Day.85 闇鍋だヨ!全員集合 〜異世界のトンデモ具材を紹介します

「あ゛〜……ざむい……」


 アット・市長の家。

 リビングに置かれていた食事を取るためのいつもの机は、家のあるじたる少年の要望によって冬仕様となっていた。

 足元全体を厚地の布で覆い、ほんの少し創造神わたし魔力マナを込めることで、布の内側に熱がこもるよう設計させられたのだ。


 そう──ちまたでは、こういった神の器を「炬燵コタツ」と呼ぶらしい。



「おい、家具は作れるのに気候はなぜか作れない創造神」


 嫌味をわずかに含ませた物言いで、


「今夜はお前も参加するだろ? 闇鍋パーティ」


 少年がそう念を押してきたので、私は改めて問いただす。


 ──そもそも「闇鍋」とはなんなのだ?

 普通に鍋料理と呼ばない理由を私は知りたいんだが。

 いったいこれから、なにを食べさせられようとしているのか……少しくらいは教えてくれたって良いじゃないか。


「駄目駄目! なんの具材が入っているか、その鍋を箸でつつくまでわからない──それが『闇鍋』のゲーム性ってやつよ」


 少年がそんなことを言っているうちに、訪問を知らせる鈴が玄関から鳴り響く。

 今夜のパーティに招かれたのは、妖精族のアルファ、天使族のプリン、コハク族のシュー、そしてホーオー族のザクだ。


 ──ふむ? 少々珍しい顔ぶれだな。

 今やアルファとプリンは少年の遊び相手として常連だが、シューとザクが家までやってきたのはこれが初めてじゃないか?


「ここっ、お邪魔いたします〜ぅ!」


 シューはくちばしをカチカチ鳴らしながら、コタツに持っていた手提げ袋をどかりと置く。

 中を見れば野菜やらキノコやら、シューが持ち寄ったのは鍋に入れる具材としてはいかにも定番ばかりだ。

 ──な、なんだ。結構普通じゃないか。少年があまりに脅してくるから私も身構えていたんだが……。


「はぁ〜い、わたくしぃは普通に美味しぃくいただける具材を手配いたしました〜ぁ。ゲテモノばかりでは皆様、胃もたれなさるといけませんので〜ぇ」


 ゲテモノ……。シューの不穏な返しに、他の客たちも顔を見合わせあう。

 するとザクは綺麗な赤い羽をひらめかせつつ、


「あたしも物珍しい具材はひとつも。ホーオー族の間では有名なものばかり」

「うっす、あたしも。妖精ならでは具材って感じ」

「ボクも天使ならみ〜んな食べてる奴ですよ! ぜひ神様や市長さんにもご賞味いただきたくって!」


 そんなことを言うので、他の面子も右に倣おうとする。

 種族ならではの鍋具材……という表現に、今度は私と少年が見つめ合った。



(創造神……おい、創造神)

 ──うん。なんだね少年。

(俺の経験則によればこいつらの普通って、全然普通じゃなかったりするんだけど……本当に食べて大丈夫だと思うか?)

 ──完全に同意する。間違いなく危ないよ少年。少年の身に何かあったらいけないから、ここはひとつ全能たる私が体張って、毒見役に徹してあげないこともないぞ?

(まじで!? ……いや、駄目だ創造神。たとえそれが罰ゲームでも、人に嫌なことを押し付けながら遊ぶゲームほどつまらないプレイスタイルは無いからな)


 怖いもの知らず、いや怖いもの見たさな少年が、鍋に火をかけグツグツ出汁を煮立たせたまま、とうとうリビングの照明を消した。

 住民たちが持ち寄った具材を次々放り込んでいく音を、私はハラハラしながら暗闇の中で耳立てるしかない。


 さあ、闇鍋が完成だ。それじゃあさっそくいただきま〜す……。



*****



 ……………………ガリッ。

 暗闇の中、私の隣りで箸をつついていた少年からいかにも硬そうな音がする。

 だ、だだ大丈夫か少年? 鉄でも食べさせられているんじゃなかろうな!?


「もぐ……んぐ……いやヘーキ……肉っぽい味はする……もぐ……でもなんか上手く噛みきれない……ナニコレ?」

「あら、たぶんあたしのね」


 少年の咀嚼音を聞きつけたザクが答えた。


「尻尾よ、尻尾」

「うぐ……尻尾? もしかしてザクの?」


 ホーオー族は不死かつ高い再生能力で有名だ。

 ザクも自分の店ではしばしば、己の肉を文字通り煮るなり焼くなりして客たちに提供していた。よって「ザクの肉です」と言われても私たちは特段驚かないのだ。

 しかし、ザクから返ってたのはさらに予想の斜め上をゆく回答で。


「ええとね、うふふ。……レオンくんの尻尾❤︎」

「────」


 少年は危うく吐き出しかけてしまう。

 レオンって……え? あのレオンか!? リザードマンの美容師のレオン!?

