第4話 芋虫?
<察知>で把握出来る相手は、人間とは明らかに形が違っている。
透は油断なく身構えた。
洞窟の奥。光の届かぬその先から、巨大ななにかが這いずって来た。
「芋虫? にしてはデカすぎ……」
見た目は芋虫だが、サイズが何十倍もあった。
虫嫌いが見れば卒倒するに違いない。
「まさかこの世界の虫全部が巨大サイズ……なわけはないよね?」
巨大な蜘蛛やムカデが跋扈する世界なぞ、不思議の国も真っ青である。
そんな世界でないことを、透は願わずにはいられない。
それまでもぞもぞと動いていた芋虫が、地面に出来た血だまりに反応した。
透(正確には元の持ち主だ)が流した血だ。
口だろう先をスンスンと血だまりに這わせ、そして透を見た。
「――ッ!?」
ゾッと背筋が凍り付いた。
自らの感覚に逆らわず、透はバックステップ。
目と鼻の先を芋虫の口が通り過ぎる。
芋虫の口は、まるで収穫時期の栗の実のようにパックリと3つに割れた。
その口の奥には無数の牙。
もし透がその場に立ち尽くしていれば、早々に第二の人生を終えていたことだろう。
当然ながら、透には相手の攻撃を咄嗟に避ける力などなかった。
死地を回避出来たのは、<察知>と<思考>のおかげである。
「きちんとスキルを振っておいてよかった!」
もしスキルを振る前にこいつに出会っていたら……。それを考えるとブルリと透の背筋が震えた。
芋虫は再び攻撃態勢に入った。
芋虫から攻撃を受ける、その前に。
「いでよ【魔剣】」
透は顕現させた。
現れた【魔剣】は刃渡り70センチ程度。幅5センチから10センチほどの、軽い反りの入った片刃の長剣だった。
刀身は黒く、所々に赤い文様が入っている。
光を吸収するほどの漆黒を掲げると、音なき音が洞窟内部に木霊した。
その震えは芋虫に伝播。
攻撃態勢に入っていた芋虫の体が強ばった。
「――しっ!」
その隙を、見逃す透ではない。
透は<剣術>スキルが望む通りに体を動かす。
一度も剣など持ったことがないとは思えぬほど、透の動作は流麗だった。
透は芋虫を斬り、背後に抜ける。
一瞬の接触で、透は芋虫を三度斬りつけていた。
透が自らの足を止めた。
その微かな音とともに、芋虫の体は4つに分かれた。
背後でドシャ、と湿った音が響いてやっと、透は緊張の糸を緩めた。
振り返ると、三分割された芋虫が――。
「おうっふ」
グロテスクな亡骸をうっかり直視し、透は慌てて視線を外した。
「この【魔剣】、すごいな……。まるで手応えが感じられなかった」
もちろん<剣術>スキルのフォローのおかげもある。初めて剣を扱ったというのに、一切違和感なく動けた。
透は剣術に関してズブの素人だ。スキルがなければ刃を立てられずに鈍器の如く剣を打ち据えていたか、あるいは剣が空振りしていただろう。
透は手を握ったり開いたりして、感覚を確かめる。
他人の体に乗り移ったばかりで、「これが自分だ」という感覚がいまいち掴めない。まるで夢の中にいる気分だった。
「これが夢だったら良かったんだけどなあ」
実は穴になんて落ちていなくて、透は過労で倒れて路上で眠ってしまっていた。目が覚めると東京にいて、明日仕上げる予定だった仕事に晩まで追われて……。
きっと明日だって終電帰りだし、下手をすれば会社に寝泊まりすることになる。
上司にドヤされ、奴隷のように働き、肉体と精神をすり減らしながら手にした給料は、ほとんどが生活費に消えて……。
「――こっちが現実で良かった!」
思い返した日本の光景に地獄を見て、透は手の平をクルッと180度翻した。
透に恋人や妻、子どもはいない。自分を地球につなぎ止めていたのは仕事だけだった。
一旦仕事から離れてみると、もう一度戻りたいとも思える居場所でないことに気がついた。
「……うん」
拳を握りしめ、透は力強く頷いた。
もう、後戻りは出来ない。
ならば、ここで生きて行く。
そうと決まれば、まずは体を馴染ませる作業である。
丁度良い手合いが、再び洞窟の奥から――今度は群れで現れたところだった。
透は【魔剣】をブンッと振り、口を斜めにする。
背筋がゾクゾクッと、沸き立つように震えた。
「そんじゃ、すこしばかり相手になってもらいますか」
呟いて、透は芋虫の大群に向けて切り込んだ。
その顔に、満面の笑みを浮かべながら。
○
一体どれほどの芋虫がいただろう。
透はぜぇぜぇと荒い呼吸を落ち着かせながら、辛うじて芋虫の体液に濡れていない地面に腰を下ろした。
芋虫の討伐数は10を越えてから数えるのを辞めた。
鍾乳洞の奥からは、尋常ならざる量の芋虫が現れた。
地球にいた頃の透であれば、あっさり息切れして芋虫の群れに押しつぶされていた。
