Day.76 悪しき行いは自分に返ってくるのが世の常。思い知ったか天使風情

 またまた前回までのあらすじ。

 天使の少女プリンから告白……じゃなかった、商談のオッケーをもらえたと思いきや、次の瞬間にはゴンドラから空へ投げ飛ばされていた。このままでは死にます。

 以上あらすじ終わり。なんだそりゃ!?


「まじでなんだそりゃあああああああああああああああっ!!」

「暴れないでください市長さん!」


 上空で足をばたつかせる俺の手をプリンが掴んで、


「絶対ボクの手を離しちゃ駄目ですよ。『浮遊フリー』の効果が切れますからっ!」


 そう叫ぶと、ついに展開させる。

 ずっと背中から欠けていた大事なパーツ、天使の名にもっとも相応しい──真っ白な羽根を。


 ぶわっ!!

 観覧車から遠ざかった俺たちの前髪を、すさまじい暴風が乱してくる。

 突然のファンタジーな展開にパニックがおさまっていない俺が、正気を取り戻すきっかけになったのは暴風にまぎれた黒雲の姿だった。


「……え?」


 俺は気がついてしまった。

 あの黒雲の正体──俺たちを一心不乱に追いかけてきたのことを、俺は知っている!






*****



「ヘルミオネ……か……!?」

「即刻止まれ、使!!」


 ヘルミオネ──HカップのHermioneヘルミオネだ。

 褐色の肌、赤いラインが引かれた目元、つやのかかった厚い唇。

 アマゾン族の集落でトップを張る豪鉄の女にして『軍神ぐんしん』アレスの忠実な臣下。


 アレスの都市せかいで会ったきりとなっていた彼女は、前見た時とはあきらかに違うどす黒いオーラを放っていた。


「ぐぬ……市長さん、なぜ彼女がこの世界に!?」


 追われながらプリンが歯軋りする。


「ええっ!? んなこと俺に聞かれても──」

「今、間違いなくステーションとは反対の方角から来ましたよ!? わざわざエルフの『結界』を破ってまで侵入してきた……!? いえっ! アマゾン族程度の魔力マナ知能IQではまず不可能です!!」


 プリンの言葉と真っ青な表情で俺は悟った。……こいつ、まさか!


「ではまさか……まさか神様が自ら召喚して招いたってことですか? 新事業オープンに先駆けて、事もあろうに『軍神ぐんしん』の従属を? うっそでしょう!?」

「プリン、お前!」

「どういう神経してるんですか、あの名無しの創造神! 一度ご自身の世界を侵略した『軍神ぐんしん』と、いまだのうのうと縁を保ち続けているとでも言うのですか!?」

「アレスの都市せかいでなにかやらかしてきたのか!?」


 俺はプリンの肩をがっちり掴んだ。「いたっ!!」とプリンが小さくうめく。


「俺の都市せかいへ来る前に! ここだけじゃない、いろんな都市せかいを駆け回っていろんなビジネスふっかけて……とうとうアレスのとこではしくじった。そうなんだろ!!」

「うっ、そ、それはですねえ……」

「じゃなかったらなんでお前が、創造神とアレスの昔の話を知ってるんだよ!? さてはお前、アレスをけしかけて創造神をまた陥れようと──」


 最後まで問い詰めるよりも早く、俺たちに追いついてきたヘルミオネの拳が迫る。

 ヘルミオネの狙いは当然、俺ではなくプリンだ。


「爆散しろっ!!」


 怒号と共に放たれたヘルミオネの拳が、直接当たらなくとも俺たちを地面へ叩き落とす。

 コンクリートまで真っ逆さまに落ちていくも、プリンが懸命に『浮遊フリー』とやらの魔法を使って、どうにか地面すれすれのところで身体が浮き、無事に着地することができた。


 だんっ!!

