Day.102 渡る世間はカチクばかり。リストラしても文句言うなよお前ら

 少年とヨルズ先生はステーションへ向かう。

 ああ……他の世界まちへ移る時はだいたい創造神がチチンプイプイ並みの気軽さで運んでくれてたから、この大掛かりな魔法陣に乗るのは初めてだ。

 まさか、こんな形で受付嬢たちの世話になる日が来るとはな。


「ここっ! それでは〜ぁ、創造神ビィ様の世界へご案内いたしまぁ〜す!」


 シューの合図に合わせ、他のコハク族たちもざっと魔法陣を取り囲み、輪を作って踊り出す。


「こっこー、こっこー、こけこっこー♪」

「コハクに輝くナイスバディー♪」

「そこの素敵なお客様〜ぁ♪ わたくしぃも一緒に連れてって〜ぇ♪」


 ……お、おおう。

 彼女らも、エルフ族や妖精族にも遅れを取らないほど、声高らかで伸びやかな歌声だなあ。なかなかやるじゃないか。


「鏡よ鏡よ鏡さぁーん♪ この世で一番美し〜ぃのはだぁれ♪」

「もちろんお客様ぁにございます〜ぅ♪ 二番はわたくしぃ♪」

「わたくしぃ」


 ただ、俺はその千鳥足と、悪酔いしそうな奇怪なリズム感には違和感があった。

 なぜ踊りのほうだけ妙にセンスが悪い? 歌詞も、謙虚で真面目なコハク族らしくないナルシズムをひけらかしてるし。いや音程はめっちゃ合ってるけど。

 わざとズラしてるのか? なんでそんな周りくどい真似を……はっ!?


「そっ、そのトンキチな転移魔法だか儀式だか!」


 俺が問いただす前に、


「まさか、シューお前! アルパカ族に曲と振り付けを外注しちまったんじゃ──」


 視界が白くなる。

 どうやら儀式を終え、魔法陣が動き始めてしまったらしい。


「うわぁあああああアルパカどもおぉおおおおお!」

「落ち着きなさい市長くん。カチク・クオリティ極まった不愉快な舞曲だとは私も感じたけどさ」

「不愉快なんてレベルじゃねーですよ! あの害悪もふもふ族が、俺と創造神の大事な住民たちにいらねー布教を広めてるうぅうううっ! あいつらも早いうちに手を打たないと──」




 乗り物酔いなんて感じる暇もなく、俺とヨルズ先生は目的の世界まちへ到着する。

 俺はすぐに、探していた機械仕掛けの住民たちの群れを見つけて。


 ぶん、ちゃっちゃ……。

 ぶんちゃっ、ちゃ……。


「ッララララー、ッママママー♪」

「カチクのミライをまもるためー♪」


 アレスとの侵略に備え、完全武装したロボット族たちが。

 創造神ビィの世界まちで暮らす同胞たちと仲良く輪を作り、腕を組み、群れをなし、堂々とカチクの社歌を合唱していた。

 軍歌がごとき勢いで、である。



*****



「ど……どいつもこいつもカチク・クオリティ〜〜〜〜〜ッ!!」


 バタム!

 受け入れ難い現実に、転移して早々ぶっ倒れる俺。


「敵の正体見たり! 引き返しましょうヨルズ先生!」

「だから落ち着きなさいって」

「アレスやオーディンよりも真っ先に駆逐するべき害悪もふもふ族がいます! 俺と創造神の大事な世界まちが、ちょおっと見逃していたらアルパカ族のカチク精神に侵食されかかっていますよ!」

「泳がせてたのか。知らなかったのかと思ってたよ」


 ヨルズ先生はずいと前へ出る。

 風で白い髪が小さくなびき、ぎらりと赤い瞳が煌めけば、


「そいつは市長くんもが悪いね……まあ」


 ロボットたちも彼女の到来に気がついた。


「教育不行き届きだったのは私も同じか」


 ザン!

 ヨルズ先生を取り囲むように。

 おおかた、彼らは団体行動の授業あたりで、彼女に習ったことを実践しているだけだろうが。

 そんな物騒な格好でたかられると、本当に訓練された軍隊みたいじゃないか。


「音楽を軍事利用するようになったら、その世界はもう終わる寸前だよカチクども」

「イマノワレワレハ、『カチク』デハナク『センシ』デス!」


 ロボットの一機がすかさず叫ぶ。

 びしと片手を頭部へ持ってくるキビキビした動作も、ロボットというよりは兵隊みたいだ。


「ココハ、ワレワレノ『フルサト』デス! シャインガ『カイシャ』ヲマモルミタイニ、ジブンノ『シマ』ヲマモルノモ、タタカウノモトーゼンデス!」

「そーゆーところがカチクだっつってんのよ」


 ヨルズ先生はいかなる軍隊の鬼教官よりも冷たい視線を彼らへ送りつける。


「今まで私になにを教わってきたの? なんのためのスキルアップだった? なんのためのグループワーク、誰のためのレッスンだった?」


 仁王立ちし、堂々と胸を張る。


「あんたたちはカチクでも社畜でも、会社やら世界やらの消耗品でもない。持ち場を守る暇があるなら定時を守りなさい。シマのためではなく、自分自身のために戦いなさい──そこを守るために戦うのは上司かみの仕事だ」


 群れの後方で息を潜め、成り行きをガタガタと見守っている頼りない機械仕掛け。

 創造神ビィだ。心優しく弱腰なこいつが、自らアレスと真っ向勝負しようなんて言い出すはずがない。

 きっと止めたくても止められないほど、彼らは熱くなって、ヒートアップしていたのだろう。



 いや。

 熱くなっていたのはヨルズ先生も同じだ。


自分テメエのために人生賭けられない奴は、一生負け犬のカチクだよ」


 誰に向けた言葉だったのだろう。

 きっと、ヨルズ先生の脳裏に浮かんでいたのはロボットたちだけじゃない。

 すべてを抱え込んで、創造神に契約破棄まで迫って、今もたった一人で世界まちを飛び出し、離れてしまった、あの人。


 スノトラ先生。

 あの人も、ほとぼりが覚めるまでおとなしくしている──なんて殊勝な先生ではないはずだ。


「デモ、コノママジャ……!」

「うちの創造神はもう動き出してる。住民のあんたたちがその場限りの感情でジタバタして、生産性のない戦いに身投げして、状況が良くなるなんて思ったら大間違い。交渉できる範囲が狭まるかもしれない」


 やっぱり、彼女の言葉には熱が入っていた。

 拳をぐっと握りしめ、眉を潜め、心底面倒くさそうに吐き捨てる。


「これ以上私たちの仕事を増やすな、落第生ども。お前たち生徒や、生徒の故郷くらい、私ら学校が保護してやるから」

「センセイ……!」

「だいたいね、アレス様の世界まちの戦力は、オーディン様のおかげでずいぶん弱まってる。もとより、私らエルフ族が遅れを取る要因なんか──」




「──言ってくれるな、尻軽エルフ」




 どすの利いた女の声。

 俺は空を見上げる。


 ──流星群。

 それは、真っ黒なオーラを帯びたヘルミオネたち、アマゾン族の大群だ。



(Day.102___The Endless Game...)



【作者コメント】

 最近、シミュレーションゲーム「Tropico6」を初プレイしました。

 内政だけじゃなく、時代情勢(植民地、世界大戦、冷戦など)に合わせて周辺の超大国ともうまく渡り合っていかなくてはならないという、独自のゲーム性が面白く。

 この6章も、だいたいそういう話です。

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