第3話 スキルボードを使ってみる

 試しに透は、地面に落ちている小石を全力で投擲した。その飛翔速度を確認し、【強化】を1つ上昇させる。


>>【強化】→【強化+1】


 再び透は小石を手に取り、全力で投擲する。


「……うーん?」


 あまり変化したようには見られない。


 続いて透は垂直跳びを行った。10メートル先にある崖の上まで飛び上がるイメージを持って、全力で飛ぶ。

 だが、透は崖の上どころか、1メートルも飛び上がらなかった。

 ここへ来て、初めて飛んだ時と同じ程度である。


「全然変わってないっぽいなあ。なんでだろ?」


 +1程度では効果が低いのか、大きな変化が感じられない。

 とはいえ、1振り100ポイントだ。効果確認のために何ポイントも振るわけにはいかない。


 実験する前に、透は一通り必要と思われるスキルの確認を行った。


<剣術><魔術>


 はっきりと断定出来ないが、この世界は日本よりも命が軽い可能性が高い。己の身を守るために<剣術>や<魔術>を引き上げて損はない。


 また身を守るために<察知>や<思考>も必要だ。日本と同じようのほほんとしていたら死んでしまいかねない。


 この世界で生きる上で最も必要なのが、<言語>だ。これは外せない。


 あとは趣味と実益を考えてスキルを選ぶ。

 スキルをじっくり眺めていると、ふと異質なものが目に入った。


「……【魔剣】!」


 魔剣とは一般的に、特殊な力を帯びた剣を差す。

 広義には魔法の剣。狭義には邪悪な力を帯びる悪魔の剣として用いられる。


 どのような性質を持つものなのか説明がないためわからないが、スキルボードで取得出来るようだ。


【魔剣】は修得に必要なポイントが5だった。

 平均値より僅かに高いが、【強化】や【限界突破】と比べるとあまりに少ない。


「すごく格好いいけど……なんだか取れと言わんばかりのポイントだよなあ」


 これは自称神が用意したスキルボードである。

 神はよく人間を試す。だからなにかしら、よくない仕掛けが施されている可能性がある。


「けど……うん、【魔剣】は惹かれるんだよなあ」


 男性は何歳になっても子どもだ。正義とか伝説の武器とか、究極魔法とか、そういうものに弱い。

【魔剣】の誘惑にしばし抵抗した透だったが、最後はうきうきとスキルポイントを振るのだった。


○ステータス

トール・ミナスキ

レベル:1

種族:人 職業:狩人→剣士・魔術師

位階:Ⅰ スキルポイント:1000→0

○基礎

【強化+5】

【身体強化+5】【魔力強化+5】

【自然回復+5】【抵抗力+5】【限界突破★】

【STA増加+5】【MAG増加+5】

【STR増加+5】【DEX増加+5】

【AGI増加+5】【INT増加+5】【LUC増加+5】

○技術

<剣術Lv4><魔術Lv4>

<察知Lv4><威圧Lv4><思考Lv4>

<異空庫Lv4><無詠唱Lv4>

<言語Lv4><鍛冶Lv4>

【魔剣Lv1】


 どうやら取得したスキルも職業に影響を与えるようだだ。

<剣術>と<魔術>を振り分けた途端に、職業ががらりと変化した。


【限界突破】については1つ振っただけでカンストした。これはポイントを使ってアクティブにするだけで良いスキルのようだ。


【限界突破】の効果だが、今のところなにもわからない。振り分けてみても、体には特に異変が起こらなかった。体が動かしやすくなった気配もない。


「名前が凄そうだから振ってみたけど、失敗だったかなぁ」


【限界突破】は1振り100ポイントだ。そのポイントに見合う効果は、今のところさっぱり感じられない。


「うーん。レベルを上げて、カンストしてから【限界突破】に割り振ったのでも良かったかもなあ」


 軽く後悔するが、振ってしまったものは仕方がない。

 透は潔く諦める。


 スキルを振って、透が気になったことがあった。

 まず、スキルについている数値の上限だ。現時点で上限が判らない。10までなのか、10以上あるのか。スキルボードにはヒントさえ出現していない。


 次に、スキル上昇に必要なポイント数の変化だ。

【強化】や【自然回復】などは、いくつ振っても最初と変わらないポイント数を求められた。

 だが【STA増加】や<剣術>などは、レベル1が1ポイント。レベル2が3ポイント。レベル3が6ポイントと、徐々に必要ポイント数が増えていった。


 最後に、表記だ。

 基礎スキルは「+」表記なのに対し、技術スキルは「Lv」表記だ。


 この違いがどこにあるかは、やはり不明だ。


「少しくらい説明があってもいいのになあ」


 スキルボードは実に不親切設計である。

 制作者にはユーザー無視だと文句を言いたい。


