第19話 依頼の報告とランクアップ
太陽が傾いてきた頃、透は採集を切り上げて森を出た。
森から出て、朝に購入した肉串を頬張る。肉串の匂いに誘われたのか、再び野犬が現われた。
だが、やはり透の匂いを覚えていたか、遠巻きにこちらを眺めているだけだ。
涎をだらだら垂らしながら「くぅぅん」と切なげに鼻を鳴らす野犬を見ていると、なんとなく後ろめたい気持ちにさせられる。
だが相手は野犬。ペット犬ではない。噛みつかれて病をうつされたら一巻の終わりである。
特に狂犬病は発症するとほぼ死亡する。カワイイからといって、野犬を近づかせてはいけないのだ。透は心を鬼にして、肉串を平らげた。
フィンリスの門前に到着すると、衛兵が手を上げてトールを向かえ入れてくれた。
「おうトール、お帰り」
「ただいま戻りました」
「無事でなによりだ。たしか薬草採集に向かったんだったか。どんな塩梅だった?」
「そこそこ採集出来ましたよ。ただ、これで足りるかはわかりませんが」
「おお、そうかそうか。そういや最近、シルバーウルフがやけに多く目撃されてるらしいんだが、その様子じゃ大丈夫だったみたいだな」
「シルバーウルフって……もしかして、犬みたいな見た目のやつですか?」
「犬って言うと、まあ確かにそう見えないこともないが」
苦笑を浮かべた衛兵が一転して真顔になった。
「遭ったのか?」
「そうですね。結構現われました」
「お、おい。よくその格好で生きてたな……」
衛兵が眦を決した。
彼の驚愕はもっともだ。透は現在、普通の衣服に身を包んでいるだけで、武具は装備していない。
普通ならば、魔物に無手で立ち向かうなど自殺行為だ。
だが、透には【魔剣】がある。
今回は運良く使わなかったが、もし野犬――シルバーウルフが襲いかかって来たら、問答無用で切り捨てていた。
とはいえ、【魔剣】の存在を知らざる他人からは、決して透に戦闘力があるようには見えない。
冒険者にとって武具は、サラリーマンにとってのスーツみたいなものだ。
ステテコ・ランニング姿で「会社で働いてました」と言っても、ご近所さんは信用してくれまい。
(あまり不審に思われるのはいけないから、ある程度はそれらしい装備をしておいた方が良いか……)
「っと、それより、お前はエステルと一緒じゃないのか?」
「いえ。エステルとは別行動ですよ。パーティを組んでるわけじゃないですしね」
「なあんだ。これで少しは安心だと思ってたんだがなあ」
衛兵はガシガシと頭を掻いた。
「お前は冒険者になったんだろ?」
「はい」
「あいつはちょっと、危なっかしいところがあるから、出来ればパーティを組んでくれると安心出来るんだが……いや、こんなこと言われても困るよな。悪い、忘れてくれ」
透から見てエステルは、美しい女性であり、冒険者として先輩である。パーティを組みたくないとは思わない。
だが、透は迷い人――劣等人だ。能力が劣っている者とのパーティは、逆にエステルが困るだろうと、透は遠慮していた。
「うーん。もし組むとしても、エステルにぴったりの相棒が見つかるまでかなあ」
透は道すがら、露天で麻袋を購入する。
小道に入って誰も見てないことを確認し、透は麻袋に<異空庫>から取り出した薬草を詰め込んだ。
「……面倒くさい」
出来れば普通に<異空庫>を使いたい。だが、受付嬢の忠告が不安を煽る。
なにか上手い方法はないか、追々考えることにする。
透がギルドに入ると、朝とは違い受付に列が生まれていた。仕事が終わった冒険者が、完了の報告を行っているのだ。
最後尾に並んでしばらく待つと、透の順番がやってきた。
「お疲れ様ですトールさん。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「常設依頼だった薬草の採集をしてきました。確認お願いします」
「えっ、あれをお一人で?」
「えっ、なにか問題がありました?」
「いえいえ。きちんと採集出来ていれば問題ありません。それでは薬草の提出をお願いします」
「はい」
透は頷き、カウンターに薬草がぎっしり詰まった麻袋を載せた。
その袋を見た受付嬢が、カチリと固まった。
「……」
「あの、なにかありました?」
「い、いえ……あの、中を確認しても?」
「どうぞ」
受付嬢のマリィは、恐る恐る袋を開いた。
中には薬草がギッシリ詰まっていた。
「えっ……」
それを見た途端に、マリィの頭の中が真っ白になった。
数秒後。真っ白な頭にまず先に浮かんだのが、『おかしい』という言葉だった。
(おかしい。私が知っている薬草採集と違う)
薬草採集をクリアするには、5本1束の薬草が必要となる。
一般的な冒険者は、薬草を3~4束収めてクリアする依頼だ。
それを、一度にこの量である。
尋常ではない。
軽く通常の10倍は超えているだろう量の薬草を目の当たりにしたマリィは、己の常識がガラガラと音を立てて崩れ落ちるのを感じていた。
今後有望な冒険者だとは思っていたが、まさかここまで規格外とは……。
「…………」
「あの、すみません。足りませんでしたか?」
ピタリと動きを止めたままの受付嬢を、透はそっと伺った。
「い、いえいえ。十分です! よくこんなに採集出来たと驚いてました」
「よかった……」
ほっと胸をなで下ろす。これだけ採集してまだ足りないと言われたら、少し落ち込んでいたところだった。
