第20話 荒くれ者の撃退とエステルの不在

 ギルドから宿に向かう途中。透の<察知>が尾行の気配を捕らえた。

 尾行の人数は二名だ。二名はギルドを出てから、ずっと透の後を付けてきている。


 勘違いかと思い、透は試しに脇道に入る。しかし尾行の気配は離れない。これで勘違いの線がなくなった。

 透は角を曲がり、振り返って相手を待つ。


「「うわっ!?」」


 尾行してきた相手が角を曲がった時、現われた男二人組が、透の顔を見て喫驚した。


 人の顔を見て驚くなんて失礼な。

 透はやや憤然として口を開く。


「さっきから後を付けてきてたけど、なにか用?」


 透は尾行相手を観察する。

 相手は男二人組だった。どこかで見た覚えがある。


(どこで見たんだったかな……あっ、初めてギルドに行った日か)


 初めてギルドに来た日、透に絡んできた二人組だった。

 名前は知らない。興味もない。この男たちの目的もわからないが、どうせ|陸(ろく)でもないことだろう。それだけはハッキリとわかる。


 男たちはニタニタ笑いながら、透を見下すように軽く顎を上げた。


「いやなに、冒険者について何も知らねぇルーキーに、俺達が先輩として教えてやろうと思ってな」

「あなたたちから教わることはなにもないよ」

「いやいや。大切なことがあるんだよ。なあ?」

「ああ、そうそう。たとえば、俺たちは冒険者ランクEでな。Eからもう少しでDに上がりそうなんだわ。やっぱり冒険者ってのは大変な仕事でな。俺たちみたいに能力が高くても、なかなか上に上がれねぇし、よっぽどの腕利きでも簡単に命を落とす」

「……何が言いたいの?」


 透はこんな所で油を売らず、さっさと宿に帰りたかった。

 結論が見えない苛立ちから透が尋ねると、片方の男がニタニタ笑いながら透の肩に腕を掛けた。


「劣等人みてぇな雑魚はすっこんでろってことだ」


 そう言うと、男は透の腹部目がけて拳を突き出した。

 腕でがっちり肩をホールドされているため、避けようがない一撃だった。

 その攻撃を、


「――えっ!?」

「言いたいことはそれだけ?」


 透はこともなげに片手で受け止めた。


「れ、劣等人のくせに俺の拳を受け止めるとは生意気な!」

「てめぇ、どういうつもりだオラァ!」


(攻撃を受け止めたら逆切れって……)


 透は頭がクラクラした。

 念のために最後まで話を聞いてみたが、やはり陸でもない結末である。


 透は男の肩を軽く押した。

 すると男は簡単にバランスを崩し、尻餅をついた。


(これがDランクに近いEランクとは……)


