Day.83 なんでも魔法で作れば良いってもんじゃないんすよ、まじで
今にも雪が降ってきそうな白い空と極寒の外気が、ただでさえ引きこもり気質な少年を、自身の家へと留まらせる。
とうとうリビングに導入された「
「今の世間様じゃあリモートワークとテレワークこそ正義だ」
少年は自分にとって都合の良い正義を振りかざしながら、
「だからこれは自堕落なんかじゃないぜ、創造神。昼に起きるのもコタツで仕事するのも、いろんな会議に通信で出るのも、現代ならではの合理的な働き方ってわけよ」
──いやいや、少年。
夜はスノトラの個人レッスンがあるだろう? 学校にもちゃんと顔を出すんだぞ。
「ちぇっ。ピアノだって今時は、リモートレッスン導入している先生も別に珍しくないのにさ……なんで導入しないんだスノトラ先生は」
みかんを貪りながら不満を垂れる少年へ、私は言って聞かせた。
──賢明なるスノトラはちゃんと理解しているのだよ。
生徒の調子も従属の調子も、直接顔を見ることで初めてわかること、気が付くことがたくさんあると。
仕事の効率ばかり追い求めているようでは、最高の世界を作るという私の悲願を、本当の意味で果たすことはできないかもしれないぞ?
「は? な〜にを意味ありげなそれっぽい高説を──」
「いやあ深いっすねえ、まじで!」
窓から。
私が換気のために開けた窓からぬるっよ入り込んできたのは、妖精ベータだ。
相変わらず虹色の髪と、派手なファッションをしたアルファに負けず劣らず外見のうるさい住民である。
*****
「市長さん。ちょおっと今晩は、ここに泊めてもらっても良いっすか?」
そう頼み込んでくるベータが両手に抱えていたのはカゴだ。
カゴの中には毛糸らしき玉や、針仕事をするに必要であろう道具一式が詰められている。
「どうしたベータ? ……はっ! さてはお前、まあたアルファと喧嘩して移住するとか言い出すつもりじゃないだろうな?」
「まっさかあ! 俺たちは超絶仲良しバカップルっすよ、まじで!」
「いや自分でバカップルって言うなよ……」
「今晩の俺は、アルファに最高の贈り物をする、ちょいと遅めのサンタクロースになるんすから!」
ベータはこたつの板上にであぐらをかき、二本の棒切れを使って器用に毛糸を編んでいく。
どうやら彼がわざわざ市長の家へ乗り込んできたのは、アルファや他の妖精たちに秘め事を見つからないようにするためだったらしい。
「ふうん。で、何作るんだ?」
「マフラーっすよ! 彼女に贈りたい冬のプレゼント人気ランキング堂々一位のアレです、まじで」
「そうなの? 初耳なんだけど……ソースどこ?」
少年が問いかければ、ベータは堂々と。
「俺調べっす! 知らんけど」
「いや知らねえのかよ! 適当抜かすなパリピ! しかもソースは適当なのに流行語っぽいワードだけはきっちりリサーチしてるじゃないか、さすがパリピだな! ……いやいや、異世界に居たら今の日本の流行語なんか俺も知らんけど!」
私は漫才みたいなやり取りを聞きながら、ふと思い立ってベータに提案してみる。
妖精ベータ。ランキング云々は私も知らないが、マフラーをアルファに贈るという話であれば私もいろいろ協力できることあるぞ?
なんだったら創造魔法で理想のマフラーを作ってやれるし、あるいは世界中のカタログを取り寄せ、きみが気に入ったマフラーを召喚することもできる。
自分で手作業で糸を編み込むよか、よほど建設的で、それこそ効率が良いんじゃなかろうか?
すると、ベータははっきりと答える。
「神様。さてはモテないっしょ?」
──え? いや、モテるモテないの問題では……。
「バレンタインの本命チョコを市販で済ませる女がどこにいますか? 魔法で
──そ、そうなのか? 贈り物事情はよくわからないが、誰もがベータみたいに器用なわけじゃあるまいし、市販には市販の良さがあると私は思うけどなあ。
どうやら私だけでなく少年もベータに物申したいことがあるらしく、口を尖らせて反論する。
「俺はどうせチョコもらうなら、美味しいほうが嬉しいけどな。服だって長持ちするやつのほうが有難いし……時々いるんだよ。周りに便乗して手作りしたは良いけど味も見た目もイマイチなチョコを送りつけてくる自己満女子が」
「あちゃ〜、市長さんもわかってないっすねえ」
ベータは人差し指をチッチと振り子時計みたいに。
「モテる男がもらったプレゼントで評価するのは、いつだって完成形じゃなくて完成に至るまでの過程なんすよ。プロセスを見るんすよ。一生懸命手作りしたという事実が、その愛情が、俺たちのハートを熱くしてくれるです。まじで」
「へ、へえ……そういうものか」
「そういうものっす。だから俺も、アルファに贈るものはいつだってハンドメイドと決めてるんすよ。アルファがくれる手作りのクッキーやピアスに、俺はいつもまじで萌えているっ!」
そう叫びながら、せっせと手を動かすベータに、少年もそれなりに感化されるものがあったらしい。
「そっか、頑張れよベータ。お前らカップルの親密度が、そのまま住民の幸福度として
住民の幸せ──すなわち
私も少年も、ふたりの末長い恋路を心から応援しているとも。
*****
……これはあくまで後日談だが。
コタツの温もりを求めて市長の家に駆け込んできたアルファから、おもむろにこんな相談を受けた。
「あたしの彼氏がさ〜、記念日のたびにいっつも新しい服をプレゼントしてくれるんだけど」
頭の水玉リボンを憂鬱そうに揺らしながら、
「デザインがあんま好みじゃないんだよね。いや裁縫スキルはめっちゃあるんだけど、センスが合わないっつーか、そもそも服は全部自分で作る主義っつーか」
ふくれっ面で私と少年の前に掲げてきたのは、いつぞやにベータが編んでいた例のマフラーだ。
私と少年は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。
「……あ、アルファ。そう思ってるんなら直接ベータに言ってやったらどうだ?」
「いや〜だって申し訳ないじゃん。せっかく一生懸命作ってくれてるのにさあ、要らねえとはさすがに言えないっつーか。……あのさ人間風情。お前からさりげなくイイカンジに、あいつへこの話、上手いこと伝えてくんない?」
「……ええ〜……」
──市長の仕事というやつはどうにも厄介だ。
恋愛シミュレーションゲームとやらが苦手と豪語している少年でも、時には住民たちの恋愛模様を、影から支えてやらなくちゃあいけないなんて。
(Day.83___The Endless Game...)
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