第6話 魂の剪定者

 家を出ようとしていた透は、突如家に押し入ってきた男三人組に袋だたきにされた。

 一体なにが起こったのかわからず、透は激しく混乱した。


 だが、混乱はすぐに収まった。

 男たちの攻撃が、全然痛くなかったためだ。


 多少の衝撃はあったが、赤子にペチペチ叩かれている程度の痛みしかない。

 己の命の危険がないとわかった透は、冷静に相手を観察した。


 家に押し入ったのは、二十代後半から三十代前半くらいの男性だった。

 髪色が村人と同じ赤で、体つきはリッドのそれよりも逞しい。


 相手を刺激しないよう、透は相手の顔を伺った。


(――ひえっ!?)


 その男たちの形相に、透は息を飲んだ。

 目が血走り、口角には泡が溜まっていた。形相は鬼と呼ぶに相応しい。


 彼らの雰囲気は異様だった。

 実際、<察知>スキルが彼らの中に人間とは別の何かがあると感じ取っていた。


 透に襲いかかってきた男三人組については、リッドの記憶が教えてくれた。

 クレマン、ロベール、タックという名の村人だ。


 彼らは今朝、リッドを殺害したメンバーだ。

 そして、リッドの両親を殺害したメンバーでもある。


 それを記憶が教えてくれたとき、透の脳内がシンっと静まりかえった。

 冷静になった透の裏で、<思考>がカチカチ高速回転を始める。


(こいつらがおかしいのは、誰かに操られてるからか?)


 透には彼らが、普通の村人とは思えなかった。

 この世界には魔術がある。魔術で出来ること、出来ないことについて透はほとんど知らない。だが〝誰かを操る魔術〟はあるかもしれないと考えられる。


 故に、透は気を失った振りをした。

 このまま彼らに殴られ続けても、透は死ぬことはない。

 ならば、透はしばし身を任せ、彼らがなにをするのか見極める。


 このまま武器を使って殺そうとするなら、そのときに逃げれば良い。

 だがもし、彼らが〝誰かを操る魔術〟を使う何者かの元に向かうなら……。

 体を貰ったリッドのために、透はそれを確かめねばなるまい。


 男たちがなにごとか、ボソボソと呟いている。

 聞き耳を立てると、「殺す」と一言だけ延々と繰り返していたので、透は再びぞっとした。


(なにこれこわい!)


 その反面、透は<言語>がきちんと機能していることに胸をなで下ろす。

 相手と会話が出来るか不安だったが、これで片方が解消された。


 透が初めて耳にしたエアルガルド人の第一声が「殺す」とは、なんとも先行きが不安である。


 あとは、相手に言葉が通じるかどうかだけだが……。


(この人達、まともな会話が出来るのかな?)


 そんな懸念を抱かずにはいられなかった。


 しばらく身を任せていると、透は先ほどの鍾乳洞に戻ってきたのを感じた。


(裏は、なかったか……)


