Day.101 「持続可能な戦争」なんて無理ゲーだから考えるだけ無駄

 ――パカラ、パカラ、パカラ!!


 職員室の窓から、グラウンドを駆ける足音……いや、蹄の音がする。

 なんだ?『カチクコーポレーション』のアルパカが三頭も揃って。

 学校の運動会はもう終わったし、大人たちの賭けレースに向けた特訓でもしてるんだろうか。

 ヨルズ先生も彼らの疾走に気付いて、


「……シロの奴、ちょっと掛かってるね」


 ばさりと出走表を広げる。


「クロはだいたい終盤でバテるから無視でいいとして。コンディション悪いのか? ここはやっぱり、安定して掲示板入りが狙えるベージュで複勝買いかな?」

「今はどうでも良くないですか、そっちのレース予想は! 世界のランキングと命運が賭かってるんですよ!?」


 けど、アルパカたちはすぐにグラウンドを抜けた。校舎へ入り込んだのが見える。

 やがて走りのリズムは、廊下にて慌ただしく聞こえ始める。

 パカラ、パカラ、パカラ、パカラ、パカパカパカパカパカパカラ――!!



「「「パッカー!!」」」


 職員室のドアが乱暴に開かれた。

 一着でゴールしたのは白毛のアルパカ。ヨルズにとっての大穴、クロである。


「市長どの、大変なことが起きてしまいました!」

「ちっ!」


 クロは大きく舌打ちしたヨルズに構わず、


「弊社の社員たちが、一斉に無断欠勤をはたらいたのです!」

「クロあんた、当日もその調子で差しなさいよ!」

「レースなどといった副次的事業に興じている場合ではありませんよ! この由々しき事態が解決しないことには、レースは中止せがるを得ません!」


 バタム!

 開催中止という響きのショックさに椅子から転げ落ちるヨルズ先生。


 カチク社員の無断欠勤? なんだいつものストライキか……と俺はアルパカたちを門前払いにしかけた。

 しかし事態の深刻さは俺の想像とかなり違っていたらしい。

 まもなく、世界まち世界まちを繋ぐ『ステーション』の受付嬢、シューまでもが職員室に駆け込んできて。


「ここっ! 市長さま、アポ無しでの面会たいへん失礼いたします〜ぅ!」


 シューがかしこまりながらも、いつになく甲高い声で鳴く。


「わたくしぃどもの受付が追い付かないほど、ロボット族の皆様がたにステーションへご来場いだだいておりまして〜ぇ!」

「ちっ、また移住騒ぎか。悪いが行政側も今は手が足りてない、会社の不祥事は会社で解決しておいてくれ――」

「移住ではございません、の訴えにございます〜ぅ!」


 帰郷? ……まさか!

 職員室に緊張が走る。床で転がっていたヨルズ先生はすくと立ち上がった。

 あ、なんてこと。いよいよ、俺たちも他人事では――よそ事ではなくなってしまったのか。


「ご自分の会社を牛耳っていらっしゃるアルパカ族への労働革命ではなく、創造神ビィ様が統治なさっている世界を今まさに侵さんとする、アマゾン族に徹底抗戦すると皆さま口を揃えておっしゃっておいでですぅ!」



*****



 戦争は、いとも容易く起きてしまう。

 けどまさか、俺達と一番ゆかりのある世界が狙われるなんて。


「なんで? 偶然? とばっちり!? またプリンがなんかやらかしたとか――」

「落ち着いて市長くん」


 俺が取り乱しかけたのを一言で制したヨルズ先生が、シューへ。


「創造神はどこ? そんな状況で顔を出してこないってことは……」

「はい。出張中にございます〜ぅ……」


 申し訳なさそうにクチバシを鳴らす。

 どうりで、ストライキやボイコットとは誰よりも縁のないシューが、自分の持ち場を離れるなんて珍しいことが起きるわけだ。


「ちっ。あいつこそ、オーディン様かアレス様のどちらかへ、余計なことでも言いに行ってんじゃないの?」

「いかがでしょうか〜ぁ。あの御方の街移動にはステーションは関与しておりませんので……詳しい行き先までは存じ上げておらずぅ」

「絶対止めなきゃ! まずはロボット族のほうを。一度でも武力をアテにしたら、もう言い逃れのしようがなくアレスやオーディンと戦争まっしぐらだ。それはほぼゲームオーバーみたいなもんなんだよ!」


