Day.80 これは、スポーツであっても遊びではない…!

「だ・け・ど……」


 実況席のマイクをオフにして間もなく、フレイヤ様はボクへ耳打ちしてきます。


「どちらかのチームに性能スペック的な偏りがあるわけじゃないんでしょう?」

「え? ……あ、はい、まあ。エルフの先生方がチームを均等に振り分けたってお話でしたから」

「だったらぁ、紅白どっちが勝つかなんて、だいたい決まっているじゃなぁい?」


 ボクは目を丸くしちゃいました。

 おやおやフレイヤ様、わざと選手たちに聞こえないタイミングでぶっちゃけちゃうじゃ〜ないですか!


「ず・ば・り……リーダーが強いほう、よ」

「うぇ? リーダーが? ええと、つまりフレイヤ様。神様と市長さん、いったいどちらの身体能力が優れているかという話で──」

「個体の能力は全然関係ない。だってえ、すべてがすべてチーム戦ってわけじゃあないのでしょう?」


 う〜ん、確かに!

 実は午前中のスケジュールなんて、徒競走とかリレーとか、個人種目ばっかりなんですよねえ! ぶっちゃけ見応えないなあ。より順位が上だった選手に、多く点数が入るだけの作業ゲーじゃないですか。

 いちいち結果発表とか途中経過とか、やっちゃいます? そんなところで、割いて良いんです?


「う・ふ・ふ……お手並み拝見ね」


 フレイヤ様がとろんとした目つきで見つめていたのは、神様ではなく市長さんのほうでした。

 果たして、フレイヤ様の発言にはどんな意味が込められていたのか……。



*****



 いっぽう、紅組の観客席。



(プリン、結構うまいこと仕切ってくれてんなあ)


 炎天下の日差しを鬱陶しがりながら、真っ赤な帽子を被った少年はパタパタとうちわを仰いでいる。

 グラウンドではひたすら距離の違う徒競走が行われており、ロボットや妖精たちがグループごとに分かれ、ピストルの合図と共に全力疾走を繰り広げていた。


(公平に審判してくれそうな奴をと思って適当にチョイスしたけど、あいつ、司会とかこういう仕切り系が向いているのかもな)


 ときおり、小中学校の運動会でもお馴染みのフレーズがスピーカー越しに聞こえてくる。

 明快な声でプリンが「ただいまのチーム成績は紅組が百二十ポイント、白組が百七十ポイントで〜す! 白組優勢! 紅組の皆さん、頑張ってくださ〜い!」などと経過報告していた。


 そんな張り切ったプリンを眺め、少年はふと思う。


 いつだかにゴンドラでプリンが語っていた、神様になりたいという彼女の夢。

 もしかしたらあれは、本当に神様という立場や種族に生まれ変わりたかったわけじゃなくて、どこかの都市せかいで誰かにとっての神様──つまり「リーダー」になりたかっただけなんじゃないだろうか。

