第18話 初めての依頼
透は初めて使う魔術に夢中になった。
つい興が乗って「くっくっく」とか「静まれっ静まれっ」など、中二病的台詞を口ずさみたくなった。
今回はギリギリ踏みとどまったが、次にいつ発作が起こるかわからない。
魔術の|中二力(ダークサイドパワー)は危険である。
魔術を使う間に、透は意識を変えると魔術が変化することに気がついた。
たとえば≪ファイアボール≫。なにも考えずに放てば、十センチほどの炎の球が目標に向けて飛翔する。
発動前に意識すると、たとえば炎のサイズを変えられるし、魔術に込める威力も増減させられた。
透は『今のは≪フレア≫ではない。≪ファイアボール≫だ』という遊びがしたいがために、サイズを極小にして威力を極大まで高めてみたが、
「と、トールッ! なにをしているのだ!? それはマズイのだ。今すぐ辞めるのだ!!」
エステルが激しく取り乱した。
なにを大げさなと思った透だったが、尋常でない彼女の様子にそら恐ろしくなり、試射を中止したのだった。
威力だけではない。魔術は色も変化させられた。
≪ファイアボール≫は炎色反応をイメージすると、様々な色に変化させられる。
≪ウォーターボール≫はBTB溶液を想像すると、黄や緑、青に変化させられた。
≪ロックニードル≫は特定の物質を多く含むようイメージすると、白や黒に変化させられた。ただ、頑張っても金色や銀色には出来なかった。
≪ロックニードル≫が金色や銀色になったら面白いなーとは思ったが、そもそも通常の平地は金銀を多量に含有していない。だから色が変化しないのだ。
他にも、含有量の少ない物質への変更は出来なかった。
唯一色が変わらなかったのが、風魔術だ。
空気に色はない。世界には色の付いた空気が存在するかもしれないが、透は知らない。知らないから、魔術に反映させられなかった。
「色のついた煙を集めて放てば、≪エアカッター≫にも色が付けられると思うんだけど……。まず煙を用意しないとだし、手間がかかるんだよなあ」
ただし、出来たからといって魔術の威力が変化するわけでも、使い勝手が良くなるわけでもない。
ただの趣味である。
透は様々な実験を行いながら、体に魔術を馴染ませた。
気がつくと、既に日が傾いていた。
「ああ、お腹減った……」
集中力が切れると、ぐぅとお腹が不満の声を上げた。
透は他の人の迷惑にならないよう、でこぼこになった大地を魔術で整地する。
「トール。そろそろ帰るぞ」
透に付き合うように自己鍛錬に励んでいたエステルが、剣を鞘に収めてタオルで顔を拭っていた。
これまで彼女は、透の魔術の練習の邪魔はしなかった。話しかけて来たのは、透の≪フレア≫もどきの≪ファイアボール≫を止めて以来である。
「なんか、付き合わせちゃったみたいでごめん」
「いや。私も訓練に集中出来たから丁度よかったのだ」
二人は足早にフィンリスの門を抜け、宿に戻る。
抜いた昼食の分を補うように美味しくもない夕食を食べ、自室に戻った透はすぐさま布団に潜り込んだ。
ちなみに夕食は靴底のように固く、塩の味が濃厚なステーキだった。
○
就寝前。透はふとファンタジーものの定番トレーニングを思い出した。
筋トレのように、『魔術を使い続けると、魔力が増える』というものだ。
そこで透は魔力増強のために、寝る前に魔術を使い込もうと考えた。
使う魔術は――当然ながら≪ファイアボール≫や≪ウォーターボール≫の類いではない。そんなものを使えばあっという間に宿が焼滅する――家の中でも使える≪ライティング≫である。
とはいえ、普通に≪ライティング≫を使えば部屋が明るくて眠れない。
なので透は、布団の中に≪ライティング≫を仕込むことにした。
「何個くらいいけるかな?」
試しに10個入れてみる。だが、魔力が減った気がしない。
1つずつ入れていた透だったが、途中から面倒臭くなり一気に大量に放り込んだ。
途端に、布団がUFOの底面のように輝きだした。
光だけで浮かび上がりそうな光量である。
これを直視しては目が眩んで、失明していたかもしれない。
だが透は≪ライティング≫発動後に魔力を使い果たし、そのまま気絶。運良く失明の難を回避したのだった。
翌日、目を覚ました透は、
「なにこれ……」
めくった布団の中からあふれ出した輝きに、しばし言葉を失った。
頭が動きだしてやっと、「そういえば夜に≪ライティング≫を沢山仕込んだんだったな」と思い出した。
夜のあいだに消えたものもあるが、それでもかなりの数の≪ライティング≫が布団の中に残っていた。
光輝く布団での起床は、かなりシュールな体験だった。
まるで蘇ったツタンカーメンにでもなった気分である。
あちらは布団ではなく石棺だが……。
さておき、透は無言で≪ライティング≫を消しながら、支度を調える。
日が昇るとすぐに宿を出た。
先日は魔術が使いたいという欲求を存分に満たせたので、今日はギルドの依頼を受ける。
ギルド内はしんと静まりかえっていた。冒険者が仕事を始める時間ではないのだ。
冒険者はいないが、ギルドは営業していた。
いつ何時なにが起こっても対応出来るよう、24時間誰か彼かはギルドにいるのだ。
