第33話 アルファス神殿へ
依頼だけでなく、まさか清掃を行う建物までもがオカルトなのか。
(ネイシス教会が実在するかどうかわからないから、エステルは渋ってたのかな……?)
「ネイシス教会は、ないってこと?」
「いや、あるにはあるのだが、普通ではたどり着けないと言われているのだ」
「普通では?」
「ネイシスは運命神だ。だからか、教会と結びつく運命にないと、教会を訪れることが出来ない、という噂なのだ。
実際に教会に行けた人はいるが、その人の話を聞いて教会に向かっても、教会に行けなかったという人がいるのだ」
「過去に一度、ギルドでも大規模捜索を行ったことがあるのですが、冒険者の中でもたどり着けた者と、そうでない者がおりました。
たどり着けた者でも、その後二度と教会に行けなかった者や、たどり着けなかった者でも、その後教会にたどり着けた者がおります。
教会の位置についての報告もまちまちで、街のどのあたりにあるのかすら、ギルドでは把握出来ませんでした」
「なにそれすごい」
二人の話を聞いて、透はさらに興味が惹かれた。
たどり着けたり、たどり着けなかったりする、運命神の教会。
(教会にたどり着く人は選ばれし者感があって、凄く良い!)
かくして透は、エステルの制止も聞かずに、謎の依頼をうきうきで受理するのだった。
○
フィンリスは現在人口が約3万人の、国内でもっとも栄えた城郭都市である。
フィンリス建街時は南北に2キロほどというサイズだったが、現在は人口の肥大化が進み、直径5キロという巨大な円形の都市となった。
中央にあるかつての旧市街は、現在貴族街として使用されている。
その円を中心にして、東西南北に大通りが延びている。
フィンリスは北から流れる川を引き込み、水源として利用している。
市内は上下水路が隅々まで整備されている。さらに井戸も設置されているため、住民が水に不自由することはない。
中央広場には噴水が設置され、フィンリスの水源の豊富さを象徴している。
北東、南東、北西、南西と大きな区分けがあり、それぞれ職人街、市民街、商人街として栄えていった。
北
┌──┬──┐
│職┌┴┐民│
西├─┤貴├─┤東
│民└┬┘商│
└──┴──┘
南
透が暮らしている宿があるのは、南大通りに面した南西区画。
冒険者ギルドは南東地区だ。
現在、透はエステルを先頭に、貴族街方面に向かって歩いていた。
歩いているのだが、
「ねえエステル。どこに向かってるの?」
「ひとまずネイシス教会についての情報を集めてみようかと思ってな。教会のことなら、教会関係者に聞くのが一番だ」
なるほど。
エステルは最後まで依頼に反対していたが、きちんと考えてくれているようだ。
「それに、トールはこの世界の宗教に、あまり馴染みがないと思ってな。折角の機会なのだから、どれか信仰する宗教を決めてはどうだ?」
「うーん。信仰ねえ」
「もしかして、前の世界の宗教をいまも信じているのか?」
「いや、そういうわけじゃないよ」
透は特に宗教を信仰していたことはない。
といっても、|自然崇拝(アニミズム)的価値観を持ってはいる。
『ものには魂が宿るから、大事にしなさい』
『ご飯粒ひとつひとつに神様が宿っているから、残さず食べなさい』
『いつもお天道様が見てるよ。だから悪いことはしちゃいけない』
しかしそれは一般的なアニミズムではなく、道徳としてすり込まれたものである。
信仰していたとは決していえない。
また透には、神はいないという考えが基本にある。
この世界に来る際に、自称神に言ったことは今も間違ってないと考える。
とはいえ、それを現地民の目の前で口に出来るかどうかはまた別問題だ。
透は話題を変える。
「そういえば、エアルガルドには6柱の神様がいるんだっけ?」
「おお、よく覚えていたな。その通り、エアルガルドは6柱の神が作ったという伝承があるのだ。正義神フォルセルス、技術神アルファス、戦神アグニ、魔術神エルメティア、自然神|天上命神(アマノメヒト)、そして運命神ネイシス」
「エステルは、どの神様を信じてるの?」
「もちろん、戦神アグニだぞっ! 冒険者になるときに入信して、なんと加護まで貰えたのだ!」
エステルがフンスと胸を張った。
ポニーテールが自信ありげにゆっさゆっさ揺れている。
「加護って……霊験あらたかなお札みたいなやつ?」
「それは護符ではないか。そうではなく、加護だ。……もしかして、トールの世界に加護はなかったのか?」
「うーん。無かったといえば、無かった……かな?」
神のご加護がありますように、という言葉はある。
だが実際に『これが神の加護だ!』というものは存在しなかった。
あったとしても『きっとこの奇跡は神の加護のおかげだ』という、人間の思い込みによるものばかりである。
「それは……ずいぶんと悲惨な世界だったのだな」
エステルが雨に濡れた捨て猫を見るような目で透を見た。
(なんかよくわからないけどすごく哀れまれてる!?)
