Day.75 夢と希望は自ら望まなければ得られない利益ですよ市長さん!
さくっと前回までのあらすじ。
デート……じゃなかった、町案内の締めに乗り込んだ観覧車のゴンドラで、いきなり天使が『
以上あらすじ終わり。なんだそりゃ。
「てん……じん?」
「はい! あ、市長さんは『
「お前神様になりたいのか?」
声がひっくり返る。あまりの衝撃に喉が渇きすぎて、大きな声も出せない。
プリンは微塵もふざけた様子がなく、大真面目な顔でうなずいた。
「ボクは天使ですから、今は文字通り
その目にも言葉にも一切の迷いがなく、俺は口を半開きにしたまま黙ってプリンの展望を聞いてやることしかできない。
「ですので、今はとにかく上を目指して邁進するしかないんです! 少しでも早く、より高い順位までボクが世界ランキングを導くことに成功すれば、おのずと現職の『
「……は……あ」
「そもそも『
──おい創造神。聞いたか今の話?
この天使、お前よかよっぽど神様に向いているぞ。
可能不可能の問題ではなく、俺はプリンが語り始めた途方もない夢物語につい感心してしまった。
ただ世界ランキングで一番を目指そうって話じゃなく、まるで世界征服を企む政治家か、地球一周をしようとしている冒険家くらいに衝撃的で刺激的だった。市長どころか神様に成り上がってやろうなんて、俺には到底思い付かないアイデアだ。
なんというビッグ・ドリーム!
これが人間風情と上位種族の決して埋められない差だとでもいうのか?
(いや、違うな。プリンにとっては、たとえば俺が一流ピアニストになりたいって夢見るのと同じ感覚なんだ)
そして俺は、天使という種族について非常に大事なことを思い出した。
天使族の寿命は平均して二十歳程度。人間が大人になるよりも早く命尽きてしまうからこそ、彼女はエルフや長命種族ほど時間にゆとりを持てない。
生きる時間が短いほど、夢を叶えるための時間も短い。
──叶えたい夢が大きければ、なおさら。
*****
俺は図らずも真剣な顔になってしまう。
気持ちはわかる。まったくわからないわけじゃないけれど。
「ちょっと焦りすぎなんじゃないか、お前……」
「はい?」
「なんにせよお前には、こっちの
「どういう意味です?」
プリンは不思議そうに首を傾げる。
俺もまた、プリンに自分の展望を明かした。彼女ほど大層な話ではなかったが。
「俺の
「協定、ですか?」
「あの
「なるほどぉ!」
俺の説明にプリンは大きく手を叩く。
「同盟とか不可侵条約の類というよりかは、いわゆる『姉妹都市』のような関係性をご所望というわけですね!」
同盟とか不可侵とか、いまどき社会の教科書でしかお目にかかれない物騒なワードに引っかかったが俺はあえて聞かなかったことにした。
「まあそうなるかな。だからお前にはあっちの神様と取り次いでもらいたいっていうか……なんならそのまま俺の
「つまり採用ですか? 市長さんの秘書として採用してもらえると!?」
ずいと迫ってきたプリンから顔を背けつつ、俺はその言葉を否定する。
「秘書じゃないぜ。仲介役を頼みたいって話だよ」
「と言いますと?」
「新しい召喚陣は、ステーションとは別の施設の中に作る。その建物の管理を任せたいんだ」
俺は少し続ける言葉を選んだ。
俺自身にとっては聞き馴染みがあり、なによりプリンにとっても聞こえの良い響きを探したのだ。
「──『大使館』だ。俺はお前を、ふたつの
「すぅばらしいっ!!」
プリンは俺の両手を力強く握った。
ぶんぶんと勢いよく振り回し、満面の笑顔で叫ぶとゴンドラの中が揺れる。
「素晴らしいですよ市長さん! やっぱり市長さんへお声がけしたボクの目に狂いはなかったですね!」
「そ、そうか」
「市長さんとはきっと良い契約を結べるんじゃないかと、前からずっと思っていたんですよ! 天使が大使! センスも完璧です! ボクたちもしかして、気が合うんじゃないですか? これからもっともっと仲良くなれちゃいますね!?」
「……そう言ってもらえてなによりだ。契約はしないけどな」
俺は口走った。
「ビジネスパートナーとしてなら、検討してやらんこともないかな」
ビジネスパートナー。
これは後日談だが、スノトラ先生にゴンドラ内での会話についてお話したところ、すかさず真っ青な顔で詰め寄られる事態となった。
スノトラ先生いわく「ビジネスパートナーとして仲良くしよう」は、女の子相手にもっとも口にしてはいけないセリフらしい。
俺には先生にいまだかつてない剣幕で叱られた理由がよくわからなかったけれど、プリンの顔色を見たところさほど気に留めてはいないようだった。もしかしたら商魂たくましい者同士、本当に気が合う方なのかもしれない。
*****
あくまでも相手方の神様と交渉するのはこれからだが、少なくともプリンとの商談は成立しかかっていた、そのときだ。
「……なんだあれ?」
俺はプリンの背後から、ふいに窓の外へ視線を集中させる。
気がつけばゴンドラは一番てっぺんまで到達していて、都市全体の景色が見渡せるようになっていた。
その地平線からだんだんと、空中で大きくなっていく姿がある。
最初は鳥かと思ったが違った。
たしかに人の姿をした黒い雲が、俺たちのいるゴンドラ目掛けて突進してくる。
「……あれは!」
その影にプリンも気がつき、窓を見るなり大声を上げる。みるみるうちに青ざめたかと思えば、プリンは突然俺の手を掴んで、
「市長さん。──逃げますよ!」
「は?」
ゴンドラの扉を開けた。
俺が次にまばたきした時、この足はゴンドラの床を離れ、はるか高い上空に浮かんでいた。
(Day.75___The Endless Game...)
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