第21話 受付嬢の心意気
本日よりピッコマにて、WEBTOON版【最強の底辺魔術士~工作スキルでリスタート~】が連載スタート!
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三日が過ぎたが、エステルはまだフィンリスに戻って来ない。
この頃になるとさすがに透も黙っていられなくなっていた。
ギルドに向かい、掲示板でEランクの依頼を確認する。張り出された依頼のほとんどが魔物の討伐で、残りは採集や調査があるだけだった。
どの依頼もクリアに数日かかるものはない。少なくとも、透ならば1日で終わるだろうものばかりだった。
エステルはもうすぐDランクだと言っていたが、まだEランクの冒険者だ。Eランクの依頼のうち、いずれかを受けた可能性が高い。
しかし、未だに戻らない。
であるなら、エステルは依頼の途中でアクシデントに見舞われた可能性が高い。
次に透は、受付に向かった。
「すみません。ここ数日、エステルが戻らないんですが、どこに行ったかご存じですか?」
「申し訳ありません、トールさん。私どもには守秘義務がありますので、どの冒険者がどの依頼を受けたかをお答えすることは出来ないんです」
「……まだ戻ってこないということは、問題が発生した確率が非常に高い。エステルがもしいまも生きているとすれば、いま助けに向かえば、エステルを助かけられるかもしれません。けれど、あなたが情報を出し渋ったせいで、助けに行くのが遅れてエステルが死んでしまうかもしれない。それは、理解してますか?」
「……」
少し、脅しがすぎたか。受付嬢が真っ青な顔をして固まってしまった。その目には涙さえ溜まっている。
透は無意識に発動していた<威圧>を消し去り、強く頭を振った。
(なんで僕はここまで焦ってるんだ……)
透はエステルとパーティを組んでいる訳ではないし、深い仲というわけでもない。ただ宿が同じ冒険者仲間という程度だ。
だが、エステルがいなければフィンリスにたどり着けなかったし、彼女がお金を払ってくれなければ、フィンリスに入れなかった。
冒険者ギルドを教えてくれたのも、登録する背中を押してくれたのも、宿を教えてくれたのも、魔術店を教えてくれたのも、彼女だ。
彼女がいなければ、透がいま手にした生活の、半分も手に入れられなかった。
だから透は、エステルに強い恩義を感じていた。
もし彼女が窮地に陥っているなら、迷わず助けに向かいたいと思うほどに。
透の沈黙をどう受け取ったか。気を取り直した受付嬢が口を開いた。
「トールさん。Eランクの依頼は受けられましたか? Eランクには討伐依頼も多くありまして、最も有名なのがゴブリンですね。他には〝シルバーウルフ〟の討伐もございます。〝森〟からはあまり魔物は出て来ませんが、〝奥〟に向かうと次第に沢山出てくるようになります。けれど、あまり奥に入りすぎますと、〝Eランクでは対処出来ない魔物にも遭遇〟することがありますので、どうぞご注意ください」
受付嬢が透の目をじっと見つめながら、所々指先でカウンターを〝カツカツ〟と叩いた。
「討伐依頼の他には、数は少ないのですが〝調査任務〟がございます。以上がEランク冒険者の主な任務となります。なにか、Eランクの依頼で判らないことはございますか?」
「――ッ!? ……い、いえ。説明して頂いて、ありがとうございます」
「それでは――どうぞ、お気を付けて」
最後に受付嬢が、強い眼差しを透に向けた。
それを受けて、透は感謝を込めて頷いた。
受付嬢が口にしたEランク冒険者が受けられる依頼の説明だが、所々で彼女はカウンターを叩いた。
その内容をつなぎ合わせると、『シルバーウルフ・森・奥・Eランクでは対処出来ない魔物にも遭遇・調査任務』だ。
先日、透がフィンリスの門をくぐる時、衛兵が『シルバーウルフがやけに増えている』と口にしていた。
それを思い出したとき、透の中で受付嬢の説明がバチバチと繋がった。
(シルバーウルフが増殖している原因を探るため、エステルはフィンリスの森の奥に調査に向かったんだ!)
そしてエステルが戻って来ない理由を、受付嬢は『エステルでは対処出来ない魔物に遭遇したのではないか?』と推測し、仄めかした。
受付嬢は守秘義務を破らないギリギリのラインで、必要な情報を透に伝えてくれたのだった。
「本当に、ありがとうございます……」
この恩義に報いるため、なんとしてでもエステルを見つけ出す!