 最近はきみに随分と首ったけらしい、私たちもよく知るあのレオンですよね!?


「ええもちろん。彼も、尻尾だけは簡単に生えてくるらしいから」

「と、トカゲ理論……」

「とは言っても、生えてくるにはそこそこ日数かかるんですって。最後まで残さず、鱗まで食べてあげてね? 次に食べられるのはいつかわからないわよ?」


 もう二度と食べてやるものか! と少年は内心で叫んだに違いない。



 ……………………ザラリ。

 今度は私が不思議な口当たりでフォークを止める。出汁以外の味がまったくしない……というか、噛めば噛むほど布を食べているような気分に陥る。ナニコレ?


「あ、たぶんあたしのだわ」


 私の咀嚼音を聞きつけたアルファが答えた。


「皮せんべいっす。なんつーか、妖精が脱皮した残りもん?」

「妖精の脱皮!?」


 私よりも早く仰天したのは、ようやく肉を飲み込んだばかりの少年だ。


「脱皮するのか!? 初耳なんだけど!? ていうか食えるの、美味しいの!?」

「ま〜味はぶっちゃけイマイチよ」

「じゃあ食うなよ! 怖いよ! 皮とはいえ他種族じゃなくて、自分たちの体を食べちゃう文化って超怖いよ!!」

「これ、いわゆる縁起物ってやつ。無事に脱皮できて大人になれたっつーお祝いで食べるもんなの。産毛ならぬ産羽根うぶばねもみんな絶対一度は食べるよね」

「羽根も食えるの!? む、虫じゃないんだから……!」

「っつーわけで大事に食べろよ人間風情。これ、激レア食材だからな?」


 もう二度と食べてやるものか! と少年は再び内心で叫んだに違いない。



 …………………………モチ。

 今度は私にも少年の口にも謎の団子が入ってくる。味は肉々しくて存外悪くないし、食感も餅みたいで、まあ美味しいっちゃ美味しいんだが……ナニコレ?


「消去法的にプリンの持ち込みだよな? ナニコレ? 人生で食べたことなさげな感じなんだけど」


 少年も同じ感想を抱いたようで、モチモチ噛みながらプリンへたずねた。

 するとプリンはひどく楽しげにはっきりと、堂々と衝撃的な回答をしたのだ。


「はい市長さん! 今朝に睾丸こうがんです!!」

「ぶっ!!」


 吹き出した。ついに少年は具材を吹き出してしまった。

 睾丸こうがんとはなんぞや、とは私もあえて説明しない。ピンとこなければ各自で検索ググってくれたまえ。

 プリンがあまりにも堂々と発言するので、少年は顔が暗くて見えないながらもあきらかに困惑を隠せていない。


「え、な、あ、悪魔、の」

「そうなんですっ! 食材そのものの栄養も満点、それを調という、天使族の間で超絶大人気な優れものでして!」

「調達、って、と、取ってきた、のか? 一狩り行こうぜ、ってか……!?」

「久しぶりに一狩りしてきました! 楽しかったですよ〜苦労もひとしおでしたけど。じっくり味わってくださいね市長さん。これ、けっこーレア食材ですから!」

「もう二度と食べてやるものか、ってか二度と狩ってくるんじゃねえ!!」



*****



 少年は三度、いや今度こそ本当に叫んだ。

 騒然とするリビングで、シューがおもむろに取り皿の交換を提案してくる。なにげなく皿を取り替えてもらった私は、皿へ具材を放り込み、ひょいと一口。



 ──……んぐっ!? が、ががっががががががらぁっ!? ナ゛ニ゛コ゛レ゛!?


「はぁ〜い、そろそろ味変はいかがぁと思いまして〜ぇ」


 シューはまるで悪びれもせず答えた。

 交換した取り皿に入っていたのは、舐めた瞬間すべての生命を死に至らしめるんじゃないかと勘繰るほどに激辛なソース。少年もうっかり舐めてしまったらしい、椅子から転がり落ち床で「ナ゛ニ゛コ゛レ゛!? いだい──」などと悶絶している。


「ここっ? もぉしや……お口に合いませんでした〜ぁ?」


 照明を付けたシューが、首をもたげさせ不思議がりながら手にしていたのは赤黒い液体の入った小瓶。


「こちらコハク族では定番のぅ……人間族で言うところの『市販』レベルで流通しているタレですよ〜ぉ? えぇ? わたくしぃが辛党? い〜ぇいえ! この程度、辛いのうちに入りませんから〜ぁ!」


 闇鍋、もとい闇のゲームは、こうして半強制的にお開きとなる。

 私は今夜の悲惨な有り様でまたひとつ新たな学びを得た。

 ……うん。もう二度と闇鍋なんかしない!



(Day.85___The Endless Game...)

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