Day.72 元不登校の俺が天使の少女とデートできるわけがない!

 天使は神の召喚無くして、自由に世界まち同士を行き来することができる上位種族──。

 現に、『権天使プリンシパリティ』は一度は創造神わたしの目をかいくぐり少年に接触を図ってきた。それで少年は、少しでもこちらがセキュリティを緩めればまたすぐに自力で私たちに会いにくるんじゃないかと見込んでいたのだ。


 ただ……なぜだ?

 プリンの性懲りのなさも大したものだが、彼女以上に、少年の思惑の方が私にはまるで読めやしないぞ。


「うわ〜嬉しい! 市長さんが案内してくれるんですか!?」

「ちょうど俺も、オープンに先駆けて各店舗の視察に行かなきゃいけなかったしな」


 少年とプリンは並んで談笑しながら、私とシューの間を通り抜けていく。

 私が唖然としながらも仕方なく二人の後をついていこうとすれば、少年は立ち止まって私に手のひらを差し出す。

 次に放たれた一言は、あまりにも衝撃的すぎた。


「創造神。お前は付いてくんな」


 ──…………え?

 えっ? ……えっえっ、……………………えぇえええっ!?






*****



「本当に良いんですか?」


 本館を出たあたりで、隣を歩くプリンが館内を振り返りながら少年おれに問いかけてくる。

 俺はわざわざ後ろを振り返らなかったけれど、かすかに背中から「しょうねえ〜ん……しょうねえええええんっ!」と情けない創造神の喚き声が聞こえてくる。


「神様を置いてっちゃって。しかもボクと二人きりだなんて」

「ほっとけ。でも、今度は前みたいに、俺と無理矢理契約しようだなんて考えないことだな」


 わざとらしい笑顔で見つめてくるプリンへ、俺はとんと学ランの一番上のボタンを指さした。


「すぐ近くにいなくたって、どうせ創造神は……たぶんスノトラ先生も、俺とお前をずっと見張ってる」

「そのようですね〜! ほんのちょっぴりですが、今日は市長さんからも魔力マナを感じます」


 すると、プリンは今度は唇に手を当てて、えへへと奇妙な笑い声を漏らす。


「市長さん……意外だな〜」

「は? なにが」

「進んでボクと二人きりになりたいだなんて、ずいぶん積極的なことをしますね!」

「……? いやまあ、だって創造神がいるとお前と都市開発の話しづらい──」

!!」


 一瞬、俺の意識がはるか彼方へ吹き飛んだ。

 鼓動を止め呼吸の仕方を忘れ、しばらくの沈黙を経て背中からバタムと。


 ──…………え?

 えっ? ……えっえっ、……………………えぇえええっ!?

 デートだな? 確かにデートだよなこれぇ!?


「市長さん!? 大丈夫ですかあ!?」

「おま……おまっま、おまお前……っ」


 慌てて駆け寄り俺を見下ろすプリン。


「撤回……しろよ……!」

「はいっ!?」

「でででデートなんて、おまっおれ、俺がそんな陽キャにしか許されない超絶無理ゲーアルティメットモードなリア充イベントを攻略できるわけねえだろうがあっ!?」

「はいぃ!? ……ごめんなさい市長さん、ちょっと今市長さんの口からボクの知識にはない謎用語が盛りだくさんすぎましたので、理解が追いついてなくってですね?」


 引かれた。明らかにどん引かれてしまった。

 仕方ないじゃないか、俺は元不登校引きこもりゲーム廃人なんだぞ!?

 しかもスノトラ先生の話が本当だとすれば、プリンは俺と同じくらいの年頃だってことになる。


 俺は唐突に、自分が置かれている現実と向き合わなければならなくなった。

 しまった。完全に忘れていた。


(俺……彼女カノジョどころか同年代タメの女友達すらできたことないんだった〜〜〜あ!!)


 絶望する男子中学生が、ステーション前で仰向けになっていた。

 いつだったか創造神に提案されたことがある、ヒロインがどうのこうのという話も一緒に思い出してしまう。

 この都市にはギャル妖精やらエルフ先生やら人外ばかりが暮らしていたものだから、いくらプリンが天使族だろうと、人間に見た目そっくりな女の子が現れるなんてウルトラレア体験は今回が初めてだったんだ!


「ぐわあやられたっ! おのれプリン! しれっと俺の初めてを奪いやがったな!?」

「なにがですか!? ボク今日はまだ何もしてませんけど!?」

「でー、と……なのか? デートって名前なのかこれ? ヒロインもまともにいなかったこの都市せかいで初手からデートなんてあって良いのかこれ!? やべえ、やっぱ無理ごめんなさい俺には十年、いや百億年早いです!!」

「億単位で!?」

「創造神、そーぞーしんっ! やっぱり一緒に来てくれ創造神! ヒロインと二人きりなんてやっぱ無理……っておいこら! なんですぐ駆けつけねえんだよ市長様のお呼びだ! 第一ボタンのGPSやら通話機能うんぬんは嘘だったのか!?」


 コンクリート張りの地面でのたうち回っている俺を、プリンはしばらくぽかんと見つめていた。


「……なるほど」


 プリンが次につぶやいた言葉を、俺は真面目に聞いていなかった。


「市長さんにもはあるんですねえ」



 俺が聞き返すよりも早く、プリンはにっこりと笑いかけてきて。


「市長さん! ──お腹すきましたっ」

「……は?」

「どうかプリンに美味しい朝ごはんを恵んではもらえませんか!?」


 いつだかと同じような台詞を口ずさむものだから、俺は少し黙りこくってから、ようやく上半身を起こしつつ答えた。


「そう、だな。そうだよ……視察しに来たんだもんな。俺はあくまで町案内、お前はあくまで視察……そう、これは仕事なんだ!」

「はい! 余すところなく拝見させてもらいます!!」


 視察と言われても否定するどころかまったく悪びれることもなく、プリンは満面の笑顔を見せる。

 かくして俺たちは再び歩みを進め、まずは腹ごしらえへとホーオー族が切り盛りする新店に向かったのだった。






*****



 ──……と、いうわけで。


 いやあ驚いた!

 まさかあれほど「少女ヒロイン」という存在自体を拒み続けていた拗らせ男子たる少年に、創造神わたしの同行なくして少女と肩を並べて歩く日が訪れようとは。


 少年と、なによりプリンがなにを企んでいるかが若干気がかりだが。

 今回ばかりは私が余計な口出しや、間に入って邪魔立てするのはいささか野暮というものだろう。いざとなれば全能たる私が、ピカピカピッカーと魔法陣で参上すれば済む話だし。


 はてさて、私が作りし「最高の世界」で、彼らにどんな道程が待ち受けていることやら……。



(Day.71___The Endless Game...)

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