第46話 真っ赤なトマトを潰せ!

 ギルドに入ってすぐ、透は妙な男に絡まれた。

 何故か、冒険者らしき男が背後から突如素手で攻撃してきたのだ。


 幸い、男はそこまで〝本気〟でないように透には思えた。

 相手が動き出してから動いたのでも、十分間に合った。

 また<合気>を取得していたおかげで、相手を怪我させないよう無力化することも出来た。


 これで相手を怪我させては、また因縁が付けられてしまう。

<合気>を取得していて良かったと、透は胸をなで下ろした。


「……トール、なんだこいつは?」

「さあ?」


 エステルが尋ねてきたが、透に聞かれてもわからない。


 透が首を傾げていると、男はすぐさま現われたグラーフに首根っこを掴まれて、訓練場に連行された。

 般若のごとき形相を浮かべたグラーフと、悲壮感漂う男の姿を眺め、透は彼の男が無事訓練場を出られることを祈るのだった。


 気を取り直し、透はギルドの受付カウンターに立った。


「ひえっ!?」


 耳が沢山詰まった袋をカウンターに置くと、マリィが顔を大きく引きつらせた。


「あ、あのぅ、これはなんですか?」

「ゴブリンの耳。常設依頼のゴブリン討伐をやってきたんです」

「な、なるほどぉ……」


 トールから討伐証明部位を受け取ったマリィは、内心叫び声を上げていた。


(ゴブリン討伐の証明部位が、どうしてこんなに大きな麻袋に入ってるのよォ!?)


 渡された麻袋は、マリィ程度なら余裕で入れるくらいの大きさがあった。

 その袋が、パンパンに膨らんでいる。


 ところどころ(ゴブリンの血なのだろう)赤いシミが滲んでいてぞっとする。

 袋の大きさ的に、ゴブリンのバラバラ死体が入っているのではないかと想像してしまい、マリィはなかなか袋の口を開けられない。


 そしてなにより、トール本人が血だらけなのが完全にホラーである。

(いくら血だらけでも、彼が怪我をしているとは一切思わない程度に、マリィは彼の実力を信用していた)


 気合を入れて、マリィは麻袋の口を開いた。


「……」


 袋に入った、おびただしい血だらけの耳、耳、耳……。

 マリィは無言で麻袋の口を閉じた。


「ふぅ……」


 胸をガンガン叩く心臓を、深呼吸で落ち着かせる。


 一体なんてものを持ち込んだのだ。

 間違いなく、今夜夢に出てくるではないか!


 受付嬢になってから、マリィはこれまでいくつかの『二度と体験したくない業務』を経験している。


 バラバラになった魔物の死体や、血でヌルヌルになっている魔石の買取。

 最悪だったのは、虫が湧き始めている(冒険者曰く)〝素材〟の鑑定である。あれはゴミ認定し、怨念とともに焼却処分してやった。


 そのような経験を重ねてきたマリィは思った。


(おめでとうトールさん。今日からこの耳袋がナンバーワンよ……)


 驚愕したとはいえ、業務は業務だ。

 トールは決してマリィに嫌がらせをしているのではなく(もし嫌がらせならビンタの一つくらい許して欲しい)、きちんと冒険者の本分を果たしている。


 マリィはいやいやながら、耳の精査を行うのだった。




 依頼の精査が終わるまで、透はカウンター越しにマリィの作業を見守った。

 途中から、耳を数えるマリィが何故か涙を流し始めた。

 一体彼女になにがあったのだろう……? 透には想像も及ばない。

 きっと、深遠な意味があるに違いない。


「大変、お待たせ致しました」


 精査が終わると、目を真っ赤にしたマリィが結果が書き込まれた用紙を差し出した。

 紙には、討伐したゴブリンが136匹とあった。


「おお、結構狩ったね」

「そうだな……」


 喜ぶ透とは対照的に、エステルの目が死んだ。


 ゴブリン討伐の常設依頼は、5匹につき大銅貨4枚(40ガルド)が貰える。

 今回は136匹なので、端数切り捨て27口分。合計1080ガルドとなった。


「1日でかなり稼げたなあ。ゴブリン討伐って、すごく美味しい依頼なんだね!」

「いや……」

「それは……」


 透の無邪気な発言に、エステルとマリィが口ごもった。

 二人の内心は共に一致している。


((こんなに狩る奴、他にいないから!!))


