Day.96 街も人生も開拓と開発の繰り返し

 とある神様が創りし世界まちには、当然、いまだ開発が進んでいない地域がある。


 特に、『カチク・コーポレーション』の工場を建てる際に切り崩した森――険しい山岳地帯はほとんど手つかずだ。

 噂によれば、住民のごく一部がプライベートで利用しているとのことだが……はたして何に使っているのやら。


「そりゃ〜、市長さん。イケナイことに決まってるじゃ〜ないですかあ!」


 そんな山道とも呼べない獣道で。


「エルフ族のリアル・UFOキャッチャー、反労働組合の結成を企てるカチクどもの秘密基地、そのカチクどもに対抗した工場経営陣の証拠隠蔽工作! その他もろもろですってば!」

「そりゃ〜ロクでもねぇな。おいプリン、もし何かしら証拠掴んでるんだったらちゃんと俺に情報渡せよ?」

「え〜ど〜しよっかな〜? チクっちゃおうかな〜? ……ね、市長さん。いくら出せます?」


 山頂目指して突き進んでいる少年少女の姿があった。

 一人は、地図を広げて難しい顔を浮かべている市長の少年。

 もう一人は、時折ぱっと背中に白い羽根を浮かべ、木々に囲まれ枝葉に覆われた獣道を飛んでは見回っている天使族の少女。


 彼らは、長らく未開拓だった山岳地帯にいよいよメスをいれるべく、現地の地形調査と開発計画に身を乗り出している最中だったのである。



*****



「……ね、市長さん?」


 天使族の少女、プリンは少年のもとへ舞い戻ってくると、


「そーゆーボクたちはどーなんですか?」

「どーって……なにが?」

「えっへへ〜」


 あたりに誰もいないのを良いことに、ぎゅうと少年の腕へしがみつき、


「こぉんな極地で二人っきり……ですね?」


 ここぞとばかりの天真爛漫な笑顔を作った――天使だけに。

 その瞳の奥には、小悪魔じみたしたたかさものぞかせている。


「ボクたち、きっと他の住民よりもずっともっとイケナイこと、しにきたように見えちゃってますよ? ──仮定や想定ではなく、今『事実』にしちゃいます?」


 同時に、上目遣いの合わせ技も繰り出してきたプリンへ、少年は特段腕を振り払う様子もなかったが、


「……変な気は起こすなよ」


 真顔で学ランの第一ボタンを軽く突いて。


「創造神の監視は今も続いてるんだぞ」


 そのボタンには、創造神と直に繋がった通信魔法の類──俗に言うGPSがかけられている。

 もちろん今も魔法は作動しているはずで、


「ちぇ〜、つれませんねえ」


 プリンはすぐに腕をほどく。


「よほど神様に信用されてないんですねえ、ボクってば」

「いや別に、GPSこれはお前だけのためじゃ……ていうか」


 少年はそっぽを向き、フォローを入れた。


「信用はされてるほうなんじゃないのか? なんせ、創造神もスノトラ先生も、俺らの調査に付いてこなかったんだから」


 自称全能の神と、この世界まちで誰よりも頼もしいエルフ先生。

 この両者は今頃どこで何をしているのやら。

 そういえば、姉妹都市から別の神様とスノトラの後輩、ロヴン先生が学校に訪れているんだったか。


(なんか、先生たちの間ででもあるのかな)


 ──よもや合コン会議などとは、夢にも思うまい。


「えへへー。つーまーり……」


 プリンは少年へくしゃりと笑いかける。


「ボクたちの仲良しこよしな間柄は、今や神様公認……ってことですねっ!?」

「まあ、そりゃね」


 少年はどこまでも素っ気なかった。


「市長と観光大使──ビジネスパートナーだからな、俺たちは」




 未完成な地図をさっと広げる。

 これはあくまでも仕事だ。新たな都市計画のための現地調査。

 まずは、自分みたいな人間族こと宇宙最弱種族でも難なく通れて、危険地帯へ決して踏み込まなくて済むような、歩道の整備から。


(エルフも空飛ぶ魔法とか持ってるんだっけか。じゃあ、そうじゃないアルパカ族とかロボット族は普段どうやってここいらをうろついて……)


 少年は地図を眺めたまま。


「ところでプリン、さっきのお前のタレコミだけど──」


 ──くい、と。

 学ランの袖をさほど強くない力で引っ張られる。

 プリンは片頬をぷくりと膨らませて、少年を睨みつけていた。


「え、なに?」

「ビジネスパートナー……ですか?」


 少年は何度か不思議そうにまばたきする。


「あっれれ〜? おっかしいですね〜?」

「いやどこの名探偵だよ」

「市長さん。それは約束が……いえ、契約が違くありません?」


 思い出されるは、プリンを観光大使へスカウトした日。

 観覧車のゴンドラで、互いがその小さな胸に秘めた野望を語り明かした夕暮れ。

 少年ははっとする。そうか、プリンはちゃんと、俺の言葉を……。




「『友だち』──でしょう?」



*****



 少年は地図をたたみ、


「ああ。……そうだったな」


 くしゃくしゃと自分の頭をかく。


「じゃあまあ、なおさら、友だちの夢を叶えるためにも開発頑張らないと」

「むう」


 プリンはまだ不服そうだ。

 自分が言いたいことはそうじゃないと、そのあどけない表情が雄弁に語っていて。


「お仕事熱心なのは結構ですが、息抜きもたまには大事なんじゃないかと、市長さんの第一友人と思わしきボクがさりげな〜くアドバイスします!」

「いや第一友人って、他に友だちがいないって決めつけるなよ。超あからさまだし」

「ね、やっぱり今日は遊んでいきません?」


 再びプリンは少年の手を引く。

 ぐいぐいと森の奥へ誘うように、


「UFOキャッチャーやったり秘密基地作ったり、隠された証拠おたからを掘り当てたりしましょーよ! 他の住民ばっか好き勝手遊んでてずるい!」

「そこは紅葉狩り、魚釣り、キャンプファイアーとかだろ?」


 やっぱりプリンは、天使じゃなくて小悪魔だ。


「そのくらい、神様は寛大なひろ〜い心で許してくれますよ」

「はいはい」


 紅葉といえば、秋の森はいつもよりも鮮やかで、涼しい気候の中であったかな色どりを少年たちへ見せてくれていた。


 河原へ赴き、ツルでおそろいの冠を作る。

 赤や黄色で彩られたそれは、さながら恋に恋する天使が頭へ浮かべた輪っかのようであった。



(Day.96___The Endless Game...)

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