Day.77 子どもの悪戯は大目に見てやるのが大人の度量というものさ

 俺とプリンの窮地を救うべく、魔法陣でステーションまでひとっ飛びしてきたのは創造神だ。

 今回もスノトラが同行してきたらしく、創造神の背後でその華奢な腕に光を纏わせながら、一切の抜かりなくヘルミオネとの戦闘に備えている。


「おっとスノトラ。ステイステ〜イ」

「……承知しております」


 そんなスノトラを初めに牽制した上で、創造神はヘルミオネへ語りかける。


「気を鎮めたまえよヘルミオネ。子ども相手に大人気ないぞ? きみは本当はとても心優しい、素敵な淑女じゃないか」

「ほざくな名無しの神ごときが。オレのなにを知っている?」


 ヘルミオネの怒りの矛先は、プリンから創造神へと移ったように見えた。

 そして俺は、次に彼女が言い放った台詞にぞっとした。


「なにが友だ? 聞こえの良い戯言ばかり。アレス様との親交であったならキサマの好きにすれば良いが、。気安く話しかけるな部外者が!」

「違うっ!!」


 たまらず俺は叫んでしまった。

 違う、違うんだヘルミオネ。お前が忘れているだけなんだ。

 創造神は今でも、きっとずっと昔から、お前とは友だちだと心底思っているんだ。

 だってヘルミオネ、お前はもともと創造神の……──



「少年」


 俺が本当のことを言いかけると、創造神はその言葉を片腕で制した。


「良いんだ少年。気にするな」

「……っ、でも!!」

「しかしなんだヘルミオネ。従属のきみがその様子では、アレスも今ごろかんかんかな? はっはっは」


 創造神はいたって平気そうな顔で笑っている。しかしすぐに軽い調子をひっこめると、優しくも毅然とした態度でヘルミオネを諌めた。


「そちらの世界まちへの詫びは、私からまた日を改めて伺うからさ。今日のところはひとまずお引き取り願えないだろうか? ……それとも、まさか聡明なきみともあろう者が、今すぐ私や『アース十六』と一戦交えようなどと愚考するはずはあるまい?」

「……………………ちっ」


 ヘルミオネはしばらく俺たちのことを睨んでいたが、諦めが付いたのだろう、くるりと踵を返す。


「骨折り損だ、キサマの世界まちへ出向いて損した。さっさとオレをアレス様のもとへ送り届けろ」

「すまないなあ。……だがヘルミオネ」


 魔法陣を展開させながら、創造神は優しい声色で。


「私はちゃんと知っているとも。きみが契約に忠実で、真面目で気高くたくましく、そして誰よりも慈しみ深い、美しきアマゾン族であるとね」


 ヘルミオネは創造神の手で、元の世界へと帰っていった。

 俺もプリンもめまぐるしい展開についていけず、しばらくはその場に立ち尽くしていたのだった。



*****



「……なぜ、ボクを助けたんですか?」


 夕暮れのステーション。

 館内に入り椅子へ腰掛けてから、プリンはおずおずと創造神にたずねた。


「市長さんはともかく、あなたが『軍神ぐんしん』との関係を悪くするリスクを負ってまで、それもよそ者のボクをかばう理由なんか」

「理由なら大いにあったとも」


 すると創造神は指で二の数字を作り、


「ひとつは、少年の商談相手ビジネスパートナーだったから。もうひとつは……『権天使プリンシバリティ』。私はきみのことも、よ〜く知っていたからさ」

「え? ボクを?」

「正しくは、きみののほうだがね」


 平然とした様子で、その場にいた全員が絶句するようなことを口走るのだ。


「きみ、アレスとの一件を知っているそうだな。実はあれさあ……もともときみの先代が私たちに持ちかけてきた商談ビジネスだったんだ」

「……………はあっ!?」


 一番早く悲鳴をあげたのは俺でもプリンでもなかった。

 スノトラが真っ青な顔をして、かつかつとヒールをかき鳴らしながら創造神に問いただす。


「それはわたくしも伺っていない事実です、創造神様Cruthaitheoir! なぜ彼女が現れたその場で伝えてくださらなかったのですか!」

「ごめんごめん。まあ別に、この天使本人の話ではなかったからさあ」

「代替わりしただけで同一人物みたいなものでしょうが!? ごめんで済む話ではありません!!」

「そ、れは……ボクも知らなかった……え? で、でも……じゃあ?」


 プリンは当然困惑した。しきりにまばたきを繰り返しながら、


「なおさらどうしてかばったんですか? あなたにとってボクは、まさしく一度目の世界崩壊けいえいはたんに加担した、目の敵のはずじゃあ……」


 そう聞き返せば、創造神は困ったような笑顔を浮かべた。

 なんというか創造神の言い分は、俺にしてみればあらかた想像できる、どうしようもなく救えない優しすぎるものだった。


「きみの登場はさすがの私でも肝を冷やしたがね? 確かに『権天使プリンシバリティ』とはあまり良い思い出がないが、縁のある天使だったがゆえに捨て置けないというか。それにほら、きみ、そこの少年と同じくらいの年ごろだろう?」

