第7話 まだ見ぬ街への街道で

 鍾乳洞から立ち去る前に、透は崩落した鍾乳石を回収した。

 先端が光るそれが、もしかしたらそこそこの値段で売れるのではないか? と考えたためだ。


「そこそこの値段で売れればいいなあ」


 多少のお金になれば、今後の生活が安定する。

 透がこれから何をするにせよ、まずは生活を安定させることが重要なのだ。


 鍾乳石を<異空庫>に放り込みながら、透はクレマンらを斬りつけた時の異変について考えた。


「なんであの時は、剣がすり抜けたんだろう?」


 透は試しに、自らの指を剣に当ててみる。

 すると、剣は透の指を通り抜けた。


「おおう!?」


 指が切れたと思って焦った透だったが、よく見ると指には傷一つついていない。


「……人間は切れない、のかな?」


 その可能性はある。

 今後、人間と戦闘になった場合は注意が必要だが、そのような状況に陥ることだけは勘弁願いたい透だった。


 鍾乳石を集めたあと。透は遺されたリッドの記憶をたぐり寄せて、村とは違う別の街に向かった。

 そこは1万人規模の街だ。それだけ大きな街であれば、透でも働ける場所があるはずだ。


 街に向かって森の中を歩いていると、野犬の群に遭遇した。


「「「グルルルル……」」」


 全部で10匹。

 灰色の体毛に覆われた、日本の犬よりも大きな野犬が、透に牙を見せる。

 10匹の野犬に威嚇されているというのに、透はまるで脅威を感じなかった。


 日本で生活していた頃の透ならば、確実に腰を抜かしていただろう。

 そうならないのは、<感知>が〝ただの犬〟〝全然問題なし〟と告げているためだ。


〝むしろかわいい〟や〝飼いたい〟という欲望も同時にわき上がるが、相手は野犬だ。

 どのような病気を持っているかわからないため、近づかない方が良い。


「ちょっと練習しますか」


 スキルボードでスキルを振り分けたが、現時点でまだきちんと使えていない技術が残っている。


 その中の一つである<威圧>を、透は全力で行った。


(多少野犬の動きを止められたらいいな)


 透は野犬の集団を<威圧>する。

 ズン、と森の空気が一変した。

 すると、


「「「「ヒャウゥゥン!!」」」」


 野犬は一斉に甲高く鳴いて、森の中へと逃げて行った。

 まるでお化けを見た子どものような反応である。


「えぇえ……」


<威圧>の効果は確認出来た。

 しかし透は肩を落とした。


「なにもそこまで全力で逃げなくてもいいのに……」


 野犬は透に一切手出し出来なかった。

 しかしその逃げ様で、小動物好きな透のメンタルに深いダメージを追わせたのだった。


 野犬を追い払った後、透は歩きながら魔術の発動を試みる。

 だがやはりというべきか、どうやれば魔術が発動出来るのかがわからない。


「ファイアーボール!」


 試しにそれらしい魔術名を口にしてみるが、


「……」


 しかし、何も起こらない。

 透の声が森の中に木霊しただけだ。


「…………」


 恥ずかしい。

 透はしばしその場で頭を抱えて蹲った。


「ま、まあ魔術について何も判らないしね。失敗は仕方ない! ……でも、どうやって発動するんだろう? こういうものって、大抵マナの巡りを感じ取るとか、イメージとかいわれるけど……」


 日本でよく見たファンタジーものの物語を思い出しながら、透は体内に巡るマナとおぼしき力を探す。

 だが、なにも感じない。


 そもそもマナそのものがよくわからないので、探しようがない。


「うーん?」


 魔「術」というくらいなのだから、なにかしら正しいやり方があるはずだ。

 色々試してみたが、結局透は魔術を使うことが出来なかった。


 独力で出来るようになるにこしたことはないが、出来ないならば仕方ない。


「知ってそうな人に聞いてみるしかないか……とその前に」


 念のために、透はスキルボードを顕現させる。


 ここまで来て実は『<魔術>にスキルを振り忘れてました』というオチではないことを確認するためだ。


「あれ、レベルが結構上がってるな」


○ステータス

トール・ミナスキ

レベル:8→15

種族:人 職業:剣士 副職:魔術師

位階:Ⅰ スキルポイント:70→290


 レベルが7つも上がっていた。


「野犬を倒しただけで上がった……わけじゃないよね。ちょっと<威圧>しただけで逃げてったくらいだし。経験値は低そうだから、たぶん鍾乳洞の崩落であの芋虫を大量に倒したからかな……って、あ、あれ? スキルポイントがめっちゃ増えてる! えっ、でもどうして?」