 どうやら透は、深く考えすぎていたらしい。

 彼らは指示など受けていなかった。

 彼らは彼らの意思で、リッドと両親を殺したのだ。


 己の予想が外れていたことに落胆しつつ、透は手早くロベールとタックの拘束から抜け出した。


「なにをするのかと思えば、また同じ方法での殺害か。学習しないんだね」

「……あ、えっ?」


 透の声に、振り向いたクレマンが呆けた顔をした。


「お、おい、ロベール、タック! リッドが目を覚ましてんだろ!! なんでちゃんと拘束しとかなかったんだ!!」

「し、してたさ! けど、気づいたらこいつ、手から抜けてて」

「くそっ!」


 ギリッ。クレマンから、奥歯を噛む音が響いた。


「リッドのくせに、なにいい気になんなよ? こっちは三人で、お前は一人。多少抵抗したところで――」


 クレマンが殺意をチラつかせた。

 次の瞬間。

 クレマンの横に居たロベールの姿がかき消えた。


「うわぁぁぁぁぁ!!」

「「――ッ!?」」


 ロベールが崖から落下した。

 地面に頭から落ち、ゾッとするような音を立てて頭蓋骨がぱっくりと割れた。


「これで二対一だね」

「……ッ!」


 クレマンは、リッドがなにをしたのかまったく判らなかった。

 結果から、リッドがロベールを崖から蹴落としたのだろうことはわかる。


 しかし、クレマンの知るリッドは決して強くはない。クレマンら三人で囲めばあっさり叩き潰せる程度の男だった。


 かたや、野良作業で鍛えた力のある大人。

 かたや、野良作業から外され食べるものにも困っていた少年。

 常識的に考えれば、前者の方が腕っ節が強いに決まっている。


 故に、クレマンは事実を受け入れられなかった。


「お前、一体なにをした」

「なにって、君たちと同じことをしただけだよ」


 じろ、とリッドがクレマンを見た。

 その視線に、クレマンの体が凍り付いた。


 リッドの顔には、憎悪も殺意もなにも浮かんでいない。

 ただ、人を人とも思わない目で、クレマンらをじっと見ていた。


 もしかすると自分は、決して手を出してはいけない者に手を出してしまったのではないか。

 それに、気づくのが遅かった。


 どうすべきか考えている間に、タックも崖の下に落ちていった。

 肉を叩く嫌な音が鍾乳洞に響き渡る。

 その音に顔をしかめ、しかしクレマンはリッドから目を離さない。


「忌み子のくせに……!」

「だからなに? 目や髪の色が自分と違っていたら、殺しても良いの?」


 きょとんとして首を傾げたリッドの手には、いつの間にか真っ黒な剣が握られていた。

 その剣を見た途端に、言い知れぬ恐怖を感じクレマンは背筋を震わせた。


 アレには、触れてはいけない。

 クレマンの中の〝声〟が、逃げろと叫んだ。


「なら、君は僕と違う色だから、僕は君を殺しても良いってなるよ?」

「…………」


 既に、クレマンの喉からは声が出なくなっていた。

 リッドの眼光がもたらす圧倒的な威圧感に飲まれ、身動きさえ取れない。


(俺は一体、何の前に立っているんだ……)


 もしこの世に邪神や死神がいるとするなら、きっとこのような眼をしているだろう。

 圧倒的な気配が、クレマンの体の自由を奪った。


「う、うおおおおおお!!」


 しかしそれでもクレマンは、声を張り上げ必死に体を動かした。


 相手は邪神や死神ではない。

 リッドだ。人間だ。


 なんとしてでも、コイツは殺さなければならない。


(殺す! 殺す!!)


〝殺せ〟

〝壊せ〟

〝全てを闇色に染め上げろ〟


 心の中からの声に従い、クレマンがリッドに飛びかかった。

 だが、


「あ、へ?」


 胸に激しい衝撃を受け、気がつくとクレマンは落下していた。


 それとほぼ同時に、これまで心を埋め尽くしていた声が、綺麗さっぱり消えた。

 まるで、そんな声など最初から聞こえていなかったかのように。


 地面に衝突したクレマンは、その痛みに気を失いそうになりながらも、崖の上を見上げた。

 黒い剣を手にして崖の下を見下ろすリッドの姿が、クレマンは何故か自分が知っているリッドとは、まったく別人に見えた。


          ○


 クレマンら、三人の目には尋常でない殺意が浮かんでいた。

 透は大きな芋虫と戦い、ある程度殺意には慣れていた。だが、彼らの殺意は別物だった。まるで人間とは思えぬほど、殺意が黒々と渦巻いている。


(もしかして、この世界の人って、こんなに危ない奴らばっかりなの?)


