第34話 市民の暇を潰すための神聖なる行事

「ねえエステル。この方法でネイシス教会の場所が判るの?」

「私は大丈夫だと思うぞ?」

「でも、他教会の場所を尋ねるのは、その教会の人が不快になるんじゃ……」

「トールはなにが不安なのだ? アルファス神殿では、ずいぶんと丁重に扱ってくれたではないか」

「いやいや、全然丁重じゃなかったよね!? 帰り際に塩撒かれたし!」

「私たちを塩で清めてくれたのだな。アルファス神殿の聖職者は心が優しいではないか」

「確かに塩は清めに使うけどさ……」


 透はエステルのポジティブすぎる思考に頭を抱えたくなった。


「しかし、まさか聖水まで使って信者獲得しようとしてるとはな。アルファス神殿、おそるべし」

「聖水って、シスターが言ってた万病に効くとかいうやつ? あれ、すごく高かったね」

「あれくらいは当然だぞ。なんでも聖水を作るのには、教会で浄化作業を行うらしい。作り終わった後は、聖職者みなヘトヘトになるほどだという話だ。寄進込みであの値段なら、かなり頑張っている方なのだぞ」

「へぇ」


 聖水にどれほどの効果があるのかは気になるところだが、安くても銀貨5枚――5万円だ。気軽に購入出来るような値段ではなかった。


 それはそうと――と、透は頭を切り替える。


「結局、アルファス神殿じゃ、ネイシス教会の場所は聞けなかったね」

「ギルドが総出でも掴めなかったのだぞ? 簡単に場所がわかるはずがないだろう。トール、気落ちしている暇はない。次だ次っ!」


 元気なエステルに連れられて、透は次にエルメティア教会を訪れた。

 こちらも石造りだが、アルファス神殿と違い見た目は一般的な教会だった。


 教会の扉を開くと、透は花の甘い香りを感じた。

 やさしい香り癒やされていた透だったが、教会の奥の祭壇で横たわる人の姿を見てぎょっとした。


「――血ッ!?」


 祭壇には、血に濡れた子どもが横たわっていた。

 もう痛みを訴えることも出来ないのか、子どもはぐったりしていた。


 その傍らにいるシスターが、すすり泣きながら高らかに言った。


「私が信ずる魔術神エルメティア様! 何故、年端も行かない子どもがこのような目に遭わねばならないのでしょう!? この子の家にはお腹をすかせた弟妹がいます。恵まれぬ育ちのこの子らは、お腹いっぱい食べ物が食べられないのです。

 弟妹らにひもじい思いをさせたくない。そんな思いから、この子はなんと道ばたに落ちた賤貨を必死に集め、肉串を購入したのです。

 肉串を握りしめ、家に帰る途中の出来事でした。この子は、大通りを勢いよく走ってきた馬車に牽かれてしまったのです! ああ、神よ! 弟妹思いで、素晴らしい善行を積んでいる子が、何故このような悲惨な目に遭わねばならぬのでしょうか!?」


 そしてシスターは両手を高く掲げた。


「魔術神エルメティア様のご慈悲を、どうか、どうかこの子にお示しくださいませ!」


 その言葉で、シスターの手の先1メートルほどの所に、ぽっと白い光が点った。

 その光は徐々に下降し、子どもの胸に触れた。


 次の瞬間、子どもの全身が柔らかい光に包まれた。

 その光が消えると、子どもは瞼を開き、自らの体を両手でまさぐった。


「あ……う? 痛くない。痛くないよ!」

「ああ、魔術神エルメティア様! 海より深い慈悲をもち、天より高い魔術の御業にて、この子の傷を癒やしてくださったのですね……。ありがとうございます。ありがとうございます!!」


 シスターが感極まって、ぼろぼろと涙を流した。


 その涙に、透も目頭が熱くなる。

 つんとした鼻を、透は指先で強くこすった。


 その横では、エステルが両手を口に当て、ぽろぽろと涙を流していた。


「神様、ありがとうございました!」


 子どもが天を見上げて両手を組んだ。

 その子どもの頭を撫でながら、シスターが言う。


「よかったわね、ぼく。エルメティア様が奇跡を起こしてくださったのは、君がエルメティア教の信者だったからよ」

「うん!」

「もちろん、毎日熱心に祈りを捧げていなかったら、奇跡は起こらなかったでしょうね」

「うん!」


(うん?)