「あの、よろしければ、どうやって採集したのか教えていただいても?」
「どうやって、と聞かれても、普通に採集したとしか……」
「ふつう……。ふつうって、なんでしょうね」
受付嬢は何故か死んだ目をしながら、薬草の査定を行うのだった。
透が集めた薬草は依頼達成量を1口として、全部で103口分となった。思いもよらない達成数に、透はしばし固まった。
透とは逆に、受付嬢は人間らしさを取り戻した目を輝かせた。
「刈り取りも完璧です。それに取り間違いは一つもありませんでした。素晴らしいです。トールさんは薬草の扱いに慣れていらっしゃるんですね」
「ええ。少しですけどね」
あくまで、フィンリス近くの森の中限定の知識である。
また、リッドの体でなければ、透は薬草採集など出来なかった。全部、借りものの力だ。透が誇れる要素は一つもない。
「少し、ですか。実はこの常設依頼、大変難易度が高いんですよ」
「Fランクなのに?」
「危険度はFランクなのですが、薬草を見分ける目と、刈り取る知識が必要になります。こちらを両方持ち合わせつつ、魔物から襲撃を受けぬよう立ち回らなければいけないので、Fランクの依頼の中でも最も難易度が高いんです」
「そ、そうなんですね」
「新人が相次いで任務に失敗するので常設にして、失敗してもデメリットを無くしてるくらいなんです。そうしないと新人冒険者が依頼失敗を重ねて、あっという間に登録抹消となってしまいますから……」
「な、なるほど」
受付嬢の話を聞いていると、透の背中にみるみる冷たい汗が浮かんできた。
(失敗がないからって選んだけど、そういう理由からだったのか。今度からちゃんと考えて依頼を受けないと……!)
「ここだけの話しですが、薬草採集の依頼が常設になったのは、最近のことなんです。Fランク冒険者があまりに依頼を失敗するものですから……」
「そ、そうなんですね」
「失敗が続いてる依頼はこれだけではないのです。最近、依頼を失敗し続けて資格を剥奪される冒険者が相次いでるんです。最近の冒険者は質が落ちたと、嘆く職員もかなりおりまして……」
「はあ。大変なんですね」
「そうなんです! おかげで、Eランク以下の冒険者が少なくなってしまって……。いまはまだ大丈夫ですが、この調子だと今後低ランクの依頼が回らなくなる可能性が出て来てるんです。みなさんがトールさんのように優秀な冒険者だったら良いのですが」
「あ、あはは……」
受付嬢が上目遣いで透を見た。
その仕草に、透の後ろで控えていた冒険者が「チッ!(爆発しろ)」と殺意の籠もった舌打ちをした。
背中から突き刺さる怨念に、透の背中に冷や汗が流れる。
「あの、達成の手続きをお願いしても?」
「あ、はい、大変失礼いたしました。それでは依頼達成の手続きに入らせて頂きます。トールさん、ギルドカードをこちらに」
「はい」
透は受付嬢が差した、平たい石の上にカードを置いた。受付嬢がその台の側面にあるボタンを押すと、ふわりと光が浮かび上がり、カードに吸収された。
光は103個浮かび上がった。依頼達成回数だ。その間、受付嬢はボタンを103回も押したことになる。
「ふぅ……」
きっちり103回分光が浮かび上がった後、受付嬢は手をブラブラさせた。
(そりゃまあ、それだけボタンを押せば指が疲れるよね……)
「お待たせ致しました。こちらが今回の報酬となります。ご確認くださいませ」
受付嬢から小さな麻袋を受け取り中を覗く。中には銀貨10枚と大銅貨3枚入っていた。
薬草一口あたり、大銅貨1枚だ。
これが高いか安いか、透には判断が付かない。相当難しい依頼だという言葉を信じるなら、報酬はかなり安い。
だが事前準備をしっかり行えば、たった10口稼ぐだけで1万円分になるので、決して安くない金額である。
「そして、おめでとうございます。依頼達成の規定ポイントを超えましたので、冒険者ランクが上昇いたしました」
「えっ」
まさか冒険者ランクが上がるとは思ってもみなかった。
驚きつつも、透は冷静に尋ねる。
「そんなに簡単でいいんですか? 僕まだ薬草採集しかクリアしてませんけど」
「Fランクに関しましては単純なポイント制ですので、なにも問題ございません。ちょっとズルく感じるかもしれませんが、そもそも薬草採集一回で規定ポイントをクリア出来る人はまずおりませんから」
受付嬢が苦笑した。
103口分の薬草をギルドに運び込むのは一苦労だ。
<異空庫>を持たぬ者だと、薬草依頼で一発ランクアップは難しいのだ。
「なんだか、凄く簡単すぎて……」
「Fランクはあくまで依頼をこなす基礎体力と、信頼度の観察が目的です。クリア基準が簡単だとは言いませんが、これから冒険者として活動されるのであれば、簡単にクリアして頂かなくては困るラインではあるんです」
「なるほど」
受付嬢の言葉で、透は「会社の試用期間みたいなものか」と納得した。
「Eランクからは討伐依頼が受けられます。難易度はFランクの比ではありませんので、どうかお気を付けください」
「わかりました。ご忠告、感謝します」
透は頭を下げてギルドを後にした。
――二つの鋭い視線を感じながら。
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