 透は内心、ヒエエと怯えた。

 地球にいた頃の透ならば、腰を抜かしていたに違いない。


 反面、透の胸の内で得体の知れない衝動が生まれていた。

 その衝動は、


「リッドのくせに、なにいい気になんなよ? こっちは三人で、お前は一人。多少抵抗したところで――」


 クレマンの言葉で、正体不明の衝動が爆発した。

 透は衝動に任せて、崖からクレマンら三人を蹴落とした。


 蹴落とす際に、透は彼らを【魔剣】で浅く斬りつけもした。

 血の臭いにひかれてやってくる芋虫をおびき寄せるためだ。


 だが、


「あれ、変だな。ちゃんと斬ったはずなんだけど」


 透が振り抜いた【魔剣】は狙い通り、三人の手首を斬った。

 手応えはあった。


 もし透の【魔剣】が刃物としての真価を発揮していれば、今頃彼らの手首は体から泣き別れていたはずだ。


 だが、彼らの手首はまだ体に付いていた。

【魔剣】が体を通り抜けたのだ。


「なんでだろう?」


 透はいささか困惑した。

 芋虫を散々斬ってきたが、このようなことは起こらなかった。


「んー。まっ、いっか」


 透は疑問をペイッと放り投げた。


【魔剣】で切り傷を付けられなかったものの、落下によってロベールの頭が割れた。

 ぱっくりと割れた頭からは、出てはいけないあれこれがあふれ出している。

 これなら、透の狙いは十分達成出来る。


 透は日本で、割れた頭を見た経験はない。にも拘らず、崖の上からロベールの頭部を見た所で一切なにも感じなかった。

 普通の人であれば多少は顔色が悪くなるものだが、それすらない。


 自分にはグロ耐性があったんだなーと、透は新たな一面の発見を無感動に受け入れる。


 崖の下に落ちたクレマンは、打ち所が良かったのかほとんど怪我を負っていなかった。

 だが、先ほどとは態度が打って変わって大人しい。


「り、リッド……なんだ、これは、どういうことなんだ?」


 尋ねるクレマンの表情は、まるで打ち所が悪くて、記憶喪失になってしまったかのようだった。

 彼が先ほどまで纏っていた、黒々とした増悪が綺麗さっぱりかき消えてしまっていた。


 立場が逆転したため、下手に出ているのか? そうは思ったが、それだけではないようにも見える。


(僕に突き落とされたとなると、さらに怒り出しそうなものなんだけどなあ)


「お、おいリッド、答えろよ!」

「クレマン、君たちはどうしてそこにいるのか、本当にわからないのか?」

「わからねぇから聞いてんだろ!」

「はっ。僕を殺そうとしたことも、実際に崖から突き落としたことも、クレマンは覚えてないのか?」

「そんなこと、俺ら……が……えっ? なんで俺ら、リッドを殺そうとしたんだ!?」


 やはり、様子がおかしい。彼らには、透を騙そうとする雰囲気はいっさいない。

 まるで、直前までそのことを〝忘却していた〟かのように、慌てだした。

 どう考えても、様子がおかしい。


「うーん……まっ、いっか」


 だが透は、ここで彼らの異変の正体を確かめることはしない。

 彼らがなんの罪もないリッドと両親を殺したのは事実だ。

 そして、透を殺そうとした。


 ここは地球じゃない。異世界だ。

 透が彼らを救わなければいけない義理はない。


「ん、なんだこの音。なんか居るのか?」


 モゾ……モゾ……と、小さな音を立てて、洞窟の奥から芋虫の大群が現れた。

 辛うじて意識があるタックが芋虫の出現に呆然とした。


「くそっ、魔物かよッ!!」


 対してクレマンは一人、慌てて崖に近づいた。


「り、リッド頼む、助けてくれ」

「君は過去に、リッドに同じ事を言われて助けたの?」

「そ、それは……」


「リッドはただ、生きたかった。誰にも迷惑かけずに生きて行こうとしていたはずだよ。だが君たちはそれを拒んだ。一方的に因縁を付けて、崖の下に落として命を奪ったんだ。そんな奴らを、僕が何故助けなきゃいけないの?」