「……そ、そんな理由で……?」

「子どもを放って置けるほど私も人が、いや神ができていなくてね。どうせ同じ天使と縁を持つなら、寛大な心で気持ち良くきみのことを出迎えてあげたいじゃないか。私だって二度も同じ過ちや失敗はしたくないさ。なんせ神生じんせい二週目……なんでね? ははははははは!」


 俺はさっきまでゴンドラ内でプリンに力説していた、自分の言葉を思い出しては馬鹿らしくなってしまった。


 ビジネスはWin-Winでなければ意味がない?

 んなことは相手プリンよりもまず、自分の上司かみさまに言ってやらなきゃいけなかった。

 創造神というやつはWin-Winどころか、自分ばかりが損するようなことばかりしやがる。この都市せかいで誰よりも問題がある住民じゃないか、まったく。


 ──ああもう、しょうがないなあ。

 ここは創造神の第一の従属にして市長の俺が、いっちょイイカンジに場を収めてやりますか。



*****



「創造神の言う通りだぜ、プリン」


 呆然としているプリンへ歩み寄ると、俺は少し咳払いしてから言葉を続けた。


「これに懲りたら、もうよその都市せかいで悪さするんじゃねえぞ。俺の神様と先生を困らせるな。なんたってお前には、これから『観光大使』っつー大事な仕事があるんだからさ」

「し、市長さん……」

「俺は創造神みたいな無償の愛アガペーは持っちゃいないが、それでも助けるに決まってるだろ? お前はもうよそ者じゃない、俺のビジネスパー……」


 俺は言いかけた単語をぴたりと止めた。

 いや待てよ、そうか。ビジネスパートナーじゃないんだ。

 これだったら別に創造神でなくても、なんの利益にならなかったとしても、俺はきっとプリンのことを助けようとしただろう。


 脳裏に思い浮かんだ新しい単語は、長らく人との関わりを避けてきた俺にとってはひどく懐かしく、もう二度と縁がないものだとばかり思っていたものだ。




「……『友だち』だからだ」


 俺は右手を差し出して。


「訂正する。俺たちはビジネスパートナーじゃなくて友だちだ。この都市せかいで一日過ごして、一緒に遊んで、あのゴンドラで夢を語り合った俺たちなら、きっと悪くない友だちになれると思うんだが……どうだ?」

「……とも、だち」


 プリンは俺と同じ単語を反芻しながら、しばらく立ちぼうけていた。

 俺の背後のほうで大人たちの「スノトラ! おい聞いたかスノトラ!? 友だち、あの少年に友だちだってさ!?」「ちょ、ゆ、ゆさぶらないでください」「あれほど人間嫌いだった少年が自ら友だち申請っ! 歴史的瞬間だ! ついに私の世界で念願の『少女ヒロイン』爆誕だ! 今日は間違いなく記念日になるぞ!!」「ああもううるさい! あれは人間じゃなくて天使でしょうが!? でも市長くん、男のほうからアプローチできるのはベリーベリーグッド、百点満点です!」などという野次が聞こえてきたが気にしたら駄目だ。つーか、外野がうるせえ!!


 プリンは少し顔を俯かせたかと思うと、茶髪をお団子に縛っていた真っ白なシュシュを外し始める。そして右手にちょこんとシュシュを乗せると、そのまま俺に差し出してきた。


「……え、なに?」

「差し上げます。ボクからの贈物ぞうぶつということで」

贈物ぞうぶつ!? いやっ、だから契約はちょっと」

「ただのプレゼントですよ!」


 プリンは少しはにかんで、悪戯に無邪気に笑いかけてくる。

 それは確かに天使のようで、なにより、俺と同じくらいの年端もいかない少女がこぼした、元不登校の俺にはあまりに眩しすぎる笑顔だった。


「市長さん。──ボクと契約して『最高の市長おともだち』になってくださいっ!!」






(Day.77___The Endless Game...)


【作者のあとがき】

 たくさんのご愛読ありがとうございました!

 これにて第4章はハッピーエンドです。我ながらイイハナシだったなあ〜!

 そして、次回からは第5章をはじめる前に、これまでに登場したキャラクター紹介のコーナーと、★300突破を記念した「新コンテンツ」をお届けする予定です。

 お楽しみに!

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