受付には人がいないが、ベルが設置されている。
ホテルのフロントと同じで、ベルを鳴らせば誰か彼かは現われるようだ。
透はギルドの依頼が張り出された掲示板を眺めた。
「Fランクでも受けられる依頼は……ここか」
荷物運び――1日大銅貨5枚。
配達――1日大銅貨4枚。
水道清掃――1日大銅貨6枚。
これだけを見れば、冒険者とは名ばかりで、実際はただの人材派遣業なのだと感じてしまう。
だが、これも大切な仕事だ。いずれも街にはなくてはならない業務である。
透はその中から、『薬草の採集』という依頼を見つけた。
この依頼は常設であるため、失敗がない。薬草を持ってきたら、持ってきた分だけ報酬が支払われる仕組みである。
「失敗がないのは良いな」
透には無理だが、リッドの記憶を用いれば薬草が採取出来る。
たぶん大丈夫だろうと、透は深く考えることなくこの『薬草の採取』依頼を行うことにした。
依頼は常設であるため、受付で申請しなくても問題ない。透はそのままギルドを出た。
道沿いにある屋台で昼食用の肉焼きを買い、誰にも見られない場所で<異空庫>に放り込んだ。
「おう、坊主。ええと……たしかトールだったか。今日は一人か」
「はい。薬草の採集に行ってきます」
「いきなりか。うーん、まっ、頑張れ」
「え、あ、はい」
衛兵にギルドカードを提示して、フィンリスの門を出る。
「……なんだったんだろう?」
透は門を出る際の、衛兵の表情を思い出した。なにか言いたげな表情だった。だが、彼はなにも言わず、透を見送った。
「薬草の採集って、難しい依頼だったのかなあ? 危険があるとか? でもFランクの依頼だからなあ」
考えても判らない。
「まあ、失敗はないから大丈夫か」と、透は森へと駆け足で向かったのだった。
森の中には、様々な植物が繁茂している。透にとって、それら植物はいくら眼を凝らしても、ただの雑草にしか見えない。
しかしリッドの記憶を引き出すと、様々な効果を持った植物であることがわかった。
シビレ草、辛味草、甘味草、消毒草……。
リッドの記憶にも正式名はなかったが、味は一発でわかる。
「……もしかしてリッドって、この草ぜんぶ食べたことあるのかな」
彼は狩猟をメインに生活していた。だが、毎日必ず獲物を狩れるとは限らない。獲物が見つからない日だってあったはずだ。
そういう時、リッドは空腹を紛らわすために草を食べていたのだ。
シビレたり、辛さに苦しんだり、甘い草を見つけて喜んだりしながら、リッドが草を食べている姿を思い浮かべると、透はどうしようもなく泣けてきた。
透は日本で、なに不自由なく生活してきた。お腹をすかせて、草を食べることなんて一度もなかった。どんなに貧困でも、行政のお世話になればお腹いっぱい食事にありつけた。それが普通だった。
だが、そんな生活がどれほど恵まれたものだったか。
エアルガルドは、そういう世界なのだ。
手を抜けば、透も明日の生活費に困って草を食べる生活を余儀なくされる。
「頑張らないと!」
透はエアルガルドでの生活への決意を新たにする。
森の中を歩くと、薬草は簡単に見つかった。その採集方法も、リッドの記憶に残っていた。なるべく中心の茎を1本だけ、根を傷付けぬよう刈り取るのだ。
そうすることで、薬草は枯れずに新たに芽を出し成長する。
たびたび野犬が透に近づいてきたが、軽く<威圧>するだけで尻尾を巻いて逃げて行った。
以前よりも野犬との遭遇率が高い。
「もしかして同じ個体に狙われてるのかな?」
あまりにしつこいようであれば、斬って捨てるか。
しかし見た目は犬なので、透は積極的に殺めたくなかった。
「なるべく近づいて欲しくないんだけどなあ……」
透は考え事をしながら、頭上に≪ファイアボール≫を4つ浮かべた。それをグルグルと頭上で回転させる。
発動した≪ファイアボール≫は、威力を控えめにしている。途中で魔力が切れては危ないし、威力が強すぎると木々を燃やしてしまう。
≪ファイアボール≫を発動したのは、自分には足りない魔力操作の訓練を行うためだ。
これを無意識に行えるようになれば、魔術の発動がぐっと楽になるだろう。
≪ファイアボール≫4つが楽になってきたら、今度は5つで。5つが楽になったら6つでと、徐々にその数を増やしていった。
希にコントロールが乱れて木を燃やしてしまうこともあったが、こんなこともあろうかと準備していた≪ウォーターボール≫で、透はすぐさま鎮火した。
魔術鍛錬を行いながら薬草を探していると、透はふと野犬が現われないことに気がついた。
「……僕の思いが通じたかな?」
野犬が近づかなくなったのは、殺めたくないという透の思いが通じたから――ではもちろんない。
単に、頭の上で無数の≪ファイアボール≫が蠢く不審者に近づきたくないからだ。
生存本能がまともに機能していれば、そんな危険な輩に近づく阿呆などおるまい。
だがそれに気づかず満足げに鼻歌を歌いながら、透は薬草の採集をガンガン行うのだった。
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