Day.87 風の子は風邪をひかない(ただし元・不登校引きこもりゲーム廃人は除く)

「ぬかった……」


 アット・市長の家。

 寝室のベッドに倒れ込み、息も絶え絶えな中でかろうじて声を絞り出しているのは少年だ。

 少年の生活指導担当こと創造神わたしでも、さすがに頬を尋常でないほど真っ赤に染めている少年を見て「真っ昼間から寝こけているんじゃない」なんて叱れるはずがない。


「俺としたことが迂闊だった……都市開発ゲームでは……消防署警察署よりも……優先して建てるべき公共施設で有名なのに……」


 むしろ、もうこれ以上喋らないでほしい。

 仰向けに体勢を変え、ぐったりとしている少年の額から汗がにじみ出ている。私が額をそうと触れれば人間とは思えない灼熱の体温。


 なるほど。

 これが、人間誰しも逃れられない災厄と噂に聞く──『風邪』というやつか。



*****



 すべての発端は、すでに相当赤い顔をした少年が私の前に立ち、妙な提案をしてきたことにある。


「緊急クエストだ創造神。大至急『病院』を建設せよ!」


 その顔を見れば少年に告げられるまでもなく、緊急を要する事態であることは一目瞭然だった。

 建設よりもまずは休息せよ! とクエスト内容を強引に変更させた私が、ふらついた足取りをした少年を脇に抱え、えっちらほっちら寝室まで運んできたわけだ。

 ……いや運んできたは嘘だ。私は全能の神なので、魔法陣を足元に配置すれば家までひと息だ。


「うう……ごほっ、げほ……」


 とうとう咳までし始めた少年が、


「ちくしょう……なんで俺が……風邪どころかインフルエンザも、噂のコロナワールドだって発症したことなかったのに……」


 やはり上の空みたいなことを呟いている。

 ところでコロナワールドってなんだ? 病名か、あるいはどこかの近隣都市いせかいか?



 しかし、迂闊だったのは私も同じだ。

 なぜなら私や大概の種族にとっては、少年の主張する『病院』やら『医者』やらは不要の産物であった。

 種族によっては、耐性の高さから自身に害をなす成分や毒素の類をはじめから受け付けない。あるいは有害物質を体内に取り込んでしまったとしても、俗にいう『治癒ヒール』系の魔法が充実していて、よっぽど対応できてしまう。


 ゆえに不覚。これはひとえに、人間の脆弱さを甘く見ていた私の落ち度だ。

 ──さぞ苦しかろう少年。だが安心したまえ。

 私の知り合いでとりわけ治療魔法に詳しい神様を呼んできてやる! に任せればきっとすぐ元気になるぞ!


 というわけで、私は手狭だが寝室で魔法陣を展開させる。

 少しばかり神々の集会所──『白昼はくちゅうの夢』まで馳せ参ずれば、あっという間にひとりの女神を連れ寝室まで舞い戻ってきた。


 その名も『泉神せんしん』イザナミ。

 水属性魔法の使い手で、回復系や強化系の魔法をいろいろ取り揃えた対人サポートのスペシャリストだ。

 前世が少年と同じ人間族……という噂もあるしな。



「はあ〜い……お〜、ひさ〜……」


 のんびり屋さんな彼女でも、少年のただならない容態を見ればすぐに慌てて診察を始めるだろう……──


「ようせいさんの、こんくーる、ぶり……だよね〜……。にんげんの……しちょうくん、だっけえ? あのこ、げんきしてる〜?」


 ──……などと考えていた私が愚かでした。

 私の方が急いでかくかくしかじかを伝えると、イザナミはようやく切羽詰まった状況を理解したようで、


「あれれ〜……げんき〜、じゃ、ないね〜……」


 などと、ぼんやりしたまま少年の頬を胸を腹をゆっくり撫でていく。

 少しでも早く少年の体調を回復させてやってほしいと、私が伝えるとイザナミは、う〜んと間延びした唸り声を漏らす。


「かぜ……だねえ。ふつーの。にんげんがみぃんな……やるやつ……」


 ──そ、そうか! そうだろう! インフルなんとかでもコロナなんとかでも無いだろう! なればさっそく……。


「でもね〜……じぶんが、ちょーがんばって……まほう、つかっても……にんげんの、かいふくりょくが……あっぷする、わけじゃない、から……」


 いわく、あらゆる魔法はあくまでも魔力マナを有している種族がために存在しているのであって、魔力マナを持たず怪我や病気をもともとの自己再生能力に依存している人間族には、大した効き目がないらしい。

 もちろん、魔法によって少年の体を蝕んでいる病原菌を多少早く追い出すことはできるが、それですぐさま全回復! というわけにはいかないようだ。


 ──むむ……ままならない体質だな……人間族。まさか全能なる神々の治癒魔法が少年には適用外とは。

 とはいえ、この際気休めだろうと構うものか。どうかひとつ頼んだよイザナミ。


「おっけー……でも……にんげんって、どーしてすぐ……かぜ、ひくんだろね……」


 人間族が脆い体であることは確かだが、少年は自分自身が風邪知らずなどとのたまっていた。

 もちろんただの強がりだと思うが、もし本当に、少年が私の世界へ来てから体調を崩したのだとしたら。


 ──やっぱり、私の責任だ。

 長らく学校へも行かず人と会わない生活を続けてきた少年が、召喚された途端、市長として数多くの仕事をこなし、いろいろな種族の住民たちと触れ合わなければならない生活へと姿を変えたのだ。

 きっと本人さえも気付かないうちに、身体的にも精神的にも軽くないストレスを抱え込んでしまっていたのだろう。



*****



 尽くせる限りの治療行為を尽くしてくれたイザナミが、自分の世界へと引き返していく。

 再び静かになった寝室で、少年はすぅすぅと寝息を立てていた。

 汗だくになってうなされていた先ほどよりかは、幾ばくか安らぎを取り戻しつつあったように見える。


 ──ゆっくりおやすみ、少年よ。

 久しぶりにベッドのそばで子守唄を聴かせてあげよう。

 少しでも少年の心が癒されるように。一日でも早くいつもの生意気盛りな態度を私へ取りに来る程度の健やかさを。



 ちなみに、少年は数日程度で全快した。

 人間といえど、少年はまだまだ若いからな。回復力が人並みよりも高かったのだろう。もちろんイザナミのおかげでもある。

 そして私は元気百倍の少年から、こんな話を嬉々として聞かされるわけだ。

 私がとある用事で不在にしていた日、少年は寝る暇も惜しんで住民たちと日夜ゲーム大会に勤しんでいたとか。


「俺はたいがいソロプレイ主義だったけど、マルチでパーティなゲームも案外捨てたもんじゃないな創造神。なあ、仮想空間的なものって作れたりしないの? 今度はFPS的なサバイバルゲームで徹夜オールしたいんだけど……駄目?」


 ──……おい。おいこら少年。

 少年が風邪ひいた原因、絶っっっっっ対、徹夜それじゃん!?



(Day.87___The Endless Game...)






【作者のあとがき】

 実は第5章Bパートでお届けしたエピソードは、他サイトにて開催された「冬の5題小説マラソン」という企画に参加している内容を先行掲載しております。

 どーりで冬関連のエピソードがやたら多いなあと皆様も感じたでしょう?(笑)

 最近はキャラも増えたし、ストーリー的にも「一話完結形式」ルールをなかなか守れずにいたので、たまには日常回と称した単発エピソードを組み込みたいなと考え、このような形で発表しました。楽しんでいただけたでしょうか?

 夏場を迎えたら、同じように季節モノの日常エピソードを挟みたいですね。

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