 早いところ、自称神に会う方法を見つけねば。そう透は心に誓った。


 ポイントを振り分けてから、大きな変化が感じられたのが技術だ。

<察知>を上げた途端に、いままで感じられなかった微細な変化が感じられるようになった。


<魔術>については、現時点で使用出来なかった。


「魔術が使えないのに魔術師とはこれ如何に?」


 当然の疑問である。しかし、通常は鍛錬を続けて上昇する技術を、スキルボードで上げてしまったため、このような不思議な状態になっているのだ。

 使えないのは透が問題なのであって、スキルボードに文句を言っても仕方がない。


 魔術の使用にはなにか特別な手順があるものだと推測出来たが、地球人である透は魔術を見たことも使ったこともない。八方塞がりである。


<言語>は言わずもがな。これがないとこの世界で生きて行けない。

 とはいえ、どこにも話し相手がいないので、<言語>が正しく働いているか確かめようがない。


「これで<言語>が、会話の技術じゃなかったらガッカリだなあ」


 折角スキルを振ったのに、誰とも言語で意思疎通が出来なかったら笑えない。


<鍛冶>は完全に趣味である。そのうち自分専用の装備が作れたら良いな、という思いで取得してみた。

 しかし、いつ自分専用の装備が作れるか、まったくわからない。

 いま振る必要はなかったかもしれないと、透はやや後悔している。


<異空庫>はいわば、ゲームのインベントリと同じ性質だった。

 小石を手にして『入れ』と念じると、小石が<異空庫>に収納される。

<異空庫>から出したいときは、出したいものをイメージして『出ろ』と念じるだけで良い。


<異空庫>は、沢山の荷物を一度に運べる利点がある。

 今後、透が世界を旅するにせよしないにせよ、持っているだけでQOLがぐんと上がる能力だ。


 そして最後に、【魔剣】だ。


【魔剣】にもプラスの上昇値が付いている。【魔剣】をアクティブにするのに必要だったポイントが5。

 対してLv1からLv2に上げるために必要なポイントは1000だった。


「1と2にそこまでの差があるのかな?」


 透は、スキルポイントはレベルの上昇とともに取得出来るだろうと推測している。スキルを取得するタイプのゲームが、大抵そういうシステムだったためだ。


 だが1000ポイント溜めるまでにどれくらいレベル上げしなければいけないのか……。


 比較してみたい気持ちはあったが、【魔剣】レベルを上げるよりも、基礎や技術レベルを上げた方がパフォーマンスが上かもしれない。


 基礎や技術レベルを上げて、もしポイントが余ったら、試してみようと心に決める。

 さておき問題は、基礎スキルである。


「うーん?」


 基礎スキルに振れるだけ振ってみたが、現時点で大きな肉体的変化は感じられない。

 何度か振りながら石を投げてみたが、投石速度の上昇は確認出来なかった。


「これくらいスキルを上げても目に見えた変化がないってことは、スキル上限は100なのかな?」


 スキルボードという特殊な力にワクワクして振り分けてみたは良いが、強くなった感覚がない。ガッカリだ。


「一般人でも+5程度なら取得してるのかもしれないなあ」


 スキルボードは自称神から授かっただけあり、レアアイテムである可能性が高い。

 それでもスキルの項目そのものは、透だけのものでないと容易に推測出来る。どうでも良い項目があるのがその証左だ。


 もしスキルさえも透専用ならば、<肉眼ウェイトリフティング>なぞを紛れ込ませた自称神の思惑が気になるところである。


 さておき、スキルボードは世の中にある基礎スキルや技術スキルを可視化し、振り分けられるようにするアイテムだ、と考えるのが自然だ。


 ならばスキルボードを使わずとも、スキルを上昇させる方法――たとえば、鍛錬の積み重ねにより自然上昇する可能性は十分ある。


「この世界の人って、どれくらい強いんだろう……。スキルレベル100とかいたりして」


 透はその圧倒的な差に、ぶるりと体を震わせた。


 なにもかもが手探りだ。

 だが、わからないは、面白い。


「いいね」


 透の口角がニッとつり上がった。


 予め、なにが出来るかわかった世界で生きるより、なにが出来るかわからない世界の方が、何倍も面白い。


『出来ることの不明瞭さ』は、そのまま『なんでも出来る可能性』なのだ。


 透が異世界での新たな生活に胸を高鳴らせていた、その時だった。


 透の<察知>になんらかの気配が引っかかった。

 同時に、鋭敏になった聴覚がモゾ……モゾ……という音を拾う。


「……これは、人じゃないよなあ」

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