第48話 はじめてのダンジョンこうりゃく

 翌日、透とエステルは、日の出と同時にフィンリスの東門から出発した。

 向かう先はフレアライト・ダンジョンだ。


「それにしても、エステルはよくフレアライト・ダンジョンのことを知ってたね」

「いずれはDランクになると意気込んでいたからな。いつランクアップクエストが与えられても良いように、準備を進めておいたのだ」


 フレアライト・ダンジョンについては、エステルが詳細を熟知していた。

 ダンジョンの場所や、内部構造、出てくるボスに至るまで、季節毎に切り替わるクエスト全4種類のすべてを、彼女は事前に一人で情報収集していたのだった。


『もうすぐDランクのEランク冒険者』と意気込んでいただけはある。


「いつから情報を集めてたの?」

「冒険者ギルドに登録してすぐくらいだな」

「ず、ずいぶん早いね……」

「冒険者にとって情報は最高の武器だからな。それに、先輩の冒険譚は面白いのだぞ。先輩冒険者から話を聞くだけでも、勉強になる。私が新人冒険者だったからか、先輩冒険者も親身になって教えてくれたしな!」

「……」


 それは新人だからというより、エステルが女性だったからではないだろうか?

 男性冒険者が新人かつ女性冒険者に『あなたのことが知りたい』と言われたら、誰だって口がくるくる回るに違いない。


 それはそれとして……。透は顎に手を当て考える。

 もし昨日の段階で初めて、透たちが情報収集を開始した場合、スムーズに情報は集まっただろうか? と。


 まず、E・Fランクに比べてDランクの冒険者の数は圧倒的に少ない。

 また、冒険者は自営業に近い。他の冒険者は同業仲間であり、仕事を奪い合う同業他社である。


 透たちがDランクに上がると、その分だけライバルが増える。

 将来ライバルになる相手に対して、自分たちが知る情報を〝タダ〟で渡すお人好しが何人いるか……。


 今回のクエストは特に、情報がキモだ。


 透たちが情報を集めはじめたら、Dランク冒険者たちはクリアしたクエスト情報に値段を付けていたに違いない。

 そして仕方なく情報を購入したところで、当たり情報の確立は4分の1ときた。


 ただダンジョンを踏破するだけのクエストに1週間の猶予が設けられているのは、〝だから〟だろう。


(もしかすると僕らは、知らず知らずのうちに、クエストの大部分をクリアしたんじゃ?)


 透は事前に情報収集していたエステルに、内心深く感謝を捧げるのだった。




 フレアライト・ダンジョンは、フィンリスから歩いて二時間のところにあった。

 小山の麓にぽっかりと口を空けた、そこがフレアライト・ダンジョンの入口だ。


 自然に生まれた大地の亀裂のように見えるが、入口を入ってすぐのところに階段があった。

 自然発生した穴では決してありえない。

 内部の壁や天井、床も、ただの土とはとても思えない硬質な素材で覆われていた。


「トール。念のために繰返すが、ダンジョンの中は火気厳禁だ。絶対に火系魔術を使うなよ?」

「わかってるよ」


 エステルが透に入念に注意を促した。

 当然ながら、エステルのそれは前振りではない。


 フレアライト・ダンジョンは、|着火剤(フレアライト)が入手出来るダンジョンだ。

 そんなところで火魔術を使った暁には、花火工場大爆発のような光景を、特等席で目の当たりに出来るだろう。自分の命と引き換えに……。


 なのでエステルは念入りに注意喚起している。


 もちろん透も、ダンジョン爆発なんて憂き目に遭いたくはない。

 なので今回は魔術を使うとしても、発火の危険性がないものにするつもりである。


「ところで、ダンジョンってやっぱり魔物もいるんだよね?」

「そうだな。ダンジョンは魔物を生み出す。これくらい小さなダンジョンであれば、一定数まで魔物を生み出したら、そこから増えないし、ダンジョンの外に魔物が出て行くこともないぞ。

 逆に大きなダンジョンであれば、魔物が生み出され続け、スタンピードという魔物放出現象も起こるのだ。大きなダンジョン近くの街では時々、スタンピードを抑制するために、大規模討伐部隊が組まれることがあるぞ」


 ダンジョンに入ってすぐ、エステルが足を止めた。


「トール。あそこに罠があるのが見えるか?」

「ん? あー、なにかあるね」


 エステルが床を指差した。

 一見するとわからないが、よくよく観察すると床の色が一箇所だけ微妙に異なっていた。


「あれが罠なんだ」

「そうだな。地上とは違い、ダンジョンにはああいう罠があるから気をつけて進もう」


 ダンジョンは自然物ではない。

 魔石に近い性質のダンジョンコアがあり、それを中心として大地を浸食した、いわば〝きのこ〟に近い生態を持つ生物だ。


 人間を捕食対象とし、その人間を内部で捕食するための工夫を凝らしている構造生物、というのがエアルガルドの一般的なダンジョン観である。


 さておき、この罠は誰かが張ったものではなく、ダンジョンが生み出したものだ。

 ダンジョンを進む場合は、魔物の襲撃と同時に、このような罠にも注意を払わなければならない。


 透らは最初に発見した罠を回避し、奥に進んで行く。

 すぐに新たな罠を発見し、これを回避するもまた新たな罠が……。


「ねえ、なんでこんなに罠が多いの?」


 数メートル歩くだけで発見される罠の数に、透は早くもうんざりした。

 この先になにがあるのか気になっているのに、罠があるせいでちっとも進めない。もっとずんずん進んでいきたかった。


「とはいっても、ダンジョンはこういうものだぞ」

「さすがに多過ぎでしょ……」

「ダンジョンとしては、どれか一つでも引っかかってくれれば御の字といったところなのだろうな」

「うーん」

「通常は斥候が前に出て、罠を無効化するものなのだが、私たちのパーティには斥候はいないからな」


 透のパーティには、剣士と、魔術が使える剣士の二人しかいない。

 斥候がいないので、歩くペースが上がらないのは仕方ない。


 それでも透は、頭を悩ませる。

 もっとスムーズに進む方法はないものか?


「良いではないかトール。これもダンジョン攻略の醍醐味だぞっ。初めてのダンジョン探索なのだし、罠の回避も楽しもうではないか!」

「うーん……ねえエステル。斥候ってどうやって罠を無効化してるの?」

「そうだな。罠をあえて発動させることで無効化するらしいが、具体的な方法までは私にはわからないな」


 あえて発動させる――たとえば落とし穴の場合は、フタの部分をあえて踏み抜くことで、斥候は他の床との違いを明確にするのだ。


(……そうか。それなら行けるかもしれない!)


 思いついた透は、早速体内で魔力を練り上げる。


「と、トール。一体何をするつもりなのだ? 火魔術は、火魔術だけはダメなのだぞ!?」

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