だがこの体が若いからか、はたまた芋虫を斬る度に体が軽くなったからか、芋虫の群れを易々とはね除けることが出来た。
「はぁ……はぁ……。少しは、マトモに動けるようになってきた、かな?」
本来の自分のものではなかった体も、徐々に使いこなせるようになってきた。
ただやはり、小さな認識の齟齬はある。
身長は同じ程度だが、体重や手足の長さなどの違いにまだ馴染めていないのだ。
狭い室内に入ると、あっさりタンスの角に小指をぶつけそうだ。
「……そういえば、ステータスにレベルがあったな」
その項目を思い出し、透はスキルボードを呼び出した。
すると、
○ステータス
トール・ミナスキ
レベル:1→8
種族:人 職業:剣士 副職:魔術師
位階:Ⅰ スキルポイント:0→70
レベルが7つ上がっていた。以前より体が軽くなった原因はこれか。
レベルアップのおかげで、スキルポイントも増えていた。
「スキルポイントは1レベルあたり10ポイント増加か」
これで新しいスキルを確保する目処がたった。
だが、【魔剣】のレベルを2にすることは非常に困難を極める。なんせレベル1つにつき10ポイント増加なのだ。1000ポイント稼ぐには、今後一切ポイントを使わずにレベルを100まで上げなければならない。
現在芋虫を大量に倒して、レベルが7上がった。このままのペースならば、14倍の量の芋虫を狩ればレベル100になる。
だが、そうは問屋が卸さない。レベルアップに必要な経験値は、徐々に増えていくと相場は決まっているのだ。簡単にポイントが稼げる可能性は低い。
「さすがに、レベル100はなぁ」
レベル100は、ゲームなら一つの頂である。
他のスキルに一切振らずに頂を目指すなど、透には現実的だとは思えなかった。
この世界の平均レベルが100で、頂がもっと高いのなら話は別だが。
もしそうなら、透はそんな厳しい世界に落とした神を呪うだろう。
「他にもポイントが稼げる方法があるのかな?」
ないとは断定出来ない。
現状、透はこの世界のことも、スキルボードのことも、なにも知らないのだから。
「よしっ」
呼吸が落ち着いたところで、透は立ち上がり崖を見上げた。
ここまで来て飢え死になんて情けない。
空腹で動けなくなる前に洞窟を出る。
出入口で一番近いのは、崖の上だ。
しかし崖は透5~6人分――約10メートルはあろうかという高さがある。
この崖を使わないとなると、洞窟の奥に出入口がある可能性はある。
探検ともなれば、男の子は誰しも心躍るものである。
しかし、透は洞窟探検をする気が起こらなかった。
奥へ行っても芋虫に行く手を阻まれるだろうし、なにより嫌な雰囲気を感じるのだ。
レベルアップして感覚が鋭敏になったためか、透はその気配を感じられるようになった。
わざわざ近い出口を無視して、嫌な気配のある奥へと進む勇気は透にはなかった。
透は崖に正面を向けた。
崖面は滑らかで、とっかかりが非常に少ない。普通の人間にはまず登れない崖だ。
ここを【魔剣】で斬りつければ、ロッククライミングの要領で登れる可能性はある。
だが透はあえて、その方法を選ばなかった。
「すぅ……よっ!」
僅かに助走し、一気に地面を蹴って飛び上がった。
途中で失速しかかるも、一度崖面を真下に蹴り上げ加速する。
手を伸ばして崖の縁を掴み、一気に体を持ち上げる。
「よっこいしょっと!」
ややオヤジ臭いかけ声とともに、透は見事崖を登り切った。
「なんとなく出来そうな気がしたから試しにやってみたけど、まさか本当に登れるとは……」
地球では考えられない身体能力に、透は若干引いた。
レベルアップの恩恵は、透が想像していた以上に高かった。
「けど、これがこの世界の普通かもしれないしなあ。芋虫は大丈夫だったけど、身体能力お化けに出会ったら危ないかもしれない。気を引き締めていこう!」
鍾乳洞の出入口に立った透の背中が、ゾクゾクと震えた。
それは幼い頃、たたんだ傘を剣に見立てて振り回していた時のような、あるいは上着をマントに見立てて肩にかけていた時のような……。テレビで見たヒーローの決め台詞に合わせてポージングしていた時のような、熱い思いが体中を駆け巡る。
――この先には、自分の知らない世界が広がっている。
なにがあるのか。なにが出来るのか。
どんな未来が待っているのか。
想像するだけで、いても立ってもいられない。
透は堪えきれずに、満面の笑みを浮かべた。
「よしっ、頑張るぞ!!」
様々な期待と小さな希望を胸に、透は鍾乳洞から一歩、外の世界に足を踏み出したのだった。
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