透は決意を固め、全力で森へと走ったのだった。
○
「あの少年は、たしか劣等人でしたかねぇ」
透がギルドを出て行った頃、マリィの背後からねっとりとした声が聞こえた。
その声に、マリィがギクリとして肩を振るわせた。
「……チーフ。冒険者を相手にその発言は感心しませんね。私たちは冒険者が依頼をこなしてくれてるおかげで、生活の糧を得ているのですよ」
「っふん。優秀な冒険者には敬意を払いますが、何故劣等人に敬意を払わなければならいんですかぁ? もし能力不足で依頼を失敗したら、不利益を被るのは我々ですよぉ。違いますかあ?」
「そうですけど。しかし、この場での発言として不適切です。どうしても取り消さないとおっしゃるなら、上に報告させて頂きます」
「どうぞご自由にぃ」
ニマッと受付業務の長であるフィリップが笑みを浮かべ、マリィに顔を寄せた。
「それで、先ほどは彼に、なにを吹き込んでいたんですかぁ?」
マリィの背筋がゾッとした。それは彼に顔を近づけられたからではない。
マリィがギルドの規則を犯してトールに情報を吹き込んだことを、彼が知っていたためだ。
守秘義務違反は即懲戒処分となる。
程度は様々だが、最低でも減給だ。
(しまった……)
己が処分される未来を思い、マリィは身を震わせた。
その反面、頭の冷静な部分が過去の記憶を引っ張り起こしていた。
(そういえばエステルさんに今回の依頼を薦めたのって、チーフだったような……)
ふと湧いて出た疑念が、マリィの眉間に皺を寄せた。
その様子になにか感づいたか。フィリップが肩を竦めた。
「まあ良いでしょう。今後、このようなことがないよう、情報管理は徹底してくださいねぇ」
「……はい。ありがとうございます」
――見逃された。
フィリップが奥に消えると、マリィの体に疲労がどっと押し寄せた。
――いや、泳がされているのか。
ここ最近マリィは、フィリップの行動に奇妙な点を感じていた。特にエステルの依頼に関して、フィリップはやけに首を突っ込んでいた。
……いや、よくよく思い出してみるとエステルの依頼だけではなかった。
複数の冒険者の依頼に、フィリップはたびたび関わっていた。
フィリップは受付業務を統べるチーフである。受付嬢たるマリィらに代わって、冒険者に依頼を薦めても、なんら越権行為には当たらない。
しかし彼の通常業務は、カウンターの奥での出納管理だ。
依頼達成の報酬や、素材買取の決済を行っている。
(にもかかわらず、どうして……)
疑問はあった。だが、なんの確証もない。
マリィはこれ以上、フィリップを追及出来なかった。
もし追及しても、フィリップを追い詰められず、逆に反撃に遭ってしまう。
これ以上探りを入れられぬよう現在の職務を外され、冒険者とは無関係な部署に回される未来が想像出来る。
ギルドの受付は激務で薄給だが、マリィはこの業務に強い愛着を抱いている。
曖昧な憶測で藪をつついてドラゴンを出すくらいなら、なにも変わらぬ今が良い。
冒険者ではないただの受付嬢に出来るのは、沈黙を守ることだけだった。
○
透は森の奥へ向けて全力で走った。様子見など一切しない。≪筋力強化≫をかけて、さらに≪聴力強化≫を使用した。
【魔剣】を手にし、邪魔なツタは斬って捨てた。
エステルがフィンリスを出てから三日。彼女がどれくらいの準備をして任務に向かったかは不明だが、人間が持てる荷物は無限ではない。
もし彼女がなんらかの理由で身動きが取れなくなっているならば、そろそろ喉の渇きと空腹で限界を迎える可能性がある。
透はエステルが、既に息絶えているとは1ミリも考えなかった。
もちろん、エステルが死んでいる可能性はある。だがそれを考えては、走る速度が鈍ってしまう。
森の中を走ってしばらく経った頃、透の聴覚が一際激しい音を掴んだ。
「……誰かが戦ってる?」
音は森の奥から聞こえてきた。耳を澄ましていると、重いものが動く振動と、女性のものと思しき声が聞こえた。
「エステルか!?」
透はすぐさまその音の元へと走った。
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