B-aパート

Day.97 人間関係の構築とかいう都市開発より面倒くさいゲームにようこそ

 俺は市長である。

 名前は……本当はあるんだけど、今のところ誰からも呼ばれていない。


 創造神に召喚されてから幾星霜。

 過去はいちいち振り返らない主義を抱いている俺でも、そろそろ「ここまでいろんなことがあったなあ」と懐古に浸りたくなってきた頃合いだ。

 今やあらゆる思想や文化を持った種族が住み着き、学校で新しい知識を育み、交通や経済のシステムを整え、ステーションや大使館を介して近隣都市いせかいとの関わりも持てるようになった。


 ようやく町らしい町になってきたから、俺はほんのちょっぴり気を緩めていたのかもしれない。

 忘れていたつもりはなかった。俺なりに気を使って、配慮していたつもりだった。

 けど、俺が召喚されてきた世界は、異世界でこそあってもゲームの世界なんかじゃ決してないんだって──特に『神様』は。

 俺は、神様連中のリアル過ぎる関係性をいつから甘く見てしまっていたんだろう。


「まずは『軍神ぐんしん』アレスの世界まちを一緒に攻め落としましょう! 私の愛するオーディンがいずれすべての世界まちを統べた時、その新たな秩序にあんなむさ苦しい肉だるまは必要ないもの」


 創造神室で、今しがた姉妹の契りを交わそうとしていた女神フレイヤからさも当然と言わんばかりの静かな圧力をひしひしと感じ、俺は心臓を押し潰されそうになっていた。



*****



「……ん〜?」


 ソファに腰掛けていた創造神は、俺から見てもあからさまに「いつも通り」を装っていた。

 健康志向なはずのやつが珍しくポテトチップスを持ち込み机へ広げたかと思うと、そのままパリポリ貪り始める。


「話が見えないんだが……なぜここでアレスやらオーディンやらが出てくるんだ? 我々が受け持っている世界まちと一切合切、関係なくないか?」

「あ・な・たこそ何を言っているの?」


 フレイヤは創造神へ妖艶に笑いかけた。


「私たちはずっと前からオーディンのお膝元じゃない──この世界まちに『アース十六』を抱えた時点で、ね?」


 賢明なるスノトラ。

 穏やかなるロヴン。

 神に最も近しいと言われる半神エルフ族の中でも頂点にくみし、決して群れることなく各地へ散らばり統治に携わっているという美と叡智の傑物──『アース十六』。


「そこな天使プリンが自称そらの代弁者なら、『アース十六』はオーディンの娘と呼んでも差し支えないほどに私やあなた、そこいらの神と契約を交わした程度では切っても切れない縁で結ばれている、そらの秩序とやらの奴隷でしょう?」


 俺は唐突に、走馬灯のように、かつてスノトラ先生をここへ召喚した日のことを思い出してしまった。

 あまり俺の都市開発に口を出してこない創造神が、たった一度だけ、新しい住民を誘致しようという時に強行な姿勢を見せたことがある。まさに、ここ創造神室で。

 結果、スノトラ先生は現れた。

 ただ一度目の召喚で『アース十六』という傑物の一角を呼び込んでしまったのは、創造神にとって計算通りだったのか、誤算だったのか。



 ああ──今更理解してしまった。

 エルフ族を必ず引き入れようとした創造神の動機を。

 やっぱり、このゲームはオンラインだったんだ。プレイヤー同士の連携──神様同士の関係がどんな政策よりも重要だった。


 俺はもっと早く知らなきゃいけなかったんだ。

 いや、なんでもっと早く教えてくれなかったんだ。

 オーディンという俺でも知っているほどに有名な神様が、名もない創造神にとってどれほどの影響力を持つ存在なのか。

 姉妹都市などという、俺の独断だけで神様同士の関係性をも揺るがしかねない政策を打ち出すよりもずっと早く──



「彼女らをここに住まわせている限り、その父にあたるオーディンの決定はそのまま私たちの世界まちの決定にもなり得る。お・わ・か・り?」

「いいやわからないな」


 創造神の返事は早かった。

 さも当然と言わんばかりの毅然とした態度で──おそらく自分よりもずっと格上であろうフレイヤに、少しも譲歩の姿勢を見せない創造神が、急に俺は頼もしくも恐ろしく見えた。


「全然わからないよフレイヤ。確かにオーディンは優れた施政者で、『天神てんじん』に極めて近しい神であるとも理解しているし尊敬もしているがね。その娘を借り受けているからと言って、彼の施政にこちらまで縛られなければならない道理は持っちゃいないなあ」

「……あら」

「きみが彼に倣いたいのであれば、従いたいのであれば、別に良いとも、好きにしたまえ。きみの世界まちなのだからな。私も、私の好きなようにやらせてもらう」


 きっと、創造神は初めからフレイヤへ告げる言葉を用意してあったのだろう。

 フレイヤが姉妹都市の提携に乗じてこんな話を持ちかけてくることも、ずっと前から心身ともにオーディンを愛して──盲信していることも、創造神は最初から知っていたのか。

 知っていたのに、俺の『姉妹都市』という提案にまったく反対しなかったなんて。



*****



「あ・な・た……ふうん? この『愛神あいじん』に向かって随分と生意気ね?」


 フレイヤが声色からわずかに不快感を漂わせても、創造神は少しも動じる気配がなかった。


「なあフレイヤ。きみがオーディンに肩入れするのは結構だが、アレスまで出てくるのはどういう辻褄だ?」


 普段と変わらない調子で、


「私と家族になってくれるんだろう? 私に協力できることがあれば手を貸すとも。オーディンとかいうよその神ではなく、姉妹のきみの力になるとも。、ね」

「弁えなさい名無し風情。お前の手が必要なパーツなんて私のボディにもワールドにも、アソコにだってないのよ」


 ますますフレイヤを不機嫌にさせていくが、はたして大丈夫なんだろうか。

 そう心配しつつ、俺はまったく二人の議論に割り込めなかった。というか、下手に割り込んではいけない空気がした。

 もともと嫌いなんだよ。学校でも異世界でも、こういう、人間関係ならぬ神様関係のゴタゴタに巻き込まれるのは……。


「い・い・わ。何も知らない愚か者にが教えてあげる」


 フレイヤはソファの上で腕を組み直し、創造神が一番聞きたがっているであろう水面下で起きているゴタゴタについて語り始めた。

 語ると言っても、フレイヤの語り口はいたってシンプルだったけれど。


「一度しか言わないからよくお聞きなさい?」











「『NTRねとろ』うとしたのよ」

「…………は?」

「アレスが、オーディンの従属オンナを、NTRねとろうとしたのよ」

「……………………は?」




 俺も、きっと創造神も、考えていることは同じだ。

 おいおいおいおいアレス先生。……お前が悪いよ!?



(Day.97___The Endless Game...)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る