第8話 ゴブリン掃討

「僕が相手だ!」


 さらに大声を出して、〝敵〟の注意を引く。

〝敵〟は突如現れた透の姿に、まだギョッとしていた。

 その隙にと、透は手近な〝敵〟数匹の上下半身を離別させた。


 ドシャッ、と湿った音が響いてやっと、残る〝敵〟が我を取り戻した。


「ゲギャギャッ!!」


〝敵〟は透を、討伐最優先の敵と見なした。〝敵〟たちの殺意に、うなじがチリチリする。


「き、貴殿は……」


 背後から高い声が聞こえた。

 振り向くと、長剣を構えた剣士が透を見て固まっていた。


 突然武器を持って現われたのだから、驚いて当然だろう。

 透はそう考え、なるべく優しい声色で話しかける。


「君、自分のことは守れる?」

「あ、ああ」

「僕がなるべく全部倒すから、溢れた〝敵〟はそっちでお願いね」

「ま、待ってくれ! 貴殿は――」


 騎士の声を最後まで聞かず、透は全力で〝敵〟にぶつかった。


 先ほど〝敵〟を斬り捨てた感触から、透は自分が決して〝敵〟に負けていないことがわかった。

 リッドの記憶が〝最弱〟と言った通りである。


 ならば、多対一ならどうか。


 自分の力がどこまで通用するだろう?

