Day.73 あたしと大人の階段登ってみない、坊や?
エレベーターに乗り込み、グィインと降下している中で。
「はい。うちのお金」
片手で持てる筆箱くらいのサイズ感をした箱の表面には、俺が描いた創造神の似顔絵が印刷されている。
「おお〜、これは珍しい形状で」
「緑筆四本、赤筆と青筆が三本ずつ、黄筆二本の合わせて十二本。この箱ひとつで一ダースぶんが住民一人の最初の持ち金だ。黄・赤・青・緑の順に価値が高い」
「形状といい単位といい、お金というよりも筆記用具みたいですね!」
価値だけでなく長さも一番長い黄色の棒を手に取り、天井に掲げてはしげしげと眺めるプリン。
……本当は、お金の単位はダースや本じゃない都市オリジナルのものを考えたかったけれど、結局こういう必需品は呼びやすさと親しみやすさが優先だろうと、俺は市議会の最後の最後で思い直した。
色ごとに価値を変えるというシステムも、回転寿司のお皿みたいで馴染みやすい。
「……いらっしゃい」
エレベーターを降りた高架下、すぐ近いところにザクの店は構えてあった。
赤い羽根を纏い、綺麗なとさかを頭にこしらえた店主が一人で切り盛りしているだけあって、建物も店内も本人の派手さに反してこじんまりとしている。
そしてカウンター席の一番奥では、見覚えのあるリーゼント男が机に伏していた。
*****
「あいつ……レオンか?」
「あら? お嬢さん、ここいらで見ない顔ね」
「お邪魔しますマスター! 外から視察に馳せ参じた、天使族のプリンです!」
俺がリーゼント男に気を取られていると、プリンに手を引かれテーブル席に座らされる。
ザクはわずかに頬を緩めながら俺たちに歩み寄ってきて、
「あらそう。あたし、聞いてないわよ。市長くんにガールフレンドがいたなんて」
「んぶっ!?」
渡されたお冷を口に含んだ瞬間、ザクが放った単語で水を吹き出してしまう。
「がっがががガールフレンドなんてザクおまそんな、だから俺には千年早い──」
「はい! 将来的にはお嫁さんかもしれません!」
「んぶぶっ!?」
濡れたテーブルにそのままバタムと突っ伏した俺である。
プリンは冗談なのか本気なのか、にこにこと愛想良い返事をしているばかりで心中がまったく読めそうにない。
「ふふふ、素敵なお嬢さんじゃない。女なんてね、控えめな子よりこのくらい
「は、はあ……そうっすか」
「これサービス。お代はいらないから、お近づきの印にどうぞ」
ザクは厨房からつくね串と、もこもこと泡立ったジョッキを二人前運んでくる。一瞬ビールかと身構えたが、匂いからしてお酒の類ではなさそうだ。
「うわわ〜シュワシュワ! 美味しいです、マスター!!」
口元に泡でヒゲを作ったプリンが、嬉しそうに串をがぶり。小柄なわりに豪快な食べっぷりだ。
サービスとしては相当太っ腹だなと俺も笑顔になりつつ、さっきからずっと気になっていたカウンター席の客の話を振る。
「ザク。この店っていつも何時から開いてるんだ? まだ午前なのに……」
レオンの机周りはすでに、かなり長居したようなジョッキやワイングラスや皿が積み上がっている。泥酔しているのかいびきも聞こえてきて、とても開店したばかりの店とは思えない状態まで出来上がっていた。
するとザクは頬に手を当て、うっとりとまぶたを下ろした。
「彼、昨晩からずっとこの調子」
「え……まさか、オールで!?」
「シャッター降ろしてもまだ帰りたくないって駄々をこねるのよ。市長くんよりお嬢さんよりも子どもみたいに泣きじゃくって……ふふ。可愛いでしょう?」
まぶたのアイメイクなのか皮膚なのか、まぶたをはためかせればはらはらと綺麗なラメが落ちていく。
閉店しても居座る客なんて厄介なんじゃないのかと俺が目を丸くしていると、
「ザクさぁん……」
急に起き上がったレオンが、とろんとした目で俺たちを見つめてくる。
「ザクさぁん……僕の真っ赤なルビー……」
おぼつかない足取りでザクの背中を追って、
「僕はぁ……あなたとこの空を飛びたいんだぁ……!」
その場で小さく跳ねたかと思えば、バチンと長い尻尾が壁に張り付き跳ね返り、その尾を自ら踏んづけたことで床にひっくり返ってしまう。
ズデン!!
頭から床に激突したレオンが、そのまま泡吹いてしまったのを俺たちは呆然と見下ろす他なかった。
「だ、大丈夫かレオン!? 死んでねえよな!?」
「……ぐおー」
慌てて駆け寄り耳をすませば、レオンの口から怪獣の咆哮みたいな音。
どうやら再び眠りこけてしまったらしい。
「れ……レオン……いつもはもっとなんていうか、礼儀正しくてダンディな感じなのに……酒が回るとこんな豹変するもんなのか大人って……こえ〜……」
「あのう、もしかしてなんですけど」
その様子を起立すらしないプリンが見物するなり、一言。
「このお客さん、マスターに惚れてるんですか?」
「え……」
「さすがはホーオー族! この
俺は耳を疑った。いやいやまさか、そんな馬鹿な。
知らねえよホーオー族がモテるかどうかなんて! だってほら、種族うんぬんは置いといてさ。こう見えてもザクって一応メスじゃない……──
*****
「あたしも罪な女。どの町へ行っても必ずこうなっちゃうのよ」
わざとらしく困ったような口ぶりで、しかしまったく満更でも無い様子でザクはクチバシを鳴らす。
「あたしはお客さまには手を出さないって昔から決めているんだけど……だけどあたしが良い女だから、寄ってくる男も結構粒揃いなのね?」
「……は、はあ」
「酸いも甘いも、いろんな恋を味わったわ。坊やたち。あなたたちも、せいぜい悔いが残らない関係を続けなさいな」
「……」
──いやだから、俺たちそういう関係じゃ無いんだけど……。
俺とプリンは少しの時間だけで、生温かい視線を送り続けるザクの店を離れることにした。
プリンはなぜかザクの話に興味津々だったが、俺は正直、住民同士の恋バナとか昔の酸いも甘いも……なんて話は全然聞かされたくない。
とりあえず、レオン。
ビターでアブノーマルなアバンチュールもほどほどにしろよ。
(Day.73___The Endless Game...)
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