 俺は懸命に思考を巡らせる。

 職員室にいた他のエルフ先生たちは、顔を見合わせつつもだんまりを決め込んでいる。自分の立場を危うんでいるのだろう。

 ただの自衛ならまだしも、よその諍いに手を出せば、オーディンもしくは他の神様との関係を悪くしかねない。


 怖い奴、強い奴を敵に回したくないという心理は、どんな種族でも同じだ。


 もちろんスノトラ先生もお休み。

 昨夜、校舎を離れたっきり会っていないけれど……今はどこにいるのだろう。教員寮にいるなら、オフだろうが残業と罵られようがとっくに呼ばれているはず。


 やっぱり……この世界まちを出て行ってしまったのか。


「じゃ、じゃあプリンは! あいつ、喧嘩や荒事になるとだいたい他人任せにして自分は逃げるけど、実はけっこうやれるクチだって小耳に挟んだことがあるぞ」

「あの天使こそ手が出せないよ」


 すかさずヨルズが諫めてくる。


「大使館は、他国との中立を欠けばすぐに機能を失う。ましてや、姉妹都市でもないよその世界まちのやりかたにケチは付けらんない」

「くっそ……つーか、アレスも妙にバトル好きな神様だなあ! いや見た目通りだけど! 寝取ろうとした自分が悪いんだから、さっさとオーディンに謝れば良いだろ」

「謝って済む立場じゃないからね。男神の意地とかプライド以前に……あと」


 ヨルズは鼻で深く呼吸した。


「アレス様が仕掛けたっていうそっちの侵略行動は、オーディン様のそれとは全然意味合いが違うんじゃないかな」

「えっ。どういうことですか?」

「好き好んで喧嘩を吹っかけてるわけじゃない。アレス様のほうはもう、戦力的にも経済的にも、かなり追い詰められているってことでしょう」



 再び、椅子へ座り直す。

 ヨルズ先生はずいぶんと落ち着いていた。いや、落ち着く努力を講じているだけかもしれなかったけれど。


「……市長くん風に言うなら、効率よくレベルを上げたくば、自分よりも弱いやつを潰して回るのが一番手っ取り早いってね。お金やものを稼ぐにしろ、信仰力やマンパワーを集めるにしろ。ふん、アレス様のやり口もたいがい合理的っちゃ合理的ではあったけど──」

「いいえ先生」


 俺は自信を持って言いきった。


「それは経営シミュレーション的にも戦略シミュレーションにも合理的な政策ではありません。格下ばかり相手していたら、いつかは自分が最底辺です」


 現に、このままじゃアレスは近いうちに底辺層へ落ちていくだろう。

 オーディンという圧倒的な強者に押し潰されることで。

 あいつが今までやってきたことを思えば、俺的には正直、ざまぁみろって感じなんだけど。


 きっと、創造神は。

 アレスの凋落ちょうらくっぷりをそんな風に言わないし、考えない。



*****



「……ふっ……」


 ヨルズ先生は控えめに笑った。

 しかしすぐに口角を引き締めて、


「きみさ。それ、アレス様の面と向かって言える?」

「言います。俺なら、どんな時も武力ではなく知識で戦います!」


 腕を組み、回転椅子をゆるく動かしながら少しの間なにかを考えていたが、


「……じゃ、確かにロボット連中は止めなきゃだ」


 再びヨルズ先生は立ち上がった。


「先生! 来てくれますか!?」

「付き合ったげる。戦争は確かに勝てばリターンは大きいけど、その過程で背負うリスクも掛かるコストもハンパないから、ダルいんだよね──それに、まあ」


 めんどうくさそうに、首をぽきりと鳴らして、


「一応、ロボット連中はあたしの『管轄』だ」



 素直じゃないなあ、こっちのエルフ先生も。

 この街と自分の生徒たちが心配って、普通に言えば良いものを。




 思えば、俺たちの創造神は案外優秀かもしれない。

 だってあいつ、こと神様付き合いに関しては、一度だってつるむ相手を格差ランクで決めたりしなかったから。


 俺も、あの神様がしてきた関係構築コミュニケーションの正しさを証明するための政策をしてやらなくちゃ。


 いよいよわからせる時が来たってことだな、あいつの友神ゆうじんに。

 もう一度言ってやるんだ──『都市開発をナメるな!』って。



(Day.101___The Endless Game...)




【作者コメント】

 週1ペースでも更新再開できているのはたいへん喜ばしいですが、最近はどうも、エピソードタイトルに捻りがありません。

 最近読んだ『暗号学園のいろは』という(少女しか出てこない)少年漫画に出てくる、ヒロインが胸に秘めた戦略ゆめというのが「持続可能な戦争の技術的コントロール」でした。

 相変わらず西尾維新先生の着眼点は面白い。気になる方はぜひ読んでください。


 今回はパロディでもオマージュでもなく、馬鹿正直にパクってきた感がありましたので、一応クレジット載せておきます。

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