第47話 血みどろ聖女ルカ

 ギルドに入った透は、バーから異様な気配を察知した。

 これまで感じたことのないほどの、強い気配だった。


「……いや、この気配、知ってるぞ?」


 どこで感じたんだったか……。

 考える透の元に、その強い気配を纏った女性がやってきた。


「あなたでしたのね!」


 鼻息荒く透に詰め寄ったのは、以前フォルセルス教会で出会った、あの神官だった。

 いまも僧衣を身に纏っているが、その腰には見事なメイスが下がっている。


(うわっ、酒臭っ!)


 近づいた彼女の呼気からは、道交法なら完全アウトであろうアルコール臭を感じた。

 顔もかなり赤い。すでに出来上がっている。


「他の冒険者から、話は聞いていますわ。体中を真っ赤に染め、冒険者相手に乱暴を働いた卑劣な男! フォルセルス神の名において、正義の力を思い知らせてあげますわ!」

「……っ!?」


 女性がびしっと指を差す。

 その迫力に、透は息を飲んだ。


「劣等サラダの凶悪トマトさん!」

「誰っ!?」


 謎の言葉の羅列に、女性の後ろ――バーからこちらを伺っていた冒険者たちが、みな一様に崩れ落ちた。

 彼らは「くそっ、フィンリスの最終兵器でもダメなのか!」とか「姐さん酒に弱いからなあ」など、口々に呟いている。


 一体なんなんだ……。

 透はがくりと肩を落とす。


 その透に、女性がさらにぐいっと顔を寄せた。

 横にいるエステルの視線が、急速に鋭利に変化した。


「そういえばあなた。以前にフォルセルス教会を訪れましたわね?」

「え、ええ、そうですね」

「やはりあなたには、正義の力が足りていないようですわね! ここは秘技〝親指瞬間移動〟を披露し――」

「結構です」


 透が即座に遠慮すると、女性がもの悲しげに手をぶらぶらさせた。

 その横で、


「どこかで見たことがあると思えば、そのメイス……。もしかして、血濡れのルカ殿ではないか?」

「ええ、冒険者としてはそう呼ばれてますわ」

「おお! 初めて……ではないか、以前にも一度会っているが、改めて自己紹介させてくれ。私はエステル。Eランクの冒険者だ」

「ご丁寧にどうも。わたくしはCランクの冒険者ルカですわ」


 頭を下げたエステルが、ルカと手を重ねた。

 その横で、透が首を傾げる。


「血濡れ?」

「ああ、この方はメイス一本でCランクまでのし上がっていった、凄腕の冒険者なのだ。メイスしか使わず、さらにその戦い方から、『血濡れ』という二つ名が付けられたのだぞ」


 以前に、エステルが口にしていた返り血を気にしない冒険者とは、ルカのことだったらしい。

 それもCランク。一流の冒険者だったとは驚きだ。


 同じ血濡れでも、透とは立場がまったく違う。

 本物を目の前にしたことで、いま自分が血に濡れていることが恥ずかしくなってきた。


「ぼ、僕は透と申します。Eランクの冒険者です。宜しくお願いします」

「あー、あなたがそうでしたかー。おっと、どうぞよしなに」


 思い出したように、ルカが手を差しだした。

 その手を握り挨拶を済ませると、ルカがバーに戻っていった。


「えっ? ……それだけ?」


 一体なんだったんだ?

