちらへ」


 マリィに促された透は深々と頭を下げ、ギルドマスターの部屋を辞去した。


          ○


 新進気鋭の冒険者二人を見送り、アロンは椅子に深く腰掛けた。


 彼はかつて、冒険者だった。

〝神眼のアロン〟と呼ばれた、元Aランクの実力者である。


 アロンが『神眼』と呼ばれたのは、彼が生まれながらにして特殊スキルを持っていたためだ。

 それは相手の実力を看破する、<鑑定眼>である。


 アロンは二人の冒険者が部屋に入ったとき、<鑑定眼>スキルを使用した。

 Eランクでありながら、Cランク上位のワーウルフを倒した冒険者の実力を、正確に把握しておきたかったからだ。


<鑑定眼>でのぞき込んだ二人のうち、エステルの方はレベル29と、なかなかの実力を持っていた。


 レベル29ともなれば、Cランク冒険者と並んでも遜色ない。

 それが、未だDランクというのだから驚きだ。


 レベルの他には、スキルが4つ確認出来た。


 まずは、レベルアップによる身体能力上昇値を底上げする基礎スキルが3つ。

 【STA増加】と【STR増加】。そして、上位スキルである【身体強化】だ。


 そして、技術スキルが1つ。<剣術Lv3>。

 レベルに比べると、技術が多少弱い。しかし、それは今後どうにでもなる。


 大切なのは、基礎スキルだ。

 レベルアップ時のステータス上昇幅を向上させるスキルは、もっとも重要な冒険者としての素養である。


 その点、エステルは満点である。

 彼女は剣士として、大成が約束された器を持っている。


 次に、トールだ。

 アロンは<鑑定眼>を何度か使用しなおしたが、彼のスキルはまったく確認出来なかった。


 こういう現象はごく希にある。

 そういう場合、なにも見えなくても、スキルを所持している場合が多い。

 おそらくトールも、なにかしらのスキルを持っているだろうとアロンは考える。


 スキルは良い。

 問題は、レベルの方だった。


「彼は、迷い人ではなかったのか?」


 トールのレベルを確認したアロンは、常識が砕ける幻聴が聞こえた。

 たまらず<鑑定眼>で念入りに観察した。しかし、結果は変わらなかった。


<鑑定眼>で見えたトールのレベルは、31だった。

 あの〝レベルが1から決して上がることがない〟迷い人が、だ!


「……あの少年は、なんなんだ?」


 冒険者登録時、トールの魂の波長は迷い人を示していた。その情報を、アロンは事前にマリィから受け取っていた。


 魂の測定器は神の力が働く、神具に近い魔道具だ。誤診が生じる余地は少ない。

 なのでアロンの自らの鑑定ミスを疑った。


 しかしもしトールがレベル1ならば、マリィが作成した報告書にある『トールがワーウルフを倒した』という文言の信憑性が一気に失われてしまう。


 トールのレベルが31であるほうが、報告書との辻褄は合う。

 しかし辻褄を合わせれば、迷い人の診断に疑義が出る。


「一体、どういうことなんだ……」


 もし、万が一両方が正しいのだとするなら。

 アロンはそう仮定して考えた。


 レベルが上がる迷い人が、フィンリスの窮地を救った。

 聞けばフィリップの一件も、彼が幾ばくか関わっていたという。


 いずれも、フィンリス冒険者ギルドを揺るがす大事件。

 それがトールが関わった途端に、解決へと動き出した。


 あまりに〝出来すぎ〟ている。

 一連の出来事に、運命神の関わりがないとは、アロンには到底思えなかった。


(この存在をどう評価するかによって、フィンリス冒険者ギルドの未来が大きく分かれるか……?)


 神の意志が働いているのなら、アロンはトールを無視出来ない。

 もし彼の心がフィンリスから離れた場合、なにが起こるか(それこそ神罰が下る可能性だってある)予想も付かないためだ。


 だからアロンは、トールがフィンリス――ひいてはユステル王国から決して離反せぬよう立ち回る必要がある。


 金か女か名誉か権力か。

 彼が欲するところを、早急に調査せねばなるまい。


「昔ドラゴンを倒したことがあったけど……。ドラゴン討伐の方が楽に感じるなあ」


 人心は腕力だけでは動かない。


 これまで腕力だけでのし上がったアロンは、腕力がほとんど通じないギルド運営を考え、深い深いため息を吐いたのだった。

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