第2話 新たな体

 小さな村の生まれであるリッドは、崖の下で仰向けに倒れていた。

 落下の衝撃で割れた頭から、血が止まらない。

 地面がみるみる赤く染まっていく。


 リッドの視線の先。崖の上に、同じ村出身の大人三人組がいた。

 クレマン、ロベール、タックだ。


「よかったなぁリッド。やっと両親の元に行けるぜ?」

「たす……け……」

「だぁれが忌み子なんかを助けるかよ! そのまま死んでろ」


 崖の上からリッドを見下ろしていた彼らは、ニタニタ笑いを浮かべながら去って行った。


 リッドはもう、体に力が入らなかった。立ち上がろうとしても、まったく立ち上がれない。

 後頭部からはドクドクと血が流れていて、身動きが取れない。もし身動きが取れても、いまは崖の下だ。

 崖は非常に高い。とてもじゃないが、リッドには登れない。


「こんなことに、なるなら、アイツらを……」


 殺せばよかった。

 父と母を殺した奴らを手に掛ければよかった。


 だが、リッドは両親の仇を討てなかった。

 仇を討つための、ほんの僅かな勇気が持てなかった。


 結果、リッドは奴らに突き落とされ、致命傷を負った。


「……くっ」


 リッドの目から、ボロボロと涙があふれ出した。


「くそっ……くそっ!!」


 涙を流しながら、リッドは16年の生涯に幕を閉じたのだった。


          ○


 意識が戻り、透は目を開く。

 辺りは何もない白から、洞窟のような見栄えに変化していた。


「いてて……」


 固い地面で仰向けに寝ていたためか、体が痛い。上体を起こして、透は後頭部をさすった。


「んん?」


 ねちょ、と手の平になにかが付着した。

 恐る恐る手を前に翳す。すると、手が真っ赤に染まっていた。


「おおうっ!」


 透は慌てて後頭部を触る。だが、どこにも傷跡はない。


「〝できたて〟なのはわかってたけど、さすがにいきなり血はビックリしたぁ。にしてもこの体、怪我で死んだ、んだよね? 怪我は、治った?」


 透の魂が乗り移った時に、負った怪我が修復されたようだ。

 だがそうでもなければ、折角の第二の人生が数秒で終了していただろう。無駄死にどころの騒ぎではない。


「本当に、異世界に来たのかな?」


 上体を起こして辺りを見回す。一見すると普通の鍾乳洞だった。

 すぐに異世界らしい風景が広がっているものと思っていた透は、僅かに落胆する。


 見た目は日本の鍾乳洞と大差なく、いまいち異世界に来た実感が伴わない。

 落胆した透だったが、あたりが妙に明るいことに気がつき顔を上げた。

 そこには、


「なんだあれ?」


 天井をびっしり埋め尽くした鍾乳石の先端が、薄ぼんやりと輝いていた。

 一つひとつは蛍程度の光量だが、光源が無数あるため、鍾乳洞全体がライトアップされたように輝いている。


「おー。鍾乳石が自然発光してる」


 やっと見つけた異世界の片鱗に、透は興奮しながら立ち上がる。

 だが、体が思うように動かない。


「……あ、あれ?」


 危うく転びそうになり、透は踏鞴を踏んだ。


 思う通りにならないのは、体が動きにくいためではない。

 体が動きすぎるのだ。


 身長は同じくらいだが、肌つやが非常に良い。

 手の甲も皺一つなくピカピカだ。


「若返っている?」


 軽く腕を回す。まるで油が切れた歯車のようにゴリゴリいっていた肩は、なんの抵抗もなくクルクルと回った。


 透は試しにその場で飛び上がる。すると体は羽根のようにふわりと舞い上がった。

 32歳だった透の肉体とは、まったく性能が違う。


 シャツをめくり上げると、六つに割れた腹筋が目に入った。

 手で体をまさぐると、筋肉の膨らみがはっきりと感じられる。


「あらま。またずいぶんと引き締まった体だこと……」


 自分にはもったいないくらいだ。

 羨望と嫉妬と申し訳なさが入り交じった複雑な感情に、ため息が漏れた。


「この体の持ち主って、何歳だったんだろう?」


 疑問を抱くと、脳の中から十六という数値が姿を現した。

 透が乗り移る前の、持ち主の記憶である。それを信用するなら、透は現在十六才になったということだが……。


「……はあ」


 透は再びため息を吐いた。

 自分の年齢の半分しか生きてない子どもが、ついさっき命を失ったばかりだと思うと、どうにも気分が沈んでしまう。


「……この体、この命、大切に使わせて頂きます」


 もうこの場にはいないだろう魂に向けて、透は感謝の祈りを捧げた。

 祈り終えると透は早速、自称神に貰った力を確認する。


「っていっても、あれはどうやって出せばいいんだろう?」


 念じるが、出て来ない。

