A-bパート 春はあけぼの、世界は今日も反回転
Day.103 春一番のトラブルはくだらないくらいがちょうど良い
※本エピソードは小説投稿サイト「ノベルアッププラス」主催のイベント内で出題されたお題「春一番」に基づき書き下ろしたものです。本編とは時系列が異なります。
「──……んなぁあああんだあこれえぇえええええっ!?」
朝早くに断末魔がつんざいたのは少年市長の家だった。
もしいつもみたく自分の部屋で寝ていたなら、さすがに少年の声が私の耳にまで届きっこなかったが、それでも少年が私へ直接助力を働きかける手段はある。少年がいつも着込んでいる学ランの第二ボタンには私の魔力が込められていて、少年が念じればその魔力が応じて私にもSOS信号が届くという段取りだ。
まあ、あれほどの叫びを上げておきながらいまだそのSOSを送ってこないあたり、今回も言うほど危機差し迫った状況ではないのだろうが……。
まったくどいつもこいつも騒がしい。
別に悪い気はしないがね。瑣末事で騒げるということは、それだけ全能たる私が作りしこの世界が平和だという実証に他ならないのだから。
──で? どうしたんだ少年?
寝起きの悪さに定評のあるきみが、今朝はずいぶんと勢い余った目覚めじゃないか。普段からそのくらいしゃっきり起きて欲しいものだが?
「こっここここいつを見てくれよ創造神! 俺の学ランが学ランじゃなくなってるぅうううううっ!!」
少年はベッドの上で飛び跳ねながら、私へなにかを広げて見せてくる。
ポップでカラフルな生地をふんだんに使った学ランが……学ランなのか、これ? とにかく例を見ない斬新なデザインの上着が少年の手元にはあった。
なるほどこれは珍しく一大事……ん? あれ?
私の魔力入り第二ボタンは?
*****
「あー? メンゴメンゴ。そのボタン汚ねえから捨てちまったわ」
妖精アパートにて。
突然押しかけてきた少年の抗議にも一切悪びれずのたまってみせた妖精アルファへ、いかに寛容な私でも今回ばかりは説教せざるを得なかった。
──だっだだだダメだよ捨てちゃあ!
あのボタンに少年の身の安全がかかっているんだから! 妖精族のファッションセンスに文句を付けるつもりはないが、その学ラン最大と言っても過言ではない機能性の部分をないがしろにされては、さすがの私でも黙ってはいられないよ!
「いやいや待て待て! 俺はデザイン性にも文句があるぞアルファ!」
少年は地団駄を踏む。
新調された学ランにも劣らぬ奇抜なデザインのネグリジェを纏ったアルファは、どれだけ叫ばれても構わず眠たそうにまぶたをこすっていた。
「んだよ人間風情? 妖精界最速と呼び声高いあたしの裁縫スキルにいちゃもん付けるたあ良い度胸じゃねえの」
「最速がなんぼのもんじゃい! スピードよりクオリティをウリにしろ! じゃなくて! 俺、ちょっと袖の糸がほつれてたのを直すだけで良いっつったじゃん!」
「良いわけねーだろお客様? クオリティをないがしろにした覚えもないって。お客様のご要望には二百パーセント応えて、想像も超えるクオリティでお預かりした服をお返しするんがプロってもんよ」
「そのご要望に応えられてないからクレーム殺到してるんだけど!?」
非難轟々の嵐でもアルファは平然としている。
──と、とにかく第二ボタンは防犯上の観点から私の魔力を込め直すとしてだな。
たまにはこういうイカした学ランもアリなんじゃないか、少年? ほら学ランって全身真っ黒で、なんだか味気がないというアルファの言い分も私は理解できなくもないよ。
「知るかよ妖精基準の味なんか! 創造神だって万年全身真っ白じゃねーか。あのなあ、白とか黒とか灰色ってのは、他のどんな色にも勝る完全
──ええ……そんな、完全食みたいな扱い……。
「そんで、学ランってのも世界で一番デザイン性と機能性が完璧にマッチングした、日本学生界の完全装備なんだよ。着やすくて誰にでも似合って無駄な個性を演出してこない!」
「いや最後おかしいだろ。個性はきっちり出してけよ。個性や自由ではみ出していけよ。お前ら新しい世界のリーダーズだろ」
「やたらめったら装飾付ければ個性が出るのか? 色が派手だったらお前ら妖精族の顔と名前が見分け付くようになるのか? この際ぶっちゃけるけどなあ、俺いまだにアルファとお前の彼氏以外の妖精、ちょくちょく名前呼び間違えそうになるから! どいつもこいつも目に毒なビジュアルし過ぎてて一周回って個性消えてっから!」
「はあー!? 人間風情てめえマジでぶっちゃけやがったな!? あたしらにとってはこれが完全装備なんだよ!」
熾烈を極めつつあった言い争いに、私はやむを得ず仲裁を入れる。
とにかく少年の学ランは元のデザイン通りに直してやって欲しいとなだめれば、アルファは私にもくどくどと衣替えを要求してきたわけだが……頭のてっぺんから足のつま先まで真っ白スタイルは、私が神であるための定義付けでもあるので、そう易々とは変えられないわけで。
「はあー、ノリ悪。TPOにうるさい市長と神様なんて今時流行らないって」
アルファは不服そうにしながらも、学ラン両手にアパートの部屋へ引き返していく。後に残ったのは私と、無地のTシャツを寝間着にしていた少年だ。
「ったく……誰もTPOの話なんかしてねえって」
猫背気味になり、朝っぱらから疲弊を匂わせる少年へ私は呼びかけた。
──まあ年がら年中アルファたちみたいな格好をしろとまでは思わないが。少年はもう少しくらい洒落っ気を出してもバチは当たらないんじゃないか? 言われてみれば確かにきみは、いつも誰に言われるでもなく真っ黒な学ランばかり着ているな。
少年は誰かに
日頃この世界のためであればいくらでも真新しく心地よいデザインを考え付く少年なのだから、学ランでしか個性を出せない人間ではないはずだ。
「……これさえ着てれば学生に見えるんだよ」
少年はそう言ってわずかにふてくされる。
きっと学ランをこよなく愛しているわけではない。この世界に召喚される前は学校にあまり通えずじまいだった、少年なりのこだわり……なのかもしれなかった。
さて翌日返ってきた少年の学ランは、無事黒づくめ状態に戻ったそうだが、アルファなりの最後の抵抗だったのか、第二ボタンだけは赤く染まっていた。
少年はやっぱり苦言を呈していたけれど、結局このデザインで決着がつく。
ああ悪くない。春一番にはもってこいの、新米市長らしい完全装備じゃないか。
(Day.103___The Endless Game...)
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