 レベル8までのスキルポイント取得数は、レベル1あたり10ポイントだった。

 だが、そこからレベル7つ分で220ポイントも増加している。レベル1あたりに換算すると約31ポイントと、大変キリが悪い。


「増加ポイントに規則性がないなあ。なにか、他に取得条件があるのかな?」


 しばし考えてみるが、ピタリと当てはまる理屈が浮かばない。


「うーん。まっ、いっか」


 考えて判らないことを、考え続けても仕方が無い。これから生き延びる上で大切な力が運良く手に入ったと、前向きに考える。


 ふと思いついて、透は【魔剣】を振った。

【魔剣】が接触した大木が、音も無くズレ動き、倒れた。


 ズゥン……と大木が倒れた振動が、森の中に響き渡る。

 その音に驚いた鳥たちが、バタタと空高く舞い上がった。


「木は、普通に切れるか。やっぱり、切れないのは人間だけなのかなあ」


 剣の性能が高すぎるから、安易に人の命が奪えぬよう制限が掛かっているのかもしれない。そう、透は納得する。


 とはいえ、何が切れてなにが切れないのかは、今後更なる解明が必要だ。

 ギリギリの戦闘中に相手の攻撃がすり抜けるともなれば、命に関わりかねない。


「まあ、そういう状況にならないのが一番なんだけどね」


 透は念のためにと、大木を切り倒す。

 1度目は切れたけど、2度目は切れなかった、じゃあ冗談ではない。


 入念に【魔剣】の確認をし、倒れた木を端に寄せたあと、満足がいった透は森の外に向かって歩き出した。



 透が去った後。森の中には家が4軒は建てられるだろう、四角四面に整えられた不可思議な空間が出現していた。

 その空間の端には、切り倒された大木が綺麗に山積みになっていた。


 木こりの悪戯か、はたまた秘密裏に行われている国の事業か。

 森に入った者がこの空間を見て頭を悩ませることになるが、それはまだしばらく先の話である。




 森を抜けると透の目が、広い草原とその中央に人口的に踏み固められた道を捉えた。


「あれは街道かな。一番近い街は、なんて名前なんだろう? ウィンリス……いや、キンリス……?」


 なんとか脳に遺された記憶を辿るが、街の名前は朧気だった。

 リッドが生きていた頃、一度も足を運んだことがないためうろ覚えなのだ。


 ただ、道だけはきちんと覚えていた。

 透はリッドの記憶を頼りに、街道を進んで行く。


「一体どんな街なんだろう」


 どんな街並みなのか。どんな食べ物があるのか。どんな人がいるのか……。

 まだ見ぬ街を想像すると、透の歩みは自然と軽くなった。


 街道をしばらく進んだ時だった。透は前方から殺気を<察知>した。


 目を凝らすと、街道の途中――森の傍に大量の小さな人影が見えた。

 その姿を見て、リッドの記憶が一斉に囁いた。


〝敵〟〝最弱〟〝逃げる〟


「うーん?」


 リッドの記憶はあまりに断片的だったため、透は判断に困った。


 それが敵で、さらに最弱なら倒した方が良い。だが、逃げるという言葉も現われている。

 戦うか逃げるか。


 考えている透の目が、人間の姿を捉えた。


 武具を身に纏った人間が一人、〝敵〟の集団に囲まれていた。


「――ッ!!」


 その姿が見えた瞬間、透の中から逃げるの選択肢が消滅した。


 透はその集団に向けて、全力で走った。

 いままで感じたことがないほどの速度で、透はぐんぐん前に進む。


 流れる景色が霞んで、あっという間に後ろへと流れていく。


 集団に近づくに従って、〝敵〟の姿がハッキリと見えてきた。


〝敵〟は身長が1メートルくらいの痩せ型で、肌は緑色だ。

 人の形をしているが、顔面が醜悪で、とても人間と同じ種であるようには見えない。


 なにも身に纏っていないが、それぞれ武器を手にしている。そのことから、〝敵〟は一定以上の知能があることが伺える。


 周りを取り囲んだ〝敵〟が、中央にいる人間に向けて手にした棍棒を振り上げた。


 既に一刻の猶予もない。

 透は素早く【魔剣】を顕現させ、吠えた。


「うおぉぉぉぉぉ!!!!」


 雄叫びに、ありったけの<威圧>を込める。

 透の<威圧>に、〝敵〟の体が凍り付いたように固まった。


 中には透の<威圧>に当てられて、白目を剥いて倒れた〝敵〟もいた。

 だがそんな様子に構うことなく、透は【魔剣】を全力で振るった。

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