Cパート 住民たちの運動会・後編

Day.88 この大会はご覧のカチク・スポンサーでお送りしております

 昼休憩が終わり、創造神専門学校(仮)運動会は午後の部を迎える。

 徒競走やリレーといった細々した種目が続いていたが、ここからは運動会の醍醐味とも言える、チーム対抗形式の種目が増えていくようだ。


「へ〜え次は『大玉送り』か! ド定番キタコレ!」


 グラウンドには全選手が集まり、びしっと整列をさせられる。

 赤色の帽子を深く被り込んだ少年が子どもみたく楽しそうにしていると、敵チームとはいえ創造神わたしもつい頬が緩んでしまう。

 なんやかんや運動会は青春の味だ。一度それを捨て去った元・不登校少年であろうとも、ひとたび環境が変わってしまえば何度でも取り戻せる夢なのだ。


 朝礼台にポツンと置かれた音楽カセットへ、てててと天使プリンが駆けていく。カセットの再生ボタンをぽちりと押し込めば、なにやら陽気な音楽が流れてくるのだ。

 とてつもなく聞き馴染みのある、呪いの音楽が。



*****



 ぶん、ちゃっちゃ……。

 ぶんちゃっ、ちゃ……。


「パッカー、パッカー、アルパッカー♪」


 へんてこな足取りで朝礼台の前へ躍り出たのは、いつのまに控えていたのやら『カチク・コーポレーション』のアルパカトリオだ。

 ちょちょちょ、ちょっと待て! 学校の関係者でもない貴様らがなぜここに! せっかくの聖なる学校行事を穢しにきたのか!?


「穢すとは失敬な。わたくしたちは紛れもなく、清廉潔白な種族で有名なアルパカにございます」


 清廉潔白どころか毛の根元まで真っ黒な代表取締役・クロが咳払いして、


「なにを隠そう、此度の学校行事は『カチク・コーポレーション』の提供でお送りしております」


 衝撃の真実を私ならびに全出場者たちへ告げる。

 ざわつくグラウンドへ続々と運ばれてくるのは神輿だ。種目に使うと思わしき大玉が神輿に乗って、ロボット社員たちによってえっちらおっちらと運ばれてくる。

 大玉のビニール布にはあたかも水玉模様のような顔をした、アルパカたちのイラストが全面に印刷されていた。


「それでは競技を始める前に、準備運動と題しましてカチク社歌を全校生徒でレッツダンスいたしましょう!」


 校長の私がなにも承諾していないうちから、再びカセットテープはいつもの酷いイントロを流し始める。

 ──ていうか、このたどたどしい伴奏。控えめにいって下手くそすぎるオルガン。どこかで聴いたことあるんだが?


「あ、これ先週録音したやつじゃね?」


 名乗りを上げたのはナンセンス界の『妖精女王ティターニア』ことアルファだった。

 ──やっぱりお前かアルファ! なぜよりにもよってお前の伴奏なんだ! せめて少年かスノトラに弾かせろ!


「わたくしの方から正式なオファーをさせていただいたのですよ、神様。彼女の演奏が一番、弊社のポリシーと企業カラーに適しておりましたので」


 営業部長のシロが前足、もとい腕をぐぐんと伸ばしながら答えた。

 う〜ん、全能の神をもってしても手に負えない! これは倒産待ったなし!


「ッララララー、ッママママー♪」

「カチクのミライをまもるためー♪」


 録音に合わせて、なぜかアルパカたちも自分で踊りながら合唱する。

 棒立ちな生徒たちが多い中、一部の洗脳済み……もとい真面目なロボットたちだけがキシキシと社歌を舞い踊っていた。

 ──ていうか、あれ? もしかして少年も踊ってる!? やめろやめろ、醜いアルパカたちの企業理念とやらに染まってしまうぞ!


