Day.100 「ここだけの話」は絶対ここ以外でも教えてる。子どもでもわかるぞ先生

「己の利益を求めず、詩神パパの顔色だけ伺う行いを、隷属と呼ばずしてなんと呼べば良いんです?」

「……なんですって」

「ね、スノトラさん。その移住決定に、オーディン様や『無限のそら』は、あなたへどんな『幸福リターン』をもたらしてくれるとお考えですか? こっちの名無しの創造神様のほうが、よっぽどあなたのお望み通り、今の労働環境ブラックを見直すなり働き方改革なり編み出してくれるんじゃありません?」


 プリンはきっと、なにも間違ったことは言っていない。

 だからこそ、少年おれはスノトラ先生が、次第に雰囲気をひりつかせていくのが手に取るようにわかった。

 正面きっての正論ほど、相手をキレさせる言葉もない、って。


「お前に『アース十六』のなにがわかるの、天使風情──!」


 いかなる問題生徒にも見せてこなかったような形相でプリンへ掴みかかろうとしたのを、


「まあ待て待て」


 ずいとスノトラ先生の行く手へ割り込み、相変わらずのんびり諌めたのは創造神だ。

 いや、たぶん、一人だけのんびりしたくてしてるわけじゃなくて、この険悪な空気を少しでも和らげたくて……っていうか、俺たちの都市開発コメディはどこへ行った!?


「よくわかったよプリン。貴様のそんな説得の仕方コミュニケーションじゃあ、良い利得リターンは返ってこないな」

「むぅ……」

「スノトラもそう怒るな、そして焦るな。――ぞ」


 ぴくり、と。

 眉を動かしたスノトラ先生は、創造神の物言いにも不快感をもよおしていたような気がしたけど。


「とにかく、休みが欲しいというなら、それについては受け付けよう。ああ、全能たる私の寛大な心によってね」

「……いえ創造神様、わたしが申し上げたかったのは」

「契約はダメだ。受理しない」


 創造神の意思も固い。


「きみも少し頭を冷やしたまえ。確かにそんな顔で、教壇に立たせるわけにはいかないな」


 こうして、気まずい雰囲気で解散になる。

 移住や退職うんぬんも、ひとまずは無しになったものの、スノトラ先生はものすごく不服そうで……なにより、ステーション目掛けて魔法でさっと飛んでいこうとしたのを、


「待って先生!」


 俺が引き留めようとしても聞く耳を持たなかった。

 つい数時間前は、俺もスノトラ先生も、チームが勝つための戦略をグラウンドでああでもない、こうでもないって……それが、どうして。


 話も、聞いてもらえないなんて。



*****



 翌日。


 無力感に打ちひしがれてほとんど眠れなかった俺が、ふらふらと立ち寄ったのは職員室。

 やはりというか当然というか、職員室にスノトラ先生の姿はない。


 代わりにいたのはヨルズ先生だった。

 今週末に開かれるという、アルパカ連中による『カチクレース』の順位予想をしている最中で。


「それ、ヨルズ先生の他に観客はいるんですか?」

「先生たちはだいたい全員やってるわよ」


 俺がどれだけ失意の底に沈んだ声を出していようが、ヨルズ先生はお構いなしだ。


「学校の先生はギャンブルやってない、なんて思ってるのはきみみたいに素直で育ちの良いガキだけよ。酒タバコギャンブル、恋愛。みんなみぃんな生命体エルフだもの」

生命体にんげんならもれなく全員やってるわけでもないと思いますよ。……あの、ヨルズ先生」


 おそるおそるたずねる。


「ヨルズ先生は、先生辞めないですよね? 退職届け出したり、移住するとか……」

「……はあー」


 すると、ヨルズ先生は少し間を空けてから、わざとらしくため息を吐く。

 その鬱屈は多分、俺ではなくスノトラ先生に向けられたものだろう。


「ほんっと、バカね。こっちになんの相談もなくひとりで先走って」

「なんで先生たちはヘーキなのに、スノトラ先生だけが移住とか、そういう話になっちゃうんですか? そんなに『アース十六』って別物ですか」

「別物だね。……はー、しょうがないな」


 即答するヨルズ先生。大して言い淀むわけでもなく、


「曲がりなりにも『市長』やってるあんたの立場に免じて、ここだけの話にしなさい」


 さらりと。


「あの子たちはオーディン様が、ご自身の目的を果たすために産み落とした娘たちなんだもの。あのね、市長くん。スノトラは他のエルフよりも頭が良いから『賢明なるスノトラ』って呼ばれてるわけじゃないんだよ」

「えっ。……そうなんですか? じゃあ、どうして」

「そうであってくれと、父なるオーディン様が望んでいらっしゃるから、そう名乗っているんだ。『アース十六』のひと柱、完全なる存在、全知全能を目指すオーディンの娘として、賢明であろうと努めているだけ」


 俺は首を捻る。

 そんなの、もはや、プリンの言う通り──父親オーディンの隷属じゃないか。


「ロヴンもそう。『穏やかなるロヴン』なんて……はんっ、あの女エルフのどのへんに穏やかさを感じろって? やる気あるんか、あいつ」

「じゃ、じゃあ、オーディンの望みって? やっぱりあの神は、うちのやる気なししんと違って、世界ランキングで一番を獲りたい神様なんですよね?」

「『天神てんじん』という立場が欲しいんでしょうね。もちろん、それが最終目標じゃなくて、その権威はあくまでも目的を果たすためのプロセスでしょうけど」

「目的……って……」

「うちの駄女神にはとても遥か及ばない発想だよ。──目的はよろずを知り尽くす、つまり知識の会得と完熟。彼は文字通り、を目指している」



*****



 自称全能ではなく、正真正銘の全能神。

 それも、自分の娘たちにその片棒を担がせてまで。


(父親の幸せが……親の夢が、子どもの夢……。)


 俺は頭が痛くなった。同時に胸もずきりずきりと痛み始める。

 やばい。身に覚え有り過ぎる。俺もかつては、この世界へ飛ばされるまでは。


「じゃあやっぱり、スノトラ先生の『幸福ゆめ』じゃないんじゃないか……!」

「まあね」


 ヨルズ先生は机へ肩肘ついて、ぼそりと。


「ほら、あいつ、彼氏にも尽くしたがりな性分してるし。本当、賢明な女じゃないよね。……ええ、ちっとも」


 なにを考えているんだろう、この合理主義者は。

 怒っているのか悲しんでいるのか、それとも他人事なのか。


「かといって、オーディン様に逆らうのは……フレイヤほど心酔していなくとも、エルフ族でありながらオーディンのやり方に異議を唱えるというのは、もうそれだけで『アース十六』とそこに関わるすべての世界や神様を敵に回す行いと捉られえかねない」

「ヨルズ先生でも……ですか」

「ええ。もちろん、『アース十六』でもね」


 吐き捨てるように。


「このままじゃ、スノトラのやつ。本当に社会的はぐれエルフになっちゃうかもね」


 どうすれば良いんだろう。

 俺にできることってなんだろう。


 話を――スノトラ先生の話を、俺が少しでも聞いてあげられたら。




(Day.100___The Endless Game...)

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