「あと、祈りを捧げるときの寄進も忘れちゃいけないわよ!」

「そうだね! 僕まいにち大銅貨1枚寄進してるんだ!」


「ちょっと待って。|恵まれぬ育ち(びんぼう)って話はどこに行ったの?」


「「……チッ」」

「――ッ!?」


 透のツッコミに、シスターと子どもが同時に透を睨み、舌打ちをした。

 しかし二人はすぐに表情を元に戻して天に祈りを捧げた。


「魔術神エルメティア様の加護があれば、こうやって命が救われるのよ」

「エルメティア様って、すごいんだね!」

「ええ。なんたって魔術神ですもの!」

「入信したくなったら、どうすればいいの?」

「入信は、入口近くにある紙に必要事項を記入の上、係の者に紙を渡すだけよ」

「えへへへへ」

「うふふふふ」


 二人の会話を見ながら、透は思った。


 ――なんだこれ?


 感動の蘇生術を見ていたと思ったら、信者獲得用の寸劇だった。


 冷静になって観察すると、子どもの衣服に付着しているものは、血液にしては薄すぎる。

 また、血液以外に衣服の乱れがない――致命傷を負ったにしては、綺麗すぎた。


(僕の感動を返して欲しい……)


 冷めた目で見る透の横でエステルは――


「神様に助けて貰えてよかったのだなあ!」


 ボロボロと涙を流し、鼻をすすっている。

 ――これが茶番劇だと、まったく気づいていなかった。


 透はため息一つ吐き、口を開いた。


「あの失礼ですが、ネイシス教会の場所はわかりますか?」

「エルメティア教への入信は――」

「あっ、結構です」


 透が即答すると、それまで感動に潤んでいたシスターの瞳が、からっと乾燥した。

 そしてシスターは扉に指を差す。


 ――お帰りはあちらです。




 エルメティア教会も収穫なし。

 二件連続で塩対応された透は、トボトボと大通りを歩く。


 透とは打って変わって、エステルの足は軽い。


「いやぁ、良いものを見られたな!」

「う、うん……」


 まるで演劇を鑑賞した後のように、エステルの笑顔がすがすがしい。


「どうしたのだトール? 元気がないようだが」

「二連続で手がかりなしだからね。逆にエステルは元気だね……」

「素敵な寸劇が見られたからな!」

「あっ、寸劇って気づいてたんだ」


 てっきり騙されているものと思っていた。

 透は目を丸くする。


「当然ではないか。フィンリスの教会では定期的に、ああいう寸劇が開催されるのだ。王都とは違って、フィンリスは演劇や歌劇などの娯楽が少ない。だから教会で寸劇を開催すると、娯楽を求める市民が教会に足を運ぶのだ」

「へぇ~」

「不定期開催だから、寸劇を見たければ足繁く通うしかない。そうやって、フィンリスの教会は信者を稼いでいるのだぞ」

「そ、それって、神様に失礼じゃないの?」

「なにを言う? 神が失礼だと思ったら、すぐに辞めさせられている。辞めさせられてないということは、神も信者の寸劇を楽しんでいるからだぞ」

「な、なるほど」


 宗教に厳粛なイメージを持っていた透は、この世界の宗教や神の緩さにがくっと肩を落とした。


(いや、厳粛なのは一部だけで、神様って案外緩い存在なのかもしれないな)


 透は地球の神話に登場する神々を思い出しながら、妙に納得したのだった。


「さっ、トール。次だ次!」


 次に訪れたのは、戦神アグニ神殿だった。

 神殿の造りはアルファスのそれと類似している。


 違うのは、神殿の床だ。

 アグニ神殿の床は、踏み固められた土だった。


 透らが神殿に入るとすぐ、互いに木刀を向け合う男二人の姿が目に入った。

 男らは一触即発の雰囲気を発しながら、互いににらみ合っている。


「……次で終わりだ。秘技〝閃光竜神活殺剣〟!!」

「――甘いわ! 秘奥義〝戦神アグニソーォォォォォド〟!!」


 二人が素早く接近。

 手にした武器を振り抜き、離れた。


 一瞬の静寂が神殿を満たした。


 静寂を破ったのは、先に技名を叫んだ男だった。


「ぐっ……! 何故……〝閃光竜神活殺剣〟が完全に入ったのに!」

「くっくっく。貴様が我に勝てなかった理由は一つ」


 男は高らかに剣――木刀を掲げた。


(あの木刀、見覚えがあるような……)