 そんな思いを抱き、透は【魔剣】を全力で振るった。


 ――スッ。


【魔剣】が音もなく〝敵〟の胴を切り裂いた。


〝敵〟の心臓が送り出した血液が、勢いよく吹き上がる。

 吹き上がった血液が空中で攪拌され、赤い煙に変わった。


 一つ切り裂くだけでは止まらない。

 二つ、三つと、その先の〝敵〟も真っ二つにした。


 どろり。透の体に生暖かいものが降りかかった。

 それがなにか確認もせず、透は【魔剣】を振り続ける。


 透は適わぬと思ったか。〝敵〟が剣士に狙いを定めた。

 透を回り込もうと〝敵〟が動き出した。


「うおおおおお!!」


 ここで再度<威圧>。

 透は〝敵〟の行動を阻害した。


 斬り、突き、薙ぎ、蹴り。

 回避、反転、一刀両断。


 近いものから素早く切り裂き、遠いものは地面の小石を蹴りつけた。

 小石がぶつかった〝敵〟は、醜悪な顔をしかめてその場に転がった。


 体は透の想像通りに動き、さらに想像を超えて動いた。

 己の戦闘意欲のみを動力として、透の体が〝敵〟を倒していく。


 右側の〝敵〟に【魔剣】を振った時、左側から〝敵〟が打ってでた。

 その攻撃に、透の体は冷静に対処する。


 振り上げた瞬間を見計らい、透は空いた手で〝敵〟の手を押さえた。

 透はさして力を込めていないが、〝敵〟の手が上段でピタリと止まった。


 勢いが付く前の攻撃ならば、僅かな力で完封出来る。その絶妙なタイミングを、透は勘だけで判断出来た。スキルのおかげだ。


〝敵〟の反応を待たず、透は旋回。【魔剣】で首を刈り落とした。

 透の体がじりじりと熱を帯びる。


「ははっ!」


 戦いの最中にあって、透は、笑った。

 ここまで思う通りに体が動くことが、楽しくて仕方がなかった。


 透はいま自分の手で、他の命を奪っている。

 だが一切抵抗も、容赦もなかった。


 ここは異世界エアルガルド。

〝敵〟の群れに囲まれて命は大切、なんてお為ごかしなどしていては、こちらの命が奪われる。


 いまは命を奪うか、奪われるかだ。

 斬って突いて薙いで蹴って、

 命を次々奪っていく。


「は、ハハハハハッ!!」


 集中力の限界を突破。

 アドレナリンが、快楽を生む。


 もっと、もっとと、透は笑った。

 笑いながら、〝敵〟を倒し続けた。


          ○


 ゴブリンの大群に囲まれた冒険者のエステルは、目の前の光景をどう受け入れて良いかわからなかった。

 目の前では、見覚えのない少年がゴブリンを相手に戦っている。


 少年の実力は、圧倒的だった。

 ゴブリン程度ならば鎧袖一触。一切を寄せ付けない。


 今回エステルが冒険者ギルドで受けた依頼は、森から出没するゴブリンの討伐だった。

 五匹倒せばクリア出来る、Eランクの中ではスタンダードな依頼だ。


 冒険者ギルドで受けられる討伐依頼の中で、ゴブリンは一位二位を争うほど難易度が低い。

 最弱の魔物と言っても良い相手ではあるが、初めて討伐を経験する者にとっては壁になる魔物でもある。


 群れを作る習性があり、多少知恵が回る頭を持っている。

 人間より小さいからといって舐めてかかると、返り討ちに遭うのだ。


 とはいえ、エステルはある程度の実力を備えている。

 ゴブリン程度余裕を持って倒せる魔物だった。


 だが今回は、予想外の事態が発生した。


 依頼では『街道にいるゴブリン5匹の討伐』という話だったのだが、蓋を開けてみれば数えきれぬほどのゴブリンが街道を占拠していたのだ。


 集団に出くわしたが、ただでやられるつもりはない。不用意に接近してきたゴブリンを愛剣で切り伏せながら、エステルは逃走を図った。


 だが、ゴブリンの中には投擲を行う者もいた。


「くっ……」


 投擲された石が体に当たり、エステルはその痛みに小さく呻いた。

 ダメージは小さくとも、体力を奪うには十分な威力があった。

 エステルの逃げ足は次第に鈍化し、街にたどり着く前にあっさり周囲を囲まれた。


 ゴブリンに囲まれた時、自分は二度と生きて帰れぬものと覚悟した。

 エステルも冒険者だ。命を失う覚悟くらいしている。命燃え尽きるその瞬間まで戦ってやろうとも思っている。


 けれど、それでも体はどうしようもなく震えた。


 ゴブリンが、その手の棍棒を持ち上げた。

 次の瞬間。

 突如現れた少年が、瞬く間にゴブリン数体の上半身を切り落とした。


「――なっ!?」


 通常、ゴブリンの群の討伐は、冒険者ランクでEから行える。だが、これだけの群をソロで討伐するとなると、最低でもDランクの実力は必要だ。


 しかし、Dランクの冒険者でこれほどの動きが出来る者となると、エステルには覚えがなかった。


「この少年は、一体……」


 剣を振るう動きは美しいの一言だ。まるで舞を舞うように、剣を振るっている。

 ゴブリンの攻撃など掠る気配さえない。彼に一撃を与えるのは、知能が低いゴブリンでなくとも至難の業だ。


 エステルは剣士としてひとかどのものであるという自負がある。

 だがそんなエステルでも、彼から一本を奪う未来が想像出来なかった。


 腕前もそうだが、彼が手にしている剣も異様である。

 黒に所々赤い文様が浮かんでいる刀身は、この辺りでは珍しい緩やかな曲線を描いている。


 その剣は、尋常ならざる切れ味を誇っていた。


 長剣が振るわれると、ゴブリンの胴を音も無く切り裂いた。

 対してエステルの剣は、斬る時には必ず音が鳴る。

 それはエステルの剣が、重みで叩き斬るタイプの武器だからだ。


 同じ「斬る」でも、エステルと少年では、まるで結果が異なっていた。


「っ!? ――しっ!」


 彼の姿に見惚れている場合ではない。うっかり間合いまで忍び寄られたゴブリンを、エステルは裂帛の気合とともに斬って捨てた。


 エステルが斬ったゴブリンは、その断面が潰れている。これが、通常の傷跡だ。

 対して少年の剣は、断面同士を合わせればくっついてしまいそうなほど美しく切断している。


「……すごい」


 エステルの口からは、そんな言葉しか出て来なかった。

 彼を形容するのに、それ以外の言葉は見つからなかった。


          ○


 森に逃げようとしていた最後の〝敵〟を斬って捨てたところで、透の集中力がぷつりと切れた。


「はぁ……はぁ……ふぅ」


 深呼吸を繰り返すと、アッという間に息が整った。<自然回復>スキルのおかげだ。

 透がこれまで常に全力で戦い続けられたのも、<自然回復>スキルが消耗した体力を逐一回復し続けてくれたためだ。


 これがなければ透はあっさり息切れを起こし、〝敵〟の大群に押しつぶされていたに違いない。


〝敵〟に囲まれるよう戦ったが、不覚の一撃を貰うこともなかった。

 それは常に〝敵〟の位置を把握し続ける<察知>と、得た情報を素早く処理する<思考>があったおかげである。


「憶測で振ったスキルだったけど、振っておいて正解だった」


 あたり一面は、まさに血の海だった。

 血と臓物がまぜこぜになっていて足の踏み場もない。

 風が吹くと、むせかえるほどの血と臓物の臭いが舞い上がった。


 無残という言葉が似つかわしいが、戦いに敗れれば透側がこうなっていたのだから、憐憫などちっとも浮かばない。


 透は【魔剣】を消し、顔に付着した〝敵〟の血液を拭う。

 そこで、思い出した。


「そういえば、誰かいたんだったな」


 戦いに集中していたせいで、助けた相手がいることをすっかり忘れていた。


「大丈夫ですか?」

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