 決して美味しいわけじゃない。

 透の達成数が異常なのだ。


 銀貨10枚と、大銅貨8枚が入った麻袋を貰い、透はギルドを出る。

 その足で向かったのは、公共の井戸だ。


 透は<異空庫>から石けんを取り出し、衣服についたゴブリンの血を洗う。

 衣服に付いたゴブリンの血液が、石けんの泡とともに下水口に流れていく。


「おっ、結構落ちる! これは、儲かったなあ」


 全く狙っていなかったが、使える石けんが、偶然にも無料で手に入った喜びに、透は口笛を吹きながら服に体に洗っていく。


「ゴブゴブゴーブゴブー♪」

「トール、その口笛を街中で使うのは勘弁してくれ……」

「あっ、エステルもこの石けん使う?」

「結構だ!」

「そう? すごく汚れが落ちるのに……」


 いくら汚れが落ちるとはいえ、元の素材がゴブリンである。

 冒険に慣れたエステルも、さすがに手を出す気にはなれない。


 ゴブリンの声真似をしながら、ゴブリンで出来た石けんで、ゴブリンの血を洗い流す。

 そんな冒涜的な光景を眺め、エステルは深い深いため息を吐いたのだった。


          ○


 透は翌日もゴブリン討伐に勤しんだ。

 理由は単純で、経験効率が良かったからだ。


>>レベル21→25

>>スキルポイント1→41


 現在の透であれば、ゴブリンにいくら囲まれても脅威を感じない。

 もちろん油断は出来ないが、ロックワームに比べれば余裕で討伐出来てしまう。


 おまけに口笛を使えば、ゴブリンを呼び寄せ放題だ。

 黙って立っているだけで(厳密には黙って立ってなどいないのだが)レベルが上がるのだ。この手法を続けない透ではない。


 また、透はゴブリンを相手にしながら返り血の処理についても学ぶ。

 レベリングも大切だが、返り血の処理も大切である。


 今は良いが、いずれ戦闘中にかかった返り血が、自らの首を絞めるかもしれない。

 また、魔物の中には強酸タイプの血や、浴びるだけで病気にかかるタイプの血を持つ者もいるかもしれない。


 血を浴びない訓練を積まない理由はなかった。


 ゴブリンを討伐しながら、なるべく返り血を浴びないように立ち回る。

 しかし透はここへきて、初めて戦闘に躓いた。


 RPGは得意でも一人称視点の射撃ゲーム(通称FPS)が苦手だったせいか、立ち回りが下手くそだったのだ。


 来る日も来る日も、透は体を真っ赤にしながらフィンリスに戻っていくのだった。


          ○


 ギルドに顔を出したルカは、ギルドに併設されたバーで久しぶりにお酒を楽しんでいた。

 ここしばらく、教会の奉仕活動に力をいれていたせいで、なかなか冒険者として活動出来ていなかった。


 ルカの本分は冒険者だ。

 教会も大切だが、ギルドの仕事も大切である。


「おっ、姐さん久しぶりっす!」


 酒を飲んでいると、妙にフレンドリーな男性冒険者が近づいてきた。

 折角の一人エールが台無しである。


 相手の態度から、きっとどこかで一度は顔を合せたことがあるだろうことはわかる。

 しかしルカには、その男性冒険者の顔に見覚えはなかった。


「いままでどこでなにしてたんっすか? 結構な期間見ませんでしたけど」

「ちょっと、脂っこい依頼をこなしていたんですわ」

「いやあ、姐さんが消えて心配してたっすよ!」


 男が大声で話すものだから、他の冒険者もルカの存在に気がついた。

 やれ姐さんだの、やれお姉様だの、次から次へとルカの元にやってくる。


 ルカは一応、フィンリスでは名の通った冒険者だ。

 そのせいか、先ほどからエールの味をろくに楽しめないほど、多くの冒険者に話しかけられる。


「姐さん、実は最近ギルドに新人が入ったんすけどね」「そうそう、あのトマト野郎な!」「ちょっといい気になりやがって――」「他の冒険者に暴力を働いたんっすよ!」

「この前なんか俺が――」「そりゃテメェが悪いだろ!」「グラーフさんにこっぴどく絞られたんだってな!」「うるせっ!」「グラーフさんの愛ある指導はどうだった?」「死ぬかと思ったよ、ちくしょう!」

「劣等人のくせに偉そうに――」「マリィさんを占有して、横暴っす!」「そういえばアイツ、サラダ好きなんだってな」「んな話聞いてねぇよ!」「姐さん、なんとかしてくださいっす!」


 逆恨みなのか妬みなのか僻みなのか、よく判らない言葉がグルグルとまわる。


 酒を少し入れただが、ルカは既に半分酔っ払っていた。

 ええい、なんと酒に弱い体なんだ!


「――あっ、姐さん、あのトマトっす!」


 冒険者が指差す方を見ると、たしかに真っ赤に染まった少年の姿が確認出来た。

 その少年の姿に、ルカは覚えがあった。


「あの少年は……」


 思い出すと同時に、ルカはガタっと勢いよく席を立った。

 その勢いに圧されて、数名の冒険者が尻餅をついた。


「姐さんが、動いた!!」

「こりゃあの新人、ひでぇ目に遭うぜ」


 下品な笑いを浮かべる冒険者を背に、ルカは歩き出す。

 正義神フォルセルスの名に誓い、あの少年に鉄槌を下すために!

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