「別に悲惨な世界ではなかったよ」
「そうか? しかし、神の加護がないということは、その世界の人間は神から見捨てられたのではないか?」
「うぐ……」
「一体、その世界の人類はどんな悪事を積み重ねて来たのだ……」
「なんか……ごめんなさい」
反論出来ない透は、謝る他なかった。
「そ、それよりも、この世界の加護ってどんなものなの?」
「おお、そうなのだ。たとえば戦神アグニの加護は、戦闘能力が(ちょっぴり)向上するのだ」
「おおー……んっ? ちょっぴり?」
「……」
エステルがすいっと目をそらした。
先ほどまでゆっさゆっさ揺れていたポニーテールが、いまはとても大人しい。まるでテストで赤点ギリギリを取った生徒のように静かだ。
「そのぉ……。入信して洗礼を受けると、神から加護を授かりステータスに称号が出現するのだがな。その称号によって、性能差があるのだ」
つまり、エステルが貰った称号は、そこまで良いものではなかったと。
彼女の内心を察した透は、内心手を合せた。
「か、加護の話はおいといて」エステルが涙を拭いて言う。「教会に行けば、自分のステータスを確認出来るのだ。入信しなくても見て貰えるが、多少の寄進は必要だ。トールはまだ自分のステータスを知らないだろう?」
「あー、まあ、そうだね」
「一度は確認しておいた方がよいぞ」
「うーん」
透は曖昧に頷いた。
スキルボードを持つ透は、己のステータスを逐一確認出来る。
だがこのボードの存在は、他の誰も知らない。
(わざわざ教会で確認するほどじゃないんだけど……。確認しないとさすがに怪しまれるかなあ)
「まあ、ステータスのことも加護のことも、依頼が終わってからね」
加護やステータスの話でうやむやになりそうだが、現在はネイシス教会の清掃依頼を遂行中である。
加護のことは少し気になったが、依頼が最優先である。
透は異世界観光に向かいそうになっていた意識を切り替える。
透らはギルドからもっとも近い、アルファス神殿に到着した。
アルファス神殿は平たい石造りの建物だった。
教会独特の尖った屋根はない。ギリシャのパルテノン神殿のような見栄えだ。
神殿の入口上部には、『技術神アルファス神殿』の文字と共に、円形の文様が描かれていた。
(あれが聖印か……)
神殿の前の敷地内には、ずらりと出店が並んでいた。まるで浅草寺の仲見世のようだ。
『安いよ安いよ!』『これは天下一品の肉串だよー!』『まさかのお値段でご提供!』『ワケアリ品だからこのお値段!』『いまだけ半額だ!』
透たちの姿を見た店主らが目の色を変えて、一斉に呼び込みを始めた。
出店に少々惹かれはしたが、いまは依頼の途中だ。活気溢れる出店に後ろ髪引かれつつも、透らはアルファス神殿の扉を開く。
神殿内部は総石造りだった。
中央には信者が座るであろう長椅子がずらりと並んでいる。
一番奥にはステンドグラスがあり、差し込む色とりどりの光が祭壇に降り注いでいた。
透が神殿内を見回していると、修道服に身を包んだシスターらしき女性が、足早に透らの元に駆け寄ってきた。
「いらっしゃーい! 本日はどのようなご用件でしょうかー?」
「え、ええと……」
シスターには、極上の|客(かも)を見つけた大阪の店員のような勢いがあった。
すぐにネイシス教会の位置を尋ねようと思っていた透だったが、ぐいぐい迫るシスターの雰囲気に気圧され、言葉が出て来ない。
(目が怖い!)
「寄進ですか? それとも入信ですか? ただいま入信いたしますと、ポイントカードがなんと無料で発行出来ちゃいます!」
「ぽ、ポイントカード?」
「はぁい。ポイントカードを使用されますと、100ガルドの寄進ごとにお店で使えるポイントが1ポイントずつ付与されます! ちなみにこちらのカードですが、フィンリスにあるほとんどの店舗で使用可能となっております!」
「…………」
透はアルファス神殿にやってきた。だが、中に入ってみたらデパートよろしくカード会員の勧誘をされているではないか。
透が知っている教会とはまるで違う。
透は目だけで、エステルを見た。
(なに、これ?)
透の視線に、エステルが苦笑を浮かべた。
どうも、アルファス神殿はこういうノリが普通らしい。
(アルファスは技術神という話だったから、信者は職人とか商人が多いのかな? にしてもこのノリはどうなんだろう……)
カードと入信用紙を手にして迫るシスターを押しとどめながら、透はため息を吐いた。
「すみません。今日は入信に来たわけじゃないんです。実は――」
「了解しましたぁ! ではいつ入信にいらっしゃいますか? 明日? 明後日?」
「そういう意味じゃなくっ!」
言葉尻を取ってまで迫ってくる。
このシスター、肝が太い。
「あっ、もしかして聖水のご購入ですか? 万病改善、火災鎮火、厄除け、浄化なんでもござれのアルファス神の聖水は、ただいま1本銀貨10枚です! た・だ・し、ご入信頂いた信者様ですと、なななんと、1本銀貨5枚でご購入頂けまぁす!!」
「いや、聖水はいりません……」
シスターに捺されぬよう、透は気を引き締めた。
「ごめんなさい。入信にも、一切興味ありません。今日来たのは、ネイシス教会の場所を教えて頂くためなんです」
「へー、そうなんですかー」
透が事情を打ち明けると、シスターの雰囲気があからさまにランクダウンした。
「……チッ」
(えっ、いまこのシスター舌打ちした!?)
神の敬虔なるしもべらしからぬ振る舞いである。
「大変失礼かと存じますが、どうしてもネイシス教会の場所を知りたいんです」
「場所を教えて欲しければ、信者になりなさい」
(誘拐犯かっ!)
「ええと……ネイシス教会の場所はご存じということですかね?」
「……知ってますよ?」
シスターの目がすっと泳いだ。
滅茶苦茶怪しい。
どうするべきか、透はエステルに目で尋ねた。
エステルは『次に行こう』という風に首を振った。
まさかの収穫なしだ。
「信者にはなりません。すみませんが、これで辞去いたします」
「……だれかー。塩持ってきてー!」
対応がまんま商人のそれだ。
透は後ろから塩を振りかけられぬよう、足早にアルファス神殿を逃げるように立ち去ったのだった。
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