「んなこと言ってもな……創造神。あらゆるイベントはスポンサーの存在があってようやく成立するってのが現代の社会常識だ。ああ見えてもカチクがこの町一番の大企業だし……金出してもらってる立場が、ミニコーナー程度に文句言えなくない?」


 ──や、やめろやめろ! 少年の年頃で醜い大人たちのブラック社会常識なんか身につけなくて良いから! 今やあらゆる常識が漂白され塗り替えられようとしているご時世なんだよ! 嫌なことは嫌だと言って良いんだよ!?


「ふ〜、非常に良い汗がかけましたね皆様! ですが本番はここからでございます」


 準備体操という名の布教活動が終わると、クロはなぜか自ら種目の司会進行までプリンから奪い取ろうとする。


「ルールは至って簡単! スタート地点に配置された大玉を、先ほどの神輿へ早く運んできたチームの勝利といたします! なお勝利チームには……なななっなあんと! 全種目で最大得点の、百万点が加算されます!!」

「いやそのインフレって普通、最終種目で導入するシステムだから!? もうこの種目に勝った方が優勝チームで確定じゃん!?」

「長いものに巻かれよという格言をご存知でしょう? 人間風情。スポンサーが直々にプロデュースしたり参加するに、予算やご都合主義が多く割り当てられるのも、またひとつの社会常識にございます」

「く、クソゲーだ! この運動会、やっぱりクソゲーだった!」

「なお副賞として勝利チームの全選手の皆様には、カチクより一週間ぶんの学食無料券を贈呈いたします」


 うおおおおおっ!!

 学食無料券、という響きに大盛り上がりを見せる選手たち。私も少年も、両チームの代表者ががっくりと肩を落とした。

 なんということだ……ついさっきまで青春ほとばしる聖なる儀式だったはずの運動会が、アルパカどもの乱入で一気にきな臭い大人の宴会と化したじゃないか。



*****



 かくして行われた『大玉送り』は、午前のリレーでこつこつと声掛けしてきた応援や盛り上がりがすべて霞むほどに大盛況で幕を下ろす。

 ロボットたちだけでなく、肉食系が多めなエルフの先生たちまで無駄に本気を出してきて、ラストスパートではヨルズの強烈な蹴りによって白い大玉が一足早いゴールとなる。


「パッカー! 白組の勝利です! おめでとうございます!」


 私はちっとも嬉しくなんかない。どう始末つけるんだ、ここから。

 まだ午後の種目は他にもいろいろ残っているんだぞ? ああ、ほら実況席もやる気全っっっ然無い! フレイヤ寝てるし! プリンお菓子食べてるし!


「ちぇ、負けちゃったか。欲しかったなあタダ券……」


 少年がとぼとぼと私のもとまで歩いてくる。

 落ち込むな少年、戦いはまだ終わっちゃいない……なんて気の利いたセリフすら出てこない。

 なにせ本当に戦いは終わってしまったのだ。百万点などという埒外な点数が白組に入ってしまった以上、もう紅組にはチーム対抗の覇者となる権利は失われてしまったも同然だろう──


「創造神。次の種目は負けないからな」


 しかし少年はケロッとした調子を取り戻し、私へ指を突き立ててくる。


「むしろここからが本番とも言えるぜ。あらゆる戦略シミュレーションゲームを網羅してきた俺が、一番本領を発揮できるのがチーム種目だからな。特に次の『騎馬戦』なんかは昼の間にいろいろ作戦立ててきたから、足を洗って待ってろよ!」


 そう言い残してチームのところへ戻っていくのを、私はポカンとして眺めていた。


 ああ、そうか。点数の大小とか、報酬とか、勝ち負けの結果なんか本当はどうだって良いんだ。

 運動会とはプレーそのものを楽しむ催し。種目の勝ち筋を立てて、実行に移して、その結果に一喜一憂する過程にこそ少年は価値を見出している。


 ──青春を取り戻した少年はまさしく、ひとつのゲームを攻略するみたいに運動会を楽しんでいる最中だ。



(Day.88___The Endless Game...)

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