Simulation06: 外交戦略(ともだち)

A-aパート 秋は夕暮れ、世界は晴れ晴れ

Day.92 美味いもんはひとりで食べるよりみんなで食べたほうが絶対美味い

 アット・市長の家。

 創造神わたしの忠実なる下僕にしてたいへん優秀な市長の少年は、珍しく難しい顔をしながら私を呼びつけ、バツが悪そうに話を切り出した。


「駄目だ。こればっかりは、俺の手に余る案件だ」


 ──ど、どうした少年?

 相談したいことがあるとは確かに聞いているが、少年が私の手を借りねばならないような案件なんて、今まであんまり無かったんじゃないか?


「最近、妖精たちが騒いでてさ。学食のメニューが同じで飽きてきたって」

 ──あーね。まあ、皆が満足するような献立を考えるのはたいへんだよなあ。

「かくいう俺も『食欲の秋』だからか、今までにこの世界じゃ食べられなかったモンを食べたい欲が強くなっててさ。だったら新メニューを考える妖精たちの会議に、俺も混ざろうかって話になったんだけど」

 ──なるほど。少年や彼らなら、きっとじきに良いアイディアが出てくるだろう。


 私はさほど少年の話に深刻さを感じなかったが、どうも少年が悩んでいたのは、その新メニューがなかなか思い付かなかったからではないらしい。

 自分の家だというのに、なぜか人目を気にするみたいにキョロキョロし、私以外の誰にも話を聞かれていないことを確かめてから、


「アイディアなら、俺はもうとっくに出てるんだ。それもとびっきりのやつ」

 ──ほう?

「俺が今いっっっちばん食べたい、秋ならではのアレだ。超食べたい。でも……」


 私には伝えても問題ないと考えたのか、少年は身を乗り出し、できる限り小声で耳打ちするように打ち明けた。



「────『月見バーガー』が食べたい」






*****



 ──『月見バーガー』?

 なにそれ美味しいの?


「バカ、大声で言うな! ……ああ美味いさ。とびっきり美味い。なんなら創造神も一度食べてみろって」


 私は少年に指示された通りの品をカタログで取り寄せ、もとい『召喚』する。

 その名の通りハンバーガーだ。ふかっふかのバンズに挟まっていたのは、肉厚のハンバーグにとろとろのチーズ、カリカリのベーコン、そして──


「目玉焼き! これが半熟でまじ美味いんだよ」


 そう言いながら少年は、我慢できないのか早々にハンバーガーへかじりついた。


 ──……うまっ!

 なるほど確かに美味しいぞ少年!


「だろ? これを食べずに秋を越えるなんて、人生の半分損してるね」


 そこまで少年がオススメするなら、もうこれを新メニューに採用しちゃえば良いんじゃないか?

 ……と思った私であったが、ごりごり肉食のエルフ先生たちはともかく、妖精連中はごりごり草食だったな。

 だったら『パティ』の部分を別の食材に置き換えればどうだ? 卵くらいは彼らだって食べるだろう。タンパク質は生命活動保持のためにも必須級──



 ──……ああ。

 ネックはその『卵』か。



「そうなんだよ創造神」


 少年はぺろりとハンバーガーを食べ終えたが、満足するどころか苦々しい表情を浮かべている。


「お前も知ってるだろ? あの学食へはしょっちゅう、学校に通ってない住民も遊びに来るんだ。その中には、ほら……ザクとかシューとか……」


 ホーオー族のザクに、コハク族のシュー。

 いわゆる『鳥』の種族コンビだ。


「ザクはほら、文字通り自分の血肉を店で食わせているくらいだし、こういうのにもなんやかんや寛容かもだけど……」


 ──なるほどねえ。

 彼女たちに目玉焼きを食べる姿なんてとても見せられないって話か。

 まあ二羽のことが気になるというなら、学食では出さず少年が個人的に楽しめば済むのではないか? 今みたいにカタログでちょちょいと……。


「美味いもんは布教したいんだよ!」


 少年、謎の力説。


「これぞソロプレイしてもしょうがないんだって! 『月見バーガー食う?』ってクラスで盛り上がってる時が一番『秋』を感じられるんだぜ?」


 元・不登校引きこもりゲーム廃人中学生とは思えぬ主張。

 まあ、少年の言い分はもっともではあるが。


「特に妖精たちって、フッ軽でミーハーでゴシップ大好きで、ステーションとかでもす〜ぐ住民のちょっとした噂を受付嬢連中に流しよるし……こんなもん、学食に出したその日のうちにバレるぞ!」


 少年は頭を抱えた。


「どーしよ……布教したいなあ『月見バーガー』……このままモヤってると俺はだんだん満月を見たらバーガー食べたくて発狂する月見信者になっちまう……」


 この全能たる私を差し置いて、新しい信仰に目覚めつつあった少年へ。


 ──良いだろう少年。ちょっと来たまえ。



*****



 私は少年を、ひょいと宙へ放り投げるように外へ連れ出した。

 同時に『透明結界インビジブル』という魔法をかける。これで周囲の者には、私たちの姿が見えなくなった。


「うえっ? なんだよ急に……」

 ──ちょうど夕飯どきだろう? そのシューが、今しがた何を食べているかステーションまで様子を見に行ってみようじゃないか。

「は、はあ。別に良いけど……見に行ってどうするんだ? あいつ、住民の中でも実は結構まとも枠じゃん? ほら、前にみんなで闇鍋Day.85した時だって……」

 ──おいおい忘れたのか少年? コハクの食の好みは少年はもちろん全能たる私でも耐え難い刺激の強さだっただろう?

「え。……あ!」


 どうやら少年も思い出したらしい。

 さてはシューのやつ。ありとあらゆる料理へ、皿からあふれんばかりの香辛料やデスソースを振り撒いて……──



「!?!!?」


 ステーションのロビーで輪を作り、ニコニコと受付嬢のみんなが食しているそれに私たちは絶句した。


 読者諸君に問題です。

 コハク族の生態については別に知らなくて構わない。──『鳥類』が好んで食べるものといえば、な〜んだ?


「……ワア……ワ、ワア……」


 語彙力を失った小動物ち○かわみたいな声を挙げている少年へ、私は説いた。


 なあ少年よ。

 少年がさっきみたくシューたちを思いやったのと同じくらい、彼女らだって少年や住民たちの食生活には、一定の理解を示しているだろう。

 あっちはあっちで日頃より弁えているのだから、別に難しく考えなくて良いんじゃないか? なんたって、シューはあらゆる世界まちのステーションで受付嬢を務めてきた大ベテランだ。相手の趣味や文化を受け入れる器量くらい、彼女はきちんと持っているよ。


「……そう、だな」


 少年は悩みの種が消え失せたように胸を撫で下ろす。


「こんな井戸端会議、レオンが天敵エルフよりもドン引いて逃げそうなレベルだもんな」




 かくして学食には新メニュー『月見バーガー』が導入される。

 妖精たちが提案した別のメニューの実装も同時に始まり、それを求めてかシューもお昼時に(デスソースを鼻息混じりに持ち込みつつ)学食へ顔を出してきた。


「ここっ? 市長さま〜ぁ、そちらのお品は?」

「人間族みんな大好き、秋の風物詩『月見バーガー』だよ」

「左様にございますか〜ぁ! わたくしぃもランチ、ご一緒してよろしくて?」


 机に向かい合って腰掛ける少年とシュー。

 二人は満面の笑顔で──がぶり。


「「いただきまぁ〜すっ!」」



(Day.92___The Endless Game...)

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