 手を前に出して、少し息んでみた。


「うっ!」


 しかし、出ない。


「もしかして、僕が不真面目だったから……!?」


 透の額に、冷たい汗が浮かぶ。

 透は慌てながら、必死に頭を働かせ、苦し紛れに声をひねり出した。


「――スキルボード!」


 突如、何もない空間にシュッと音も無く透明の板が出現した。

 どうやらスキルボードは、音声を認識して起動するものだったようだ。


「よかったぁ。ちゃんと出た……」


 神様に不真面目認定されなくて良かったと、透は心底ほっとした。

 気を取り直して、透はスキルボードを確認する。


○ステータス

トール・ミナスキ

レベル:1

種族:人 職業:狩人

位階:Ⅰ スキルポイント:1000


「そっか。狩人だったから、こんなに体が引き締まってたんだ」


 透は職業欄を見てそう呟いた。


 透は日本ではサラリーマンだった。もちろん、狩人ではない。そんな技術も知識もない。

 つまりこの職業欄は記憶ではなく、肉体のデータから算出されるようだ。


 次に透はスキルポイントに目をやった。

 スキルポイントとは、能力を引き上げるために使用するものだろうと想像出来た。


 ゲーム知識ではありふれたシステムであるため、困惑はない。

 それより、位階だ。


「この位階って、なんなんだろう?」


 Ⅰとあるため、ⅡやⅢがあるだろうことは予想出来る。だが、それだけだ。

 Ⅰが一番高いのか、一番低いのかさえわからない。


「タップしても説明なしか……」


 位階を指先で触れてみるが、説明文は浮かび上がらなかった。

 こういう場合、ゲームではスキルや項目をクリックすると、大抵説明文が出現する。

 このスキルボードは、そこまで親切に設計されていないらしい。


「次に神様に会った時にでも聞いてみるか……」


 自称神は会える可能性があると言っていた。

 会うための条件がどのようなものかはさっぱりだが、もし会えた時にでも聞いてみようと心に留め置いた。


 透は次の項目に目を移す。

 位階とスキルポイントの下に、それぞれ基礎と技術のツリーが格納されていた。それをタップして解放する。


○基礎

【強化】【身体強化】【魔力強化】【自然回復】【抵抗力】【STA(たいりょく)増加】【MAG(まりょく)増加】【STR(きんりょく)増加】【DEX(きようさ)増加】【AGI(びんしょう)増加】【INT(かしこさ)増加】【LUC(うん)増加】【限界突破】

○技術

<剣術><槍術><棒術><拳闘術><魔術><調教><法術><察知><隠密><威圧><挑発><思考><言語><表情><話術><扇動><断罪><隠蔽><農作><耕耘><裁縫><服飾細工><宝飾細工><錬金><冶金><鍛冶><異空庫><無詠唱>……


「おおう……。めっちゃ多いなぁ」


 解放したツリーには、びっしりと基礎スキルと技術スキルが並んでいた。基礎はまだ画面に収まる程度だ。だが、技術はいくらスクロールしても終わりが見えない。


 技術ツリーには古今東西、技術と言われるものすべてが並んでいるようだ。

<耕耘>や<穴堀>など用途が想像出来るものから、一体どこで使うのか<肉眼ウェイトリフティング>だの<種飛ばし>だの、本当にどうでも良いものまである。


「これ、いらないのを消せないかな?」


 試しに<肉眼ウェイトリフティング>をタップしてみる。するとポップアップにスキルを振るか否かの項目と、『格納』という項目があった。

 透はそれをタップ。すると、<肉眼ウェイトリフティング>がツリー一覧から消えた。


 消えた<肉眼ウェイトリフティング>はツリーの一番下に、新たに生まれた『格納』という項目の中に収納されていた。


「上手くいったけど、これ全部整理するのめんどくさいな……」


 全部で何千あるのやら。そのすべてをひとつずつタップして格納していかなくてはならない。適当にやれば多少は早く整理出来る。だが、必要なスキルまで格納してしまいかねない。


「まあ、後々じっくりとやっていくか」


 不要スキルの即時格納を諦め、透は必要スキルの目星を付けていく。


 まずは基礎スキルだ。こちらはすべてを割り振る。

 基礎スキルは、種類によって1振りに必要なポイントが違った。


 たとえば【強化】【身体強化】【魔力強化】。この三つはいずれも透を強化するものだと想像出来る。

 だが、【強化】は一つ上昇させるのに100ポイント必要なのに対し、【身体強化】【魔力強化】は10ポイントと少ない。


「うーん、なにが違うんだろう?」

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