 威勢良く着地したヘルミオネとプリンが、ステーション本館の前で対峙する。



「そ……そんなにキレることはないじゃないですかあ、ヘルミオネさん!」


 プリンがひきつった笑顔で、


「ボクはあくまでも、アレス様にとって利益のある話を提示したまでのこと。いくら気に障ったからってわざわざ、世界を跨いでまで報復しにこなくても──」

「黙れ天使風情!」


 一歩後退すると、ヘルミオネもずいと一歩前へ踏み出してくる。


「アレス様はただでさえご多忙の身だ。オーディンの息がかかった世界まちから不毛ないさかいの取り次ぎを企むばかりか、アレス様を舐め腐った振る舞い。言うに事欠いて『助平スケベ』だと!?」

助平それはあながち間違ってないと思いますけど……じゃなくてですね。ノーならノーで良いじゃないですか。腹心のあなたが、そんなにお忙しいアレス様のもとを離れて大丈夫なんです?」

「貴様のような目障りな虫を駆除するのもオレの大事な職務だ!」


 ただならない剣幕で詰め寄られ、いつもへらへらしているプリンも今回はさすがに余裕ぶってはいられないらしい。

 いったいどんな商談を持ち込めばここまで相手方をキレさせることができるのか、そしてどんな話の流れでプリンが助平スケベなどと口を滑らせたのか。俺の興味は尽きなかったけれど……──



「ま……待てヘルミオネ!」


 俺はうるさい心臓を懸命に鎮めながらプリンの前に立った。

 正面から向き合うと、やっぱりめちゃくちゃ怒っている。こんなにキレている大人の顔を、俺は自分の父親以外で見たことがない。


「なあ落ち着けって。プリンを許してやってくれないか? こいつだってまったくの考えなしで、悪気あってお前の都市せかい商談ビジネス持ち込んだわけじゃないはずだ」

「あの振る舞いのどこに悪気がなかったと言うのだ!? 部外者が口を挟んでくるな! ……あるいは、もしや人間風情。この天使を遣わせたのは貴様なのか?」


 ぎろりと睨みつけられ、俺は慌てて否定する。


「ちっ、違う! そんなわけないだろ? なんでそんな話になるんだ」

「信用ならんな。貴様のほうこそ、アレス様がかつて貴様の主に為したという行いの、報復でも目論んでいたのではないか?」

「仕返しなんて絶対するもんか!」


 俺はすかさず言い返した。

 創造神の顔を声を思い浮かべながら、俺が口をついて出た言葉にはなんの迷いもためらいもない。


「それこそ不毛ってやつだ。だってあいつは……俺の神様は、絶対にそんなことを望んでいない! 神様がいやがることを従属は絶対やらない。そうだろヘルミオネ?」

「ならば黙っていろ人間風情」


 ヘルミオネの足元でおぞましい闇が渦を巻く。

 彼女の怒りは収まることを知らず、みるみるうちに黒い雲がたちのぼった。



*****



「やばいやばいやばい……」


 唇を震わせながらプリンがつぶやいている。


魔力マナ知能IQは大したことありませんが、アマゾン族はこと戦闘に限っては他種族の追随を許さないと聞きます。ましてや集落のおさともなれば、筋金入りの脳筋です。いくらボクでもあの肉塊には対処できません……!」

「プリンおまっ、またそんな余計な一言ばっかり!」

「これはオレたちと、そこの愚かな天使族との問題だ。これ以上首を突っ込むと言うなら……たとえアレス様の友神ゆうじんの従属であろうと容赦しないぞ!」


 ついにヘルミオネの猛攻がはじまらんとした、そのとき。

 やはりというか遅いというか、もうちょっと早く来てくれと俺は心底思ったが。




「──そうつれないこと言うなよヘルミオネ」


 瞬く間に、新しい魔法陣が展開される。

 コンクリートからにゅるりと姿を現したのは、俺の主にして自称全能の神。

 人間よりも誰よりも、優しすぎるほどに優しい創造神だった。


「アレスだけではないだろう? ヘルミオネ──我が気高き友よ。どうか私の面子に免じて、その怒りの矛を収めてはくれまいか?」



(Day.76___The Endless Game...)

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