「だ、だからって、どうして俺らを突き落とした!? お前が生きて行きたいだけなら、俺らを突き落とす必要はなかっただろ!!」


「ただ生きて行こうとした人を、突き落とした奴が言う台詞じゃないね。それに――」


 透は胸の内に遺るリッドの思いを言葉に乗せた。


「君は自分の両親を殺した殺人鬼を許せるの?」

「……ぐっ」

「答えは出たね」

「くそぉぉぉぉ!!」


 クレマンは気合の声とともに、芋虫に向かって走り出した。

 拳を握り、芋虫目がけて打ち付けた。

 筋力に任せた拳の勢いには、目を見張るものがあった。

 だが、


「――なっ!?」


 芋虫の皮膚はクレマンの拳をあっさりはじき返した。


 一切の痛痒を見せず、芋虫がクレマンに狙いを定めた。

 芋虫はカパッと口を三つに割り、大きく開いた。


「た、たす――」


 終わりは一瞬だった。

 芋虫は一瞬でクレマンの頭部を食いちぎった。


「うわぁぁぁぁぁ!!」


 クレマンがあっさり死んだことで、タックがパニックに陥った。だがその悲鳴も、芋虫をおびき寄せる結果となる。

 声に引きよせられるように、洞窟の奥から大量の芋虫が続々と姿を現した。


「……まだあんなにいたのか」


 透は芋虫を大量に倒していたが、まだまだ序の口だったようだ。透が倒しただけの芋虫が、あっという間に崖の下を埋め尽くした。


「たす、け……あっ、あっ、あっ……」


 助けを求めたタックが、外側からジワジワかじられる。頭が割れたロベールも、アッという間に食いちぎられた。

 クレマンの体はもうない。血痕だけ遺して芋虫の腹の中に消えてしまっていた。


 二人の体が頭と胸を遺して食べられた頃、


「――ッ!?」


 一際嫌な気配が空間を満たした。

 透は反射的に【魔剣】を顕現させ構える。


 洞窟の奥から、再び芋虫が現れる。

 今度は一匹だけ。

 しかし他のものよりも、数倍大きい。


「芋虫の親かな。このまま放置すれば、外に出てくるかも?」


 現在はまだ、芋虫は崖を越えられない。だが数が増えれば芋虫が積み重なり、いずれ10メートルの壁を越え――スタンピードする。


 スタンピードしてしまえば、近くにある村は間違いなく壊滅する。


 透は、直接リッドに手を下さなかった村人に恨みはない。

 二度と関わりたくはないが、死ねば良いと思うほどでもない。


 出来ることなら、スタンピードを未然に防ぎたかった。


 だが透は行動を起こせずにいた。

 透の<察知>スキルが、先ほどからあの芋虫とは決して戦ってはいけないと警鐘を鳴らしているのだ。


 芋虫の親は透を尻目に、子ども達が確保した〝餌〟を口に運んでいた。

 バリバリ、バリバリ。咀嚼する音が洞窟内部に響き渡る。


 一見すれば隙だらけだ。だが、それは透の――地球人としての判断だ。

 透はエアルガルドの人類や、魔物の強さをほとんど知らない。


 無知は無謀を生む。

だからこの世界の力である<察知>の声に、透は素直に従った。


「けど……っ」


 黙って見過ごす訳にはいかない。

 透は飛び上がった。


 その瞬間に、芋虫の親がすかさず透を見上げた。

 あたかも『かかってくるなら相手にしてやろう』と言わんばかりに。


 ――やはり。


 透には油断しているように見えて、親に一切の油断はなかったのだ。

 親を注視しながら、透は【魔剣】を一閃した。


 瞬間、

 破砕音。


 天井にあったいくつもの鍾乳石が、一斉に落下を始めた。


「「「ピィィィィ!!」」」


 鍾乳石は芋虫の子どもを押しつぶす。だが、まだ足りない。


「もっと!!」


 着地すると同時に再び舞い上がる。


 透は次々と鍾乳石を切り刻み、崖の下にいる芋虫たちに見舞っていく。

 落下した鍾乳石が五十を超えた頃。崖の下から生物の気配が小さくなった。


「……やったか? いや」


 透は頭を振った。まだ足りない。

 微かではあるが、芋虫の気配を感じた。子はわからないが、親は間違いなく生きている。


 鍾乳石を大量に斬り落としたため、崖の下から上までの距離が縮まった。この状態では、透が手を下す前より早く芋虫が洞窟を出てしまう。


 だから透は洞窟を出て、出入口に向かって【魔剣】を振った。

 轟音が響き、洞窟の入口の天井が崩れ落ちた。

 これで、簡単には出てこられまい。


「…………」


 崩れ落ちた洞窟を前に、透は瞑目した。


「余計なお世話だったかもしれないけど――」


 ――君が望んだ仇は討ったよ。


 そう、リッドの魂へと祈るのだった。



≫スキルポイント150獲得

≫称号【魂の剪定者】獲得

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