 ルカの後ろ姿を見ながら、透は呆然とした。


 なにか文句があって透たちの元にやってきたように見えたが……。

 酒に酔ったせいで、自分がやるべき事を忘れてしまったらしい。


 酔っ払いに絡まれても陸な目に遭わないことを、透は社会人経験でしっかり学んでいる。

 なので透は彼女がこちらに近づいた理由の詮索などせず、素早く依頼の処理を行うのだった。


          ○


 血濡れのルカが撤退したあと。

 ある冒険者がギリッと奥歯を噛みしめた。


「ルカ姐さんでもアイツに痛い目に遭わせられなかった、だと……!?」


 その男は、以前トールに投げ飛ばされ、ギルド職員のグラーフに『訓練』という名の拷問を受けた冒険者だ。

 その時の屈辱を晴らすため、男は酒に酔ったルカを、トールにお灸を据えるよう仕向けていた。


 格上の冒険者が相手であれば、トールは手も足も出まい。

 そう思っていたのだが、残念ながらその目論見は外れてしまった。


「くそっ! なんとしてでもあの劣等人を痛い目に遭わせてやる……!!」


 ――たとえ、どんな手段を用いたとしても、だ。


 失敗に懲りることなく、男は新たな作戦を企てるのだった。


          ○


 透が真っ赤に染まらずにゴブリン討伐を終えられるまでに、なんと一週間もかかってしまった。

 やはり技術は一朝一夕に身につく者ではないのだ。


 その間、レベルは徐々に上がり難くなり、最後にはまったく上がらなくなってしまった。


>>レベル25→30

>>スキルポイント41→91


 1週間でレベル9つ。これが良いか悪いかはわからないが、一番ランクの低いゴブリンを倒し続けたことを思えば、良い方なのだろう。


 レベルが上昇しスキルポイントが溜まってきたので、透はスキルを一つ取得した。


>><弓術Lv5>獲得

>>スキルポイント91→76


 これで弓でまともな攻撃が可能となった。

 とはいえ、現在は返り血を浴びない訓練の途中だ。ゴブリンの討伐で、透は一度も弓を使わなかった。


 ゴブリン討伐後の落ち込みようが酷かったエステルだったが、三日目を過ぎたあたりから、討伐終了後も元気を失わなくなった。


 理由を尋ねてみると、


「結構レベルが上がってきてるのだ!」


 教会に行きステータスを調べたことで、ゴブリン訓練で強くなった実感が湧いたようだ。

 透はエステルのレベルを知らないが、ゴブリンだけで上がるレベルは30程だ。なので同じくらいのレベルだろうとみている。


 返り血を浴びずにギルドに戻り、マリィに耳を渡して査定を依頼する。


 ここ一週間、大量の耳を持ち込まれたマリィの目の下には、大きな隈ができていた。

 ――案の定、悪夢に魘されたのだ。


(この人は、100単位で耳を納品しないとダメな病なのかしら……)


 そろそろフィンリス周辺のゴブリンが死滅するのではないだろうか?


 ゴブリンの天敵はロックワームくらいしかいない。

 トールの殲滅によって一時的に出現率は減るだろうが、ゴブリンは繁殖力が高いので、アッという間に増えるに違いない。


 ゴブリンの耳はもう、しばらく見たくはない。

 うんざりする気持ちとは裏腹に、マリィはトールたちの今後が楽しみでもあった。


 一体彼らはどこまで上がって行けるのだろう? と。

 もしCランク以上になったら、その時は……。


(なんとしてでも既成事実を作らないとッ!)


 マリィはトールの貞操を簒奪する方法に頭を悩ませるのだった。


          ○


「トールさん、エステルさん。そろそろランクアップの試練を受けてみませんか?」


 本日分の報酬を受け取ったとき、マリィがそう切り出した。


「ランクアップの試練?」

「はい。ポイントが一定以上貯まったEランク冒険者の方には、ランクアップの試験を薦めさせて頂いております。FからEにランクアップする時とは違い、Dへのランクアップには、試験をクリアして頂く必要があるんです」

「試験はどんなものですか?」

「時期によりいくつかありますが、いまですと……」


 マリィがカウンターの下から紙の束を出し、ぱらぱらとめくった。

 その中のある頁でめくる手を止め、透らに見えるようカウンターに紙を置いた。


「『フレアライト・ダンジョン』の踏破となっております」


 聞き覚えのない言葉に透はエステルを見た。


「『フレアライト・ダンジョン』は、フィンリスの近くにあるEからDランク向けのダンジョンなのだ。比較的魔物は弱いが、罠があり、一番奥にはボスもいるのだぞ」

「エステルさん、よくご存じですね」

「ダンジョンは冒険者の憧れだからな!」


 ダンジョンに潜って、レアなお宝で一発当てる。

 日本にあったファンタジーものの黄金パターンが、このエアルガルドにもあったのかと、透は感心した。


「ランクアップ依頼の内容ですが、『フレアライト・ダンジョン』に向かい、これを踏破して頂きます。踏破証明は、最奥にあるフレアライトの原液となりますので、これを水筒一つ分お持ち帰りください。

 期限は依頼を受諾してから一週間です。期限を過ぎた場合は依頼失敗となり、次期ランクアップクエストに切り替わるまで再挑戦出来ませんのでご注意ください。

 今回の依頼はランクアップのためのものですので報酬はありません。が、フレアライトの原液の買取に多少色を付けさせて頂きます。なにかご質問はありますか?」


「ええとまず、フレアライト・ダンジョンってどこにあるんですか?」

「……」


 透の質問に、しかしマリィは笑みを浮かべたまま何も答えない。

 なるほど、と透は思った。

 ランクアップクエストは、既に始まっているのだ。


 冒険はなにもかも、お膳立てされたものばかりではない。

 情報がほとんどないままに、依頼を遂行せねばならない場合もある。

 むしろそれこそが、冒険の本質である。


 限られた情報だけで事前に準備を行い、与えられた依頼をクリアする。

 自分で情報を集め、自分の頭で考える。その力があるかどうかを見極める。

 これが、このランクアップクエストの狙いなのだ。


「トールさん、エステルさん、今回のランクアップクエストには挑戦されますか?」


 マリィに尋ねられた二人の答えは、既に決まっていた。

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