Day.86 天体観測などバカらしい。そんなに見たけりゃ空を飛べ!

「シリウス、プロキオン、ベテルギウス……」


 ある冬の夜。

 個人レッスンを受けた帰り道。少年おれを家まで送ってくれるとスノトラ先生。

 そんな優しい先生へ、俺は我が物顔で星を語り聞かせていた。


「昔、冬休みの宿題で調べたことがあるから分かるんですよ。あれが『冬の大三角形』と呼ばれるやつです」

「へ〜♪ 市長くん、とっても物知りなのね〜♪」


 スノトラはいつだってニコニコと、長い白髪を揺らめかせながら楽しそうに俺の話を聞いてくれる。

 あんまり嬉しそうに振る舞ってくれるから、どうせ愛想笑いだとは分かっていてもついつい調子付いてしまうもので。


「ちょっとドライブしに行きませんか? あの星までどのくらい近付けるか試してみたいんです」


 俺はなにを隠そう、中学生の身分でありながら車の運転ができる。

 異世界に自動車免許の概念などあるはずもないし、なにより異世界の車は空を飛べる特別仕様だ。

 そういえば、空飛ぶ車を持っていながら飛行可能な……もとい走行可能な高さを検証したことは一度もなかったな、と俺は気が付く。


「あら〜良いですね〜♪ スーもぜひお供させて〜♪」


 スノトラ先生が快諾したので、俺はさっそく家まで車を取りにいく。

 ステーションまで続く高架橋の下。

 俺は助手席へスノトラ先生を乗せハンドルを握りエンジンをかけ、アクセルを──



*****



 ──……アクセルを踏むより早く。


「しゅっぱ〜つ♪」


 先生の掛け声で前進を始める車。

 俺の脳内がクエスチョンマークで埋め尽くされているうちに、とうとうタイヤが地面から離れてしまった。

 運転せずとも勝手に宙へ浮かぶ車の挙動に、


「え、あれ? なんで……」


 俺ははたと思い至る。

 今この車を動かしているのは俺じゃない。隣りではしゃぐスノトラ先生だ!


「すっすすす、スノトラ先生! もしかして今、魔法使ってます」

「はい〜♪ 市長く〜ん、遥か高みをスーと一緒に目指しましょう?」


 俺が慌てて問いただせば、先生はニコリと微笑みかけた。

 おそるべしエルフ族──半分神様と書いて半神エルフ族!

 とある天使族からは以前、車のことを「飛行できて当然のボクらにはまったく需要がない」などと一蹴されたけども!


「スノトラ先生、あなたもか……!」

「私の魔法属性は『光』です〜♪ 流れ星のように、いえ、光よりも早く『冬の大三角形』とやらに追いついて見せましょ〜!」


 瞬間、車がありえないペースで速度を上げていく。

 大気圏でも突破しちゃうんじゃないかってほどの勢いで、ぐんぐんぐんぐんと上へ上へ昇っていく。


「こっ、怖い怖い怖い怖い怖い怖い!! 先生っ、俺が悪かったです!! もう止めてくださいぃいいいいいっ!!」

「ところで市長く〜ん♪ 『冬の大三角形』に追いついたらなにがしたいの?」


 聞く耳を持たない先生が、


「星をひとつ増やして三角形トライアングルではなく四角形スクエア……いいえ。いっそ思い切って五角形ペンタゴンに、あのアステリズムを再構成してみない?」

「アイデアもスケールも人間の次元じゃねえ!?」

「当然♪ だってスーは、半分神様と書いて半神エルフ族ですもの〜♪」

「環境破壊!? ってか宇宙破壊!? 世界征服よりもなんかやばそう!? や、やめましょう先生! お願いもう止めて!」

「さぁ行く〜んだ〜♪ その〜顔をあ〜げて〜♪」


 上機嫌で歌い出すスノトラ先生。さすが美人は声も美しいし音楽教師は歌もお上手だが、だからってその歌声で新しい風が吹いたり心が洗われたりするものか!



 ハンドルを手放し死にかけのミイラと化してしまう俺。

 いつから気を失っていたのだろう、次に意識が覚めた時には、車は速度をがくっと落とし、高度も遥か向こうの山くらいにまでは下がっていた。


「あ……あれ……?」

「ごめんなさい市長くん」


 そうと助手席へ視線を移せば、申し訳なさそうに眉を下げた先生の顔がある。


「まさか気絶するほど怖がらせてしまっていたとは思わなくて……」


 え、と変な声を漏らす。

 俺はてっきり意地悪されているものだとばかり。どうやら先生は本気で俺のことを楽しませようとしてくれていたらしい。


「い、いえこちらこそ……ビビリですいません……」


 ジェットコースターに乗れない人間の、遊園地でのノリの悪さみたいな雰囲気を醸し出す俺へ、


「どのみち、わたしもあれ以上、高度は上げられなかったのよ」

「そ、そうなんですか?」

「人間だろうとエルフだろうと、所詮は等しく星の下で生まれ落ちた従属風情。彼らの力に……いいえ。『無限のそら』が作りし自然の摂理には抗えないということね」


 要は、理科の授業でも習う常識的な話だ。

 宇宙船でもない乗り物にて、酸素がない空気中で生き永らえることは不可能。それは人間だけでなくエルフも同じというわけか。


「『無限のそら』……やっぱり宇宙が最強ですか」


 スノトラ先生は寂しそうに微笑む。


 空を飛ぶ、宇宙へ行く。あの星に追いつく──

 科学でも魔法でも、長年追い求めてきた究極のロマンは、人間だけでなく他のあらゆる種族がずっと抱き続けている。



 創造神。なぁ神様。

 お前ならひょっとして、その細っこい体で宇宙を旅できるのかもしれないな。



(Day.86___The Endless Game...)

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