 みんなに頼られたい、認められたい。

 天使でなくとも、人間の誰しもが少なからず抱き得るであろう、一種の承認欲求こそが彼女の今までの原動力となっていたんじゃないだろうか。



 そんな物思いに耽っている少年へ、


「市長く〜ん♪ チームの応援さぼってちゃあ駄目ですよ〜?」


 歩み寄り隣の座席へ腰掛けてきたのは、同じ赤い帽子を被ったスノトラだ。

 ちょうどグラウンドでも、同じく紅組の妖精ベータが「妖精グループC」のいち選手として発走しようとしている。


「さぼってませんよ、スノトラ先生。いかんせん俺は運動会じゃあ戦力外も同然なんで、全力でみんなの応援に徹しようと思って!」


 急にうちわを振り回し、少年がフレーフレーと掛け声を上げ始めていると。



「あらあら〜♪ 市長くん……それ、本気で言っているの?」


 途端にスノトラが真剣な顔つきで、


「確かに前半は個人参加の種目が多いけれど。だからって、チーム対抗戦が増えるまでは応援に徹していればじゅうぶんだと?」


 そんなことを言い始めるから、少年は不思議そうにスノトラを見つめた。


「……え、どういう意味ですか? だって、個人種目じゃあ応援くらいしか他にやることが」

「あらあらあらあら、市長くんらしくない。これは学校行事といえど真剣勝負、それも解説席では姉妹都市の神様も市長くんを見にきているのよ」

「はい? 俺を?」

「ほら、見て」


 スノトラが指さしたのは、校舎一面にデカデカと張り出された点数表だ。

 先ほどのプリンの報告とまったく同じ点数が書かれている。現在は白組に若干の遅れをとっているようだった。


「市長くん。あなたは、この状況を見過ごせるとでも?」

「……? そんなこと言われたって、俺にはどうしようもないじゃないですか。だって各チームの選手は、先生たちがちゃんと平均値にチーム分けしてくれたんでしょう? ちょっとやそっとの点差はたまたまですって──」



 ──はっとした。

 少年はここでようやく、スノトラの真意に気が付いたらしい。


(ちょっと待て。各チームの戦力差はほぼ同じ、だと? だとすれば、個人種目だけで点差が大きく開くような偶然はそうそう起こらない……はずだ。本来であれば!)


 慌てて白組の観客席を見れば、少年の目に映ったのは敵の大将、創造神。

 そして、創造神の隣りに真剣な顔で鎮座しているのは──ヨルズだ。

 くっちゃくっちゃとガムを噛みながら、選手のリストと赤ペンを片手に、なぜかげんなりした表情を浮かべている創造神へしきりになんらかの指示を送っているのが見えた。


(よ、るず先生……そうだ、あっちにはヨルズ先生がいるんだった!!)


 ロボットクラスA教室の担任、ヨルズ。

 噂によれば生徒それぞれの素の性能スペックと学習能力を事細かに記録し、授業やレッスンの進捗具合を見ながらその都度カリキュラムを変えているという、エルフにしてはやけに勤勉な音楽教師。

 そのストイックさと合理的な性分は、彼女のとある趣味にも顕著に現れていた。


「しまった……!」

「やっと気がついた? 市長くん」


 スノトラは赤い目を細め、青ざめていく少年に忠告する。


「ヨルズはエルフ界隈でも有名なレース賭博通いのギャンブル中毒。あの狂人にかかれば──彼女の采配にかかれば、神聖なる運動会でさえも単なる点取りゲームではなくなってしまうのよ!」



*****



 少年は完全に見落としていた。

 あれほど都市開発ゲームをはじめとするありとあらゆるシミュレーションに通じていたはずの少年が、みすみす先手を取られてしまっていたのだ。


「そうか! これはいわばパ○プロとかウ○娘の類! 戦略ストラテジーにも通じる、選手ごとの能力を見極めいかにスタメンで勝敗を有利に進めるかのゲーム!」


 運動嫌いが祟って、うっかり失念してしまったらしい。

 頭を抱えた少年が叫ぶ。


「まずいですスノトラ先生。このままじゃ、点差は午前の部でもっと開く……!」

「ええ。私たちもなにかしら手を打つべきね」


 しかしスノトラが本当に懸念していたのはヨルズではない。

 比較的のほほんとしていた実況席で、しかし赤い目を密かにぎらつかせているフレイヤの表情が、スノトラには女神ではなく悪魔の類に見えていた。


「市長くん。私たちはあの神様に試されている。この世界まちが本当に『姉妹都市』提携を結ぶべき地であるか否か。市長くんが彼女の商売相手ビジネスパートナーにふさわしい政治家であるかどうか──!」


 本当に試されているのは、少年市長のリーダーとしての資質。


(ちくしょう。プリンのことをどうこう言っている場合じゃねえ……!)


 少年は息を呑む。これは、ただの学校行事ではない。

 この都市せかいの命運がかかった、一世一代の大勝負であると……!






(Day.80___The Endless Game...)

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