 受付嬢が言っていた『冒険者の質が落ちてきている』という話は、あながち冗談ではなさそうだ。


「テメェ、何しやがる!!」

「いきなりEランクになったからって調子に乗ってんじゃねぇぞトマト野郎!」

「ギルドで俺達に恥かかせやがって。女を侍らせてちょっといい気になってんじゃねぇかコラァ!」


 男たちは腰にさした剣を抜き、透に向けて構えた。

 いよいよシャレにならない自体である。だが透は、その切っ先を冷静に観察していた。


「二度と冒険出来ない体になるか、さっき貰った報酬を置いて土下座するか。好きな方を選ばせてやるよ」


 透はやっと彼らの狙いが見えた。

 彼らの主張はこうだ。


『ギルドで酔っ払って粗相したことへの謝罪と、慰謝料として透が貰った報酬を渡せ』


 馬鹿馬鹿しい。透はため息を吐いた。


「やっぱり無視して尾行を撒けば良かったなあ……」

「なんだと?」

「いや、こっちの話。それじゃあ僕は帰るけど……二度と絡まないでね」


 透は全力で<威圧>を行った。


 瞬間、男たちの顔が真っ青になり歪む。

 呼吸が止まり、喘ぐように口が開かれた。


 その隙に、透は即座に全身に≪筋力強化≫を行き渡らせる。

 一瞬で展開された強化魔術は透の全身をまんべんなく強化した。


 男たちが冷静さを取り戻すその前に、


「――せいっ」

「ぐあっ!?」

「んがっ!?」


 透は男二人の腹部に掌底を見舞った。

 手の平が接触した瞬間、男たちは盛大に吹き飛んだ。


 男たちは十メートル吹き飛び、地面に落ちてさらに五メートルほど転がった。

 口からゲロゲロと汚物をまき散らしているが、既に彼らに意識はない。胃痙攣による反射動作だ。

 透はそれを確認し、≪筋力強化≫を解いて宿に向かう。


「この程度の実力でEランクとは。やっぱり質が落ちてるんだなあ。……いや、受付嬢は基礎さえ出来ていればEランクにはわりと簡単に上がるみたいなこと言ってたし、実力はあまり関係ないのかな」


 正社員でも、出来る奴と出来ない奴はいる。それと同じ。

 Eランクの冒険者でも、実力のある者とない者がいるのだ。


『能力主義の階層社会では、人は能力の極限まで出世する』


 地球ではピーターの法則と呼ばれるそれが、エアルガルドの冒険者社会でもピタリと当てはまる。


 実力がある者はさらに上へ行き、実力がない者は低ランクに留まる。

 彼らは間違いなく後者だ。


「……うん。図に乗るな。図に乗ればあっさり死んじゃうぞ」


 武装した男二人を一瞬で排除した透は、しかし自らを戒める。

 相手に勝てたのは、決して〝自分が強かったから〟なんて思わない。劣等人と呼ばれる自分が勝てたのは、相手が弱かったからだ。


「地道に一歩ずつ慎重に、着実に。普通くらいまで強くなって、なんとかエアルガルドを生き延びないと……」


 命が軽い世界だからこそ、慎重すぎるくらいが丁度良い。


          ○


 夕食時に食堂に降りてきた透は、美味しくはない宿のご飯を食べながら、こっそり辺りを見回した。

 昨日までは黙っていても「やあトール。この席空いてるかな?」と言って近づいてきた人物の姿がない。


「まだ帰ってきてないのか」


 はじめは、なんで自分なんかに構うのだろう? と少し……ほんの少しだけ鬱陶しかった。だが、エステルがいないと、これまた不思議と寂しさを感じる。


「なあに、エステルちゃんのことかい?」


 透の呟きを耳ざとく聞きつけた女将が、ニマニマした表情を浮かべながら透に近づいてきた。


「え、ええ。そうですね。エステルは今日、依頼を受けたんでしょうか」

「戻ってきてないってことは、そうなんだろうねえ」


 女将はあっけらかんと言った。彼女の口ぶりに、透は僅かにむっとする。あなたは心配じゃないのか? と。

 だが彼女を怒るのは誤りだ。透はすぐに自らを諫めた。


「なあにぃ、心配なのかい?」

「……」

「まっ、そのうち帰って来るさ。冒険者ってのはさ、いつもそんな感じなんだ。依頼が終わったらエールが飲みたいから、キンキンに冷やして待っててくれ、なんて言ったきり、帰ってこない冒険者もいるくらいさね」

「…………」

「じょ、冗談だって。そんな怖い目で見ないでおくれよ。まっ、いちいち心配してたら、こっちの心臓がすり切れちまうって話だよ。ほら、たんと食べな」


 そう言って、女将はガハガハ笑いながら透の皿に〝サラダを〟たっぷりと盛り付けていった。

 なんともはや、豪快な女性である。


 軽い調子で会話をしながらも、女将は透が普段なにを好んで食べているのかをちゃんと見ている。

 豪快でありながらも、気配りが出来る。有能な女性である。


 女将の態度で、透は少しだけ心が軽くなった。

 きっと、明日になればエステルは帰って来るだろう。そう自らを納得させて、透は今日も≪ライティング≫をたっぷり仕込んだ輝ける布団で眠った。


 しかしエステルは、翌日になってもフィンリスには戻って来なかった。

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