Day.99 「大人の事情」ほど解決が難しい事情はない。子どもでもわかるぞ創造神
「
姿勢を正し、重々しく口を開いたスノトラ先生。
その佇まいと声色だけで
都市開発ゲームに例えるならば、住民のわがままやクレームなどを通り越して、アドバイザー側――つまり運営サイドが、最後通牒を市長のプレイヤーへ告げる時の緊迫感だ。
そして、たぶん。
スノトラ先生の場合、最後通牒すらも貫通して。
「わたくしの一身上の理由につき、本日付けで、本校での音楽教師としての退職と――あなた様との契約解消をお願いしたく、ご相談に伺いました」
……なんてことだ。
こんなにもリアリティのある『移住』の申し出は、市長になって初めて聞いたよ。
*****
退職、契約解消。
それはもうほとんど、移住の申し出に等しい。
「神様との契約を解消する、ってえ……」
真っ先に詳細を聞き出そうとしたのはプリンだ。
こてんと首をかしげ、少女の身なりにおあつらえ向きの、いかにも無垢な無知を装った態度で、
「どーいうことですかあ? お仕事を辞めるはともかく、神様とのご縁を切るってえ、それつまり……」
間違っても俺からは言いたくなかった現実を突きつける。
「この
スノトラは眉ひとつ動かさない。
感情を押し殺しているのか──彼女の中で、もう腹が決まってしまっているのか。
「その解釈で間違いなかったです?」
「間違いありません」
やはり、スノトラ先生は冷静だった。
「契約を解消させていただいた暁には、創造神様や他の住民の皆さまに極力ご迷惑がかからないよう、早くない日程のうちに
「た、退去って」
ようやく口が動いた。俺はすがりつくように問い質す。
「どこへ行くつもりですか、先生? まさか、もう移住先まで決まっちゃってるんですか?」
「……具体的な詳細はまだ決めかねてるけど」
スノトラ先生は軽く目を伏せて、
「わたしはもとより、
普段、俺や生徒たちの前でしているような、プリンとはまた趣の違う大人のぶりっ子さえ今は封印している。
表情や話しかたのひとつひとつが、彼女の覚悟を裏付けていた。
前触れらしい前触れなんてなかった。今日の運動会だって、紅組の勝利を目指して、俺やチームのみんなと二人三脚も同然だったはずなのに。
ああ──やっぱり。
原因はオーディンなのか。
「別に移住までしなくたって……ダメです先生!」
俺はスノトラ先生へ駆け寄った。
申し訳なさそうに眉を下げているスノトラ先生へ、
「先生辞めるのも、創造神との契約も……! 俺、まだ先生に教わりたいこと、山ほどあるんです!」
創造神はここまで沈黙を貫いてきたが、
「理由を聞こう」
と重々しく返した。
俺はまず、創造神にこそ、彼女を引き止めて欲しかったのに。多少傲慢でも構わないから、神様らしく断固とした態度で「そんな身勝手は許さない」とか、言葉で彼女を止めて欲しいのに。
理由なんて、聞かなくても決まりきっているじゃないか──
「残業が多いです」
……ん?
「『
スノトラ先生がはきはきと答える。
「音楽教師としての範疇を超えて、仕事が多岐にわたっていく現状を、他の先生がたも……なにより、学校長たる創造神様がさも当然のように受け入れていらっしゃるのを、わたくしはこれ以上許容できません」
創造神はだらだらと汗を流していた。
なんの言い逃れもできないくらいに思い至る節があったのだろう。かくいう俺も、先生に臨時でレッスン見てもらったり、学校とは関係ない都市開発にまつわる相談事に乗ってもらったりと、先生にいっぱい仕事させてきた自覚はあった。
まさか、この誰もが見て見ぬ振りしてきた問題を、苦情や要望すっ飛ばして、移住の理由として持ち出してくるとは。
*****
「はぁーあ!」
この事態に失笑したのはプリンだ。
「さすがは賢明なるスノトラ。絶対それが主だった理由じゃないくせして、ここぞとばかりに自分に都合良さげな話を持ってきますねえ」
ソファへどかりと座り込み、
「そんな回りくどいクレーム垂れず、ほんとの事情を説明すれば良いじゃないですかあ。残業がいやならふつーに止めれば良いし、給料アップをお願いすることもできるはずでしょ?」
「そ、そうだ! プリンの言う通りだ!」
助け舟を入れてきてので、創造神も大慌てでスノトラ先生へ駆け寄った。
「なあスノトラ、いきなり契約解消なんて寂しいことを言うなよ。教師の仕事なら、しばらくは休んで問題ない。その間にどうか、考え直してはもらえないか?」
がしりと華奢なスノトラ先生の肩をつかむ。
「私とて元々、『アース十六』をこの大地へ呼ぶつもりはなかった。極論、エルフ族でさえあれば誰でも良かったんだが……だからこそ、せっかくきみと縁が繋がったものを、切ってしまうなどもったいない!」
「それは創造神様のご事情ですよね?」
突き放すように、
「わたしには関係ないお話にございます」
「それを言ったら退職届も移住届も、どっちだってスノトラさんの『一身上の理由』ですよね?」
プリンはなおも生意気な小娘であり続けた。
「これだからオーディンのお膝元、『無限の
その言葉はさすがに不快だったんだろうか。
きっと睨みつけるように、スノトラ先生はプリンへ視線を向けた。
「あなたも『無限の
「従属であることは認めます。間違いございません! が、その従属には……契約には、必ずボク自身が受ける恩恵、自分へのリターンというものがありますが」
プリンは言い返す。
彼女がスノトラ先生を小馬鹿にしていたのは──『アース十六』を見下していたのには、どうやら彼女なりに思うところがあったらしい。
「己の利益を求めず、パパの顔色だけ伺う行いを、隷属と呼ばずしてなんと呼べば良いんです?」
にぃと意地悪な笑みを浮かべ、
「ね、スノトラさん。──その移住決定に、神様や『無限の
(Day.99___The Endless Game...)
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