「このアグニソードを持っていなかったからだ!」

「なん……だとっ!? そのアグニソードとやらは、どこに行けば手に入れられるのだ!?」

「戦神アグニ神殿に赴き、信者になれば無料で貰えるぞ!」

「なんと無料で!?」

「しかも今なら、通常1本の所、もう1本付いてくる!」

「お得だッ!!」


 やたらと暑苦しい茶番劇を尻目に、透はそっとエステルを横目で見た。

 彼女は両手を握りしめながら、頬を紅潮させている。


「……そういえば、エステルってアグニ教を信仰してたんだっけ?」

「そうなのだ! あのアグニソードも持っているのだぞっ!」


 エステルが瞳を輝かせながら胸当てから木刀を2振り取り出した。

 その木刀は、先日朝の稽古で用いたものだった。


(どおりで見覚えがあると思ったら……)


「これで私も強くなれるのだ!」

「う、うん。ソウダネー」


 ここまで綺麗な目をしていると、騙されてるぞと指摘しにくい。

 実害はなさそうなので、放っておくことにする。


 アグニソード(木刀)を掲げながら、エステルが戦いを終えたばかりの二人に小走りで近づいた。


「先輩兄弟方、質問なのだ!」

「おお、同じアグニ神を信望する姉妹ではないか! なにがあったのだ?」

「そこにいる男の新規入信かな?」

「ああいや、実はギルドの依頼で、ネイシス教会を探しているのだ」


 ネイシス教会と聞いた二人の瞳が困惑に揺れた。


「ネイシス教会か……すまん、姉妹。ネイシス教会の場所については、我では力になれん」

「あそこは、縁ある者しかたどり着けぬ故」

「そ、そうか……」

「姉妹はもうフォルセルス教会には赴いたのか?」

「いや、まだだが」

「ならば、行ってみるが良い。正義の神の僕ならば、もしかすると存じているかもしれん」

「わかったのだ!」


 重要な手がかりは見つけられなかったが、ヒントは得られた。

(フォルセルス教会って、たしか三角屋根の建物だったな……)


 透はフィンリスを訪れた最初の日に見たフォルセルス教会を、脳裡に思い浮かべる。


「ところで姉妹。あそこの少年はもう、他の神のしもべに?」

「いや、まだなのだ」

「ほぅ……?」


 僅かの間、沈黙がおりた。

 不自然な沈黙に気づき、透はエステルたちを見た。


 エステルたちは、よからぬ光を湛えた瞳で、じっと透を見つめていた。


(ひえっ!?)


「トールぅ?」


 おいでおいでと、エステルが手招きする。

 あちらに行っては戻ってこれない。そんな気がして、透は脱兎の如く逃げ出したのだった。




「はあ……はあ……と、トールぅ、どうして逃げ出したのだ」

「いや、なんとなく……」

「トールが入信すれば、アグニソードが貰えたのだぞ? しかも今なら2本も!」

「いや、それはいらない」


 アグニ教徒の言うアグニソードは、木から削り出しただけの、なんの変哲も無い木刀である。

 唯一通常の木刀と違うのは、柄の部分にアグニ教の聖印が捺されているところだけだ。


 それを2本貰ったところで、透はちっとも嬉しくない。

 逆に聖印が捺されてることで、心理的に少し使いにくいくらいだ。


「それでエステル、次はフォルセルス教会だけど」

「そうだな。次で有力な手がかりが得られると良いのだが……」


 日は既に空のてっぺんまで登り切っている。

 早いところ場所を確定しないと、ネイシス教会を探すだけで日を跨いでしまう。


 透は次なる目的地、正義神フォルセルス教会へと足早に向かうのだった。

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