第58話 ギルドマスター
フィンリスに戻ってから一連の流れをマリィに報告した透は、続けて革袋に入れたフレアライトを取り出した。
「マリィさん、ランクアップ試験の依頼アイテムです。確認お願いします」
「あっ、はい……」
最初は透の言葉を熱心に紙に書いていたマリィだったが、中盤から紙に走らせるペンの勢いが衰え、ワーウルフ討伐の下りで完全に停止してしまった。
(マリィさん、疲れてるのかな?)
マリィを慮る透だったが、彼女が何を考えているかまでは読み取れない。
マリィが水筒の口を軽く開き、中の臭いを嗅いで言う。
「はい、フレアライトの原液で間違いありません」
「よしっ、これでDランクだねエステル!」
「あー、そういえばトールさんって、Eランクだったんでしたねー。クイーンロックワームやらワーウルフやらをさくっと倒しちゃうから、忘れてました……」
「その気持ち、痛い程わかるぞマリィっ!」
どこか雰囲気が真っ白になっているようなマリィの手を、エステルが涙を浮かべてがしっと握りしめた。
「Dランクへの昇級についてですが、現在受付業務がパンクしておりますので、後日昇級という形でよろしいでしょうか?」
「ええ、それで構いません」
「ありがとうございます。ところで、先ほどのお話ですが――」
そこでマリィは、居住まいを正し真顔になった。
「ルカさんが犯人というのは、確実な情報でしょうか?」
「本人も認めていましたので、間違いないと思います」
「なるほど。この案件については、さすがに私では荷が勝ちすぎております。一旦ギルドマスターまで報告を上げます。その間、お持ちになったワーウルフの遺体をこちらでお預かりしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
「ありがとうございます。ここで話した内容ですが、決して外で発言されませんよう、伏してお願いいたします」
マリィが深々と頭を下げた。
彼女がここまでするのには、理由がある。
ルカの行動は、冒険者の信用を失墜させるだけではない。
ルカをCランクに昇級させた、ギルド側の責任問題にも繋がる事件である。
特に現在フィリップの一件で、ギルドの信用は著しく失墜している。
たとえルカが何者かに操られていたのだとしても、民衆は冒険者ギルドへの追及の手を緩めてはくれないだろう。
対応が決まるまでは、ルカが犯人であることを決して外に漏らすわけにはいかないのだ。
○
魔物の残党処理と、鎮火の確認が取れた翌日から、フィンリスの再建が始まった。
『壊れても、また作り直せば良いじゃないか! オイラは命があるんだから!』
フィンリスの住民は歌を歌って元気よく、瓦礫の片付けを行っていた。
透たちもその住民たちに混じって、瓦礫の撤去活動を手伝った。
はじめは手作業で運んでいたが、途中から面倒臭くなり透は瓦礫を<異空庫>に収納した。
<異空庫>持ちだということがバレると、陸な目に遭わない可能性がある。
だが透は、家をめちゃくちゃにされたのに前を向いて頑張ってる人たちを前にして、<異空庫>を隠し続ける気持ちにはなれなかった。
透が<異空庫>を使用したおかげで、瓦礫の撤去作業はあっという間に終了した。
住民たちが、感謝の気持ちを込めて透の背中を叩く。
『助かったよ』『若いのに大したもんだ』『あんたのおかげで、また家が建てられる』
ありがとう、ありがとう、ありがとう……。
心のこもった感謝の言葉に、透はつい涙ぐんでしまった。
思い切って<異空庫>を使って、本当に良かった。
瓦礫の撤去作業が終わると、まるでタイミングを見計らったかのように、透たちは冒険者ギルドに呼び出された。
ギルドに向かうと、透らは二階へと通された。
ギルドに来てから初めての経験である。
関係者以外立ち入り禁止の扉を通る時、透は内心「おおお」と興奮した。
「なんか緊張するね」
「トールでも緊張することがあるのだな」
「そりゃあるよ」
小市民だもの。
権力者に会う時は、魔物と対峙するより緊張する。
マリィに連れられて着いたのは、幾何学模様の細工が施された扉の前だった。
見ただけで、中にいるのがただ者で無いことがわかる。かなり迫力のある扉だった。
カンカンカン。
マリィが扉に取り付けられたドラゴンの形をしたノッカーを鳴らした。
「受付のマリィです。入ってもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
扉の向こうから、透き通るような男性の声が聞こえた。
声質とは裏腹に、尋常でない威圧感を感じ、透の背筋がぶるっと震えた。
威圧感を感じたのは、エステルも同じだったようだ。彼女は強ばった表情のまま固まっている。
「ではトールさん、エステルさん。部屋の中にどうぞ」
「あ、はひ」
部屋の中は、まるで校長室のような趣のある部屋だった。
飾り棚やソファ、テーブルが置かれ、壁には額に入った人物画がいくつも飾られている。
部屋の一番奥。
大きなテーブルを跨いだ先に、痩身の男性が居た。
優男風の、若い男だ。
しかしその見た目とは真逆に、内面で蠢く力は凶悪だった。
「トールくんに、エステルくんだね。初めまして。ボクはフィンリスのギルドマスターを務めているアロン・ディルムトだ。よろしく」
男――アロンは友好的な笑みを浮かべた。
その笑顔にも迫力を感じてしまうのは、相手がギルドマスターだからか。
彼の緑色の瞳は、まるで透のすべてを見通しているかのようである。
透は相手の雰囲気に飲まれ切ってしまう前に、気合を入れ直した。
「初めまして。現在Eランクのトールです」
「わわ、私はエステル……です。同じくEランクです」
「それじゃあ、手短に要件を伝えよう。ボクにはボクで仕事があるし、キミたちにもキミたちの仕事がある。現在この街は歓談を歓迎してくれる状況ではなくてね、ボクらが楽しく長話をしていては、きびきび働けとギルドに石が投げつけられるというものだ。大体ボクらだって毎日必死に生きてるのだし、多少のサボタージュくらいは許してもらっても――」
「んんんっ! マスター?」
手短にと言いつつ、本題から逸れてしまっている。
マリィの咳払いに、アロンが苦笑いを浮かべた。
「おっと失礼。いつもの癖でね」
顔を合せて数十秒程度ではあるが、透は彼の性格がなんとなく理解出来た気がした。
「さて、本当に本題だ。まずルカの件について。彼女の事は、フィンリスの領主にも内々に伝えている。ただ、事件が事件だ。これが表沙汰になればフィンリスの冒険者ギルドは瓦解する。それはフィンリスにとっても良くないことだ。なので、一旦封印する」
「封印?」
「そう。キミたちはなにも見ていないし、なにも知らない。いいね?」
アロンは確認を取る言葉を投げかけたが、それは実質強制だった。
有無を言わさぬ圧力が、彼の瞳から感じられる。
「まあ納得出来ない気持ちはわかるけどね。ルカの問題は、ギルドの問題だ。ギルドが責任を負うべきで、君たちが抱え込む必要はない。綺麗さっぱり忘れてしまえー、という程度に考えて欲しい」
「……わかりました」
「素直でよろしい。大体、ボクもこの一件については綺麗さっぱり忘れてしまいたいものだよ。なんせフィリップの件の後だろう? 何故こんな時期にボクはギルドマスターなんだと、エアルガルドにいる6柱の神すべてを呪い――」
「んんんっ!」
マリィの咳払いに、アロンは肩を竦めた。
『受付嬢に管理されるギルドマスターって、どう思う?』
そう、彼の目が透に問う。
しかし、透はその問いかけを見なかったことにした。
「じゃあ次。これは君たちに直接関係する話題だ――」
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