Day.94 都市開発は常に新しさと馴染み深さとの戦い

 アット・創造神専門学校(仮)――


「なんそれ?」


 とある空き教室を通りがかった妖精アルファが目ざとく見付けたのは、床へ這いつくばり、壁際へ寄せた机椅子に囲まれたまま、なにかに夢中となっている少年の姿だった。

 すぐ脇には立ちぼうけし、少年の様子を上から見守っている創造神。


「ようアルファ」


 少年は起き上がりざま、


「ちょうど良かった。ちょっと手伝ってくれよ」


 今しがた描き終えたそれを指さした。


「他の妖精と手分けして、こいつが正しく描けてるか回ってきてくれない?」

「あー……もしかして世界地図?」


 アルファもそれを見下ろせばすぐに気が付く。


 ここの学校を中心として、街にあるすべての建物が床一面に広げられた紙へ描かれていた。

 世界地図なら少年も何度か作っていたが、今の街がどうなっているか、全体を事細かに見渡せる地図を住民でも見られるような形に整えたのは初めてだ。



 アルファは二つ返事でオッケーした。まもなく他の妖精たちも教室に集められる。

 半透明の羽根で、小さな体をぶうんと鳴らし、青空を駆け巡ってはわいわいがやがやと、宙で地図のいちゃもんを付けていく。


「あっちの川はもっと細いっスよ! どうせなら俺らでも遊べるよう、神様には浅めに掘ってもらいたかったところっスねえ、まじ」

「アルパカの工場やっぱデカ過ぎじゃね? あんなに場所取らなくていいっしょ。川をどーにかするよりあいつらから土地ぶん取って、プール作ったほうが早いって」

「それよりステーションの狭さが問題じゃん? 最近は姉妹都市ごきんじょとの出入りが激しくて、駅中は客ばっかであたしら住民がいるとこないっつうか」

「駅チカつくろーぜ駅チカ! 俺、新しい店を開きたいんだよね〜」


 文句というか、新しい街づくりの要望だ。

 少年は自らの運転で空飛ぶ車を走らせながら、


「あーはいはい。駅チカね。それは俺も欲しいから前向きに検討させてもらうわ」


 などと、地図とは別の紙切れへメモを残している。



 そうして少年の作った地図は完成形となった。

 地図を体育館まで運んでいくと、アルファへ新しい注文をつける。


「よし。住民をこの体育館へ呼んでこい!」

「はあ〜? うちをパシリかなんかだと思ってんのか、人間風情てめー?」


 今度は不機嫌をあらわにするアルファ。

 しかし少年はニヤリと、意味ありげに笑って言い聞かせた。


「ま、そういうなよ。──きっと今に楽しいことが起こるぜ」



*****



 体育館に集まる住民一同。

 床には相変わらず地図が広げられている。

 すると、それまで終始静観していた創造神が、声高らかに詠唱をうたい始めた。


 אתם נבחרתם על ידי

(訳:お前たちは私に選ばれた)

 ההתכנסות כאן היא אבן היסוד של אהבה צייתנית

(訳:ここに集うは従順なる愛の礎である)

 תסתכלו, בני ארצי

(訳:刮目するが良い、我が同胞たちよ)

 נמה שנפתח כאן הוא תלם האהבה הנשגב!

(訳:ここに拓かれしは崇高なる愛の轍である!)


 その時だ。

 ただの平面図でしかなかった地図が、体育館全体へ拡散されるように広がり拡大されていく。

 ただ大きくなるだけではない。床から木々が生えてくるみたいに、地図に記されていたありとあらゆる建物、地形、世界が体育館という箱庭の中で立体的に組み上がっていくのだ。


「うおおおおお〜っ!?」


 歓声を上げる住民たち。

 またたくまに彼らは、街の中へ誘われたような気分になる。


「どうだ? 同じ自分たちの街でも、こんなふうにすれば新鮮に思えるだろ?」


 得意げになった少年が鼻をこすりつつ、


「ちょっとした憧れだったんだよな〜。自分で作った『ジオラマ』の中で冒険すんのがさ」

「じおらま?」

「ミニチュアで作った建物とかを、上から眺めることを言うのさ。ほら、いつもの創造神みたいに」


 創造神は困ったような顔を浮かべる。


 ──馬鹿者、誰が遥か高みでの見物者だ。

 私だっていつでも、少年や彼ら住民と同じ、ジオラマの内側の存在だというのに。



*****



 かくして住民たちはジオラマの内側で遊び始める。

 それを近くで眺めながら、創造神はふと少年へ問いかけた。


 ──こんな発想、どこから沸いてでたのだ?


「学校の文化祭でジオラマを作ったことがあるんだよ」


 少年は答えた。


「せかせか作るのも楽しいけどさ、よく考えてみりゃ大事なのって完成した後だよなって。この街はジオラマなんかじゃないし、ゲームの世界でもない。住民がいるれっきとした異世界なんだって……」


 気恥ずかしそうにほほをかき、最後のセリフはうんと声が小さかった。


「『市長』の仕事って、そういうもんだろ」



 ──……ああ、そうだな少年。

 つくづく少年には勉強させられるよ。

 住民あっての世界まち──その感覚は、『神様わたし』にとってもひどく大事なことだから。



(Day.94___The Endless Game...)

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