Day.91 俺たちの戦いはこれから?よろしい、ならば戦略だ!

 結論から述べさせてもらえば。


 此度の運動会は白組の圧勝だった。

 このような結果となったのは、なんと言ってもアルパカたちの大玉送りで前代未聞の百万点を──いやいや、全能なる創造神わたしの前人未到たる超優秀な指揮能力に他ならない。

 さすが私。自分だけが体を張らずとも、頭さえちょちょいと使えば余裕で勝てちゃうことが証明されてしまったな。はっはっはっは。


 ……なんてのは建前で。

 実のところ私も少年も、出場者たちの誰もが勝敗や点数などさほど気に留めてはいなかっただろう。

 最終種目は全員参加のすったもんだな『玉入れ』だった。空高く掲げられた大きな自チームのカゴを、お手玉でいっぱいにするだけの単純明快なルールであったが、


「わ・た・し・も・投・げ・る〜!! タマで遊ぶの、大好きなのぉ❤︎」

「う〜んボクもずっと実況席に座ってて体が鈍ってきちゃいましたね。……混ざっても良いですかっ!? いいとも〜!?」


 などと勝手にグラウンドへ乗り込んできたフレイヤとプリンが、どっちチームの玉だとかカゴだとか関係なしに放っていくので、ルールはあっさりと崩壊した。

 紅白入り混じったカゴの玉。

 多すぎるロボットたちが大規模儀式イベント中のスクランブル交差点みたいに少年の体を押し潰してしまうことで「ぐえぇえぇ死ぬ死ぬ死ぬ! ギブ、ギブしますぅ!」とまさかのギブアップ発言が飛び出したり。


 ハナからしまいまで無茶苦茶だったが、ひとつだけ確かなことがある。

 運動会に興じている彼らの顔。──眩しくて明るくて、幸せそうだったのだ。



*****



 閉会式が終わり、グラウンドや応援席では片付け作業が行われている。

 しかし私と少年はこの作業を、生徒や先生たちにほとんどお任せしてしまった。

 仕事をサボっているわけでは断じてない。むしろ、私たちが為すべき本当の仕事は──本当の戦いはここからだ。


「楽しい見せ物、だったわぁ!」


 創造神室。

 フレイヤはよほど最後の種目に混ざれて満足したのか、上気した頬を手で仰ぎつつ、


「プ・リ・ン?」

「粗茶です!」


 あごで使うように、プリンに飲み物を俊足で持ってこさせる。

 カップに並々と注がれたお茶をあっという間に飲み干していくフレイヤの様を、少年は向かい合わせに腰掛けていたソファから、真剣な面持ちで眺めていた。


「お茶って、北欧系の神様でも飲むんだな……」


 ──そ、そこかい!

 私はてっきり『姉妹都市』の提携相手、つまり今後のビジネスパートナーとして、フレイヤの顔色を伺っているのだとばかり。


「いやいやだって、北欧神話はさすがに有名どころじゃん? 俺も大して詳しくないけど、いろんなゲームを嗜んでいれば自然とお目にかかるっていうか」

「う・ふ・ふ。私を知っているの、僕?」

「今まで見た中では一番イメージ通りだな。エロ……じゃなかった、美人で胸が大き……じゃなかった、プロポーションが完璧?」


 ──漏れてる漏れてる。本音がダダ漏れだぞ、少年。


「俺、実はちょっと図書館で調べたんだよね」


 すると少年はいつから隠し持っていたのか、分厚い本を掲げてくる。

 おそらく少年の出身地の言語で記されているのだろう。フレイヤや、彼女と出自の近い神々について伝承を長々と書き連ねた一冊だ。


「『アース十六』うんぬんの話を聞いたあたりから、スノトラ先生とか、エルフ族が北欧神話と何かしら関係あるんだろうなと思ってさ。……特に」


 パラパラとページをめくりながら、


「オーディン。こいつばっかりは、俺から見てもあまりに有名過ぎる」


 少年が口ずさんだ名前でフレイヤは、緩ませていた唇に少しだけ力を込めた。

 空気の流れまでもが変わりつつあったことに、少年がどれほど悟っているのか私にもわからない。


「アース神族のトップ。そこの自称全能とは違って、正真正銘の全知全能」


 ──こら少年。誰が自称だ、誰が! 神に向かって失礼だぞ!


「あんたはもともとヴァン神族っつう敵対勢力の出身だけど、双方が仲直りするためにアース神族に加わった……もっと言えば、オーディンとくっついた? 『愛神あいじん』だけに?」


 諸説あり、とはわざわざ少年も言い加えたりしまい。

 何より少年にとって重要だったのは、その本に記された話が事実か否かよりも──



「ほら、ここって一応『異世界』じゃん? 俺がいた地球ところで伝わってる話と、あんたたちの神様事情と、どのくらいマッチしてるのか気になっちゃうんだよな」

「そ・う・ね? 気になっちゃうわよねぇ?」


 意味ありげに微笑むフレイヤへ、少年は念を押すように。


「『姉妹都市』……なってくれるんだよな?」


 プリンもソファのそばで立ったまま固唾を呑み、取引の一部始終を見守っている。


「ロヴン先生だっけ? あんたの都市せかいにも『アース十六』のエルフが住んでる。あんたも十中八九エルフが前身だろうし……つまり俺たちは種族関係なく──派閥にも囚われることなく、仲良くできるって認識で合っているんだよな?」


 私は正直驚いた。

 まさか種族やランキングの差ではなく、派閥という単語が少年という施政者の頭にすでに浮かんでいたとは。

 少年はさほど、私たちの神様事情──人間関係ならぬ神様関係というものを知らないだろうに。



*****



 フレイヤはちょっとだけもったいぶってから、


「ねえ、僕。あなたがかつて暮らしていたという土地の名言を借りてお返事するなら『勘の良い餓鬼は嫌いじゃない』か・し・ら?」


 少年も、私も求めていた答えを用意する。


「良・い・わ。ぜひ姉妹、いえ、家族になりましょう? ちょうど私も『同盟』が組める相手を探していたの」

「そ、そうか! ……良かったな、プリン──」

「だ・か・ら」


 同時に突きつける。

 物事とは、取引とはそう簡単に上手くいくものではないという、異世界らしからぬ現実を。


「この大地により良き楽園を築けるよう手を取り合い、綺麗な水を汚す愚かなケダモノから美しき生命を守るべく、共に立ち上がりましょう」

「……え?」

「私たちが長らく紡いできた物語はすべて、『無限むげんそら』にて散らばった秩序を、今いちどひとつに束ねるための通過儀礼ですから」


 何を言っているのかわからなかったのは私も同じだ。

 聞き返すよりも早く、フレイヤが柔らかな表情と朗らかな声で歌ったのは。






「手始めに駆逐すべきは『軍神ぐんしん』アレス──オーディンがすべての星を統べた時、その新たな秩序に、あんな筋肉くらいしか取り柄がない汚物はふさわしくないもの」






(Day.91___The Endless Game...)



【作者のあとがき】

 2022年2月16日に連載が始まった本作。もうすぐ1周年ですね。

 不定期でもここまで息長く更新を続けられたのは、皆さんにたくさん読んでもらったり、応援していただいたおかげです。ありがとうございます。


 第5章はここまで。6章ではどんな都市開発が繰り広げられるかな〜?

 引き続き